非現実的な話がどんどん進む映画でした。
そして、結構映画に引き込まれ、いつの間にか映画を楽しんでいるのです。
楽しむという言葉より懐かしいと言う言葉の方が合うかもしれません。
主人公のサヤが未亡人になるところから始まるのですから、ミステリーなのか
喜劇なのかわからないうちにどんどん進んでいくからです。
進むとは進展や内容の変化ではありません。
サヤの夫演じる大泉洋の、のりうつり場面は
繰り返され、同じパターン。でも進むのです。
その中で、サヤの赤ちゃんは笑ったり、泣いたりの繰り返しです。
夫が赤ちゃんを抱きかかえ、たかいたかいをする動作に、
赤ちゃんが初めて歩いた瞬間に
一緒にDVDを観ていた夫の感じていることを私も感じている。
忘れかけていた「想い」、それはもう一人一緒に
観ていた娘への想いです。
大人になってしまった娘に対して抱く悲しみ?を私と夫は
噛み締めながら観ていたのです。
と思っています。
夫に確認したわけではありませが……。
さて、映画も終盤
父親と息子の長い間わだかまり、誤解が溶けていくあたりは少し
むずかゆい感じでした。
それでも、ささらの街に住む
おばさんの温かい気持ちには笑顔になります。
サヤが
目一杯の演技で
悲しみの涙を流すラストに、いつもなら涙が溢れるはずなのに
この映画には涙がながれませんでした。
ただただ、懐かしさだけが心に残ったのはなぜでしょうか?
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