ひとりの朝
冷蔵庫の冷凍ご飯と
白菜菜花をザクザク
味噌とたまごを入れて
出来上がり
メールが届く
「今日はラーメンを食べて帰る
8時頃になる」
それからリンゴ四分の1だけ切って
皮を剥き食する
四分の3をラップに包み
冷蔵庫に
明治生まれの祖母の言葉をおもいだす。山に登って見る長岡の空は夕日のように綺麗だった。と言った。生まれたばかりの赤子をおんぶして、子どもらを連れていったのだろう。
その日から10年後に私は生まれた。父は24歳母は23歳だった。あの日の父は14歳、母は13歳だったことを今数えてみた。今は祖母はもちろんだが父も母もあの時の赤子も死んでいない。
下記記事をあらためて読む。いつまでもいつでも戦争を繰り返す人間は一体何者であろうか?
8月1日の午後9時6分、長岡の夜空に警戒警報のサイレンが鳴り響きました。続いて午後10時26分、警戒警報は空襲警報に変わり、直後の10時30分にB29による焼夷弾(しょういだん)爆撃(ばくげき)が始まりました。