2018年5月30日水曜日

6月3日はとちお自慢市です。

 
 



とちおの自慢は緑豊かな自然と水。
そして栃尾の自慢といえば「栃尾の油揚げ」です。
通称「あぶらげ」といいます。
栃尾のあぶらあげにも美味しい水は欠かせません。


刈谷田川の上流に刈谷田ダムがあります。守門から流れる清流をここで管理します。
そして、その清流は取水口を通り、栃掘村にある浄水場に運ばれます。
つまり浄水場には家庭の水は全く入らないのです。
各家庭に運ばれる栃尾の水は生活雑排水の入らない全国でもまれな地域です。

刈谷田川上流にて魚釣りが楽しめるのも栃尾の誇れる自然環境です。
美味しい水で作る栃尾の油揚げ、お豆腐はまさに生きていると言えるでしょう。


6月3日 とちお自慢市 場所:とちお道の駅 時間:10時~15時
とちお自慢市には特別な巨大あぶらげが揚げられます。
皆様、ぜひお出かけください。


豆撰からのおしらせ 6月3日豆乳ソフトクリーム50円割引いたします。

 

2018年5月25日金曜日

栃尾散策 道院へ






さわやかな風が頬をなでる。
山道にはチゴユリ、キスミレたちが笑っています。
タムシバは終わりに近ずいていました。それでも栃尾の街から比べたら、
まだまだ若葉が楽しめます。
写真は後にして、大きな前掛け袋に、長ぐつスタイル。
山道を歩く格好は仕事人。
さて、キョロキョロと見渡すものの、それらしきものは?
最初の一本は山道沿いに夫が発見。私はポキッと折って、前掛け袋に入れる。
夫は茂みに入って行きました。
私は、道なりに歩くのみ。二本目発見。
されど、もう見当たらず、あきらめたところ、道の真ん中にニョキッと曲がっている
小さな根曲がり竹を見つけました。
これで三本ゲット。
それからはまったく見当たらず、私は車を止めておいた池に戻ることにしました。

池から望む、守門岳の雪は随分少なくなっていました。
ベンチでたった三本を眺めている私。
しばらくすると、夫が戻ってきました。私の三本を見て
全くの役立たずだとは言いませんが、目がそう言って笑っていました。
夫は前掛け袋に半分くらいの収穫です。今夜のおかずはこれで大丈夫。
今日も自給自足生活です。
栃尾の五月は気持ちがいい。
道院高原もこの季節が一番かしら
一昨年は、母と一緒でした。
ウツギのピンクに想いを重ねるながら下山しました。






2018年5月22日火曜日

素敵なお友達と過ごす栃尾の自然






先日のこと。「豆撰にお邪魔します」と長岡のお友達からラインをいただきました。
そして、「山菜はどこで買えますか?」
この季節ならまだ間に合います。
早速、私はお友達に連絡、私がご案内いたしました。

耕作放置された我が家の畑には蕗や蕨がにこにこ、にょきにょきと顔を出しています。
お友達のご夫婦は、「何十年ぶりかしら」と歓喜の声をあげて
蕨とりに夢中です。
それから、私?の植えたジャガイモ畑を見学、うどはやわらかいところ採って
てんぷらに、アスパラも少し…と大喜び。
お昼は豆撰の健康コロッケ入り栃尾寿司弁当を持って、山の家に行きました。
食後に、お父さんから終わり初物のような筍を採ってもらうことにしました。
お友達の希望で山坂のある竹林にもお連れしました。
そこから望む守門岳の青と白のコントラスト。
今年一番の美しさを見ていただくことができて、
どんなに私が嬉しかったかおわかりいただけるでしょうか。
サンショウの葉やミョウガも少し摘んでもらうことができました。
栃尾をご案内し、自然を楽しんでいただき、豆撰お弁当を食べていただく、
これこそ、究極の至福であり、豆撰で働く喜びでした。

皆様もいつでもお声をおかけください。
栃尾と豆撰をご案内させていただきます。



2018年5月18日金曜日

ヒデキ感激は忘れないね。

ひとつ学年が下だった。
高校生の私は
かっこいい西城秀樹さんが好きだったけど。
なんとなく、好きだとは言えない、へそ曲がり的なところがあった。
テレビで振り返ると
若い時から
病気を患って復帰した時も
すべてが人間的に素敵な人だったとつくづく思う。
ありのままの姿を見せることが使命だと語る姿は
感激の言葉だ。

生前中は好きだと言えなかった、ちょっと小生意気の私。
これからは
ヒデキ感激の言葉の意味を考えながら
一日一日を大切にしたいものだ。

2018年5月11日金曜日

孫へのお手紙 ばばちゃんのお母さんのこと

孫へ
ばばちゃんのお母さんのこと話しておきます。
我慢強い人です。
冬になると、
屋根裏部屋は垂木が丸見えの狭い空間に一台の機織り機があってね。
ガタコンガタコンと音がするのよ。
ばばちゃんは3歳くらいだったかな
お母さんの側にいたかったけど
寒くてね、すぐに屋根裏部屋をでてコタツのある部屋に逃げ込んだよ、
ばばちゃんは弱虫だった。
春になると
田んぼと畑仕事がはじまるんだよ。
鍬ってみたことないよね。
トラクターなんて便利なものがないときに
畑や田んぼを耕す道具でね。
冬の間に雪に押されて硬くなった土を掘り畝を作るんだよ。
田んぼにはカエルの卵がいっぱいあってね。
ばばちゃんはオタマジャクシが大好きでね。
毎日見て楽しんでいたよ。
ある日、田んぼにオタマジャクシがいなくなって
泣いたんだよ。
ばばちゃんは泣き虫だったんだ。
お母さんは優しく
オタマジャクシはカエルになったんだよ。って教えてくれたよ。
一番嬉しかったことは
ふきの葉っぱに木苺を摘んでくれたこと。美味しかったよ。
夏になると
畑にアマウリや、スイカ、ナスにキュウリがいっぱい採れてね。
美味しいくてね。ほっぺが落ちそうになったよ。
スッカンポっていう草の皮をむいて食べたりしたよ。
秋になると
台風が来てね。
ばばちゃんのお母さんとお父さんは朝早く、稲が干してある、ハゼバにむかった。
おっかない顔をして
でも、ばばちゃんは庭の木々が踊っているから
楽しくって外に出て風さんと遊んだら、ばかもんって怒られたよ。

昔々のお話だよ。
ばばちゃんのお母さんは強い人だからね。
今も病院で頑張っているんだよ。

母の日に母をおもう。





2018年5月8日火曜日

安楽死を望む英国人患者の映画


GWは気候の変化が大きく
長袖から半袖に衣替えしたその日は寒かった。
案の定風邪をひいてしまいました。
熱はないものの、のどの痛みと体がだるく、鼻水ダラダラです。
無理はせず、家の中で二日間をゴロゴロと過ごしています。
初日は、「イングリッシュ  ペイシェント イギリス人の患者」を観ることにしました。
第二次世界大戦最中を舞台に、アフリカの砂漠をメインに英国人、イタリア人、ドイツ人など多国籍の人間が入り混じっている、壮大なロケーション。はじまりには謎めいた絵筆です。謎解きからはじまりました。

恋愛、それも
わけありの内容ですが、上手い演出のせいか、わけありでもいいかと思わせる不思議な魅力ある映画です。音楽もいい。
修道院に逃げ込み主人公を介護する看護婦さんが見つけたピアノ、そしてそのピアノを弾くシーンはとてもいいのです。ピアノの音色が語るのです。平和であることの大切さを。また地雷工作員との恋もいい、主人公を密告者と思い込み、追い続けるカナダ人。主人公の記憶は人妻への愛を語る。
人妻のことを想いながら、自らの命を看護婦さんに委ねる。なんとも言えない、悲しみというのではない、ここで恋が成就していく。おわりははじまりのようだ。
国と国には国境があるけれど、人間には国境はないと訴えているようです。
ラスト、平和を信じ、希望をいだき、ジープに乗り込みイタリアフィレンツェに向かうシーンもいい。やはり映画はラストで決まる。




2018年5月6日日曜日

GW最終日を迎えて想うことは・・・・・。



1945年8月6日
午前8時15分
この日は広島に原爆が落ちた日です。

あれから・・・・・・。

2011年3月11日
午後14時46分
東北地方太平洋沖地震
この日から今も郡山でボランティア活動をしている管理栄養士さんご一家が
何十年ぶりだろうか

GWに突然豆撰に来られたのです。
娘さんはこういいました。
「新潟の山は息をしています。生きています。福島の山は息をしていません。
同じ緑なのに置物のようです」
この言葉に「ハッ」とさせられました。
目に見えないと、思い出す回数が減ってしまう私たち。
この日は偶然にも次回作映画「被爆ピアノ」を撮られる五藤利弘監督も
ご一緒でした。
広島の被爆だけでなく
福島の方の悲しみ、切なさ、それでもがんばっておられる多くの人たちにも
想いが伝わる映画を作ろうとしている監督さんですとお話しました。

遠くは長崎から、福島、群馬、神奈川と全国の方々が豆撰に来てくださり
いろいろなお話を伺い、触れ合うことは
オルゴールを聞くような懐かしい気持ちになります。
訪れる人と一緒に楽しいことも辛かったことも
分かち合える。
その架け橋に「あぶらげ」があるような気がするのです。
オーバーかもしれませんが
美味しいものを食べると心が豊かになり元気になります。
そう信じて、一生懸命あぶらげを豆撰スタッフは作っています。

皆様ありがとうございました。そしてこれからもご一緒させてください。
  

募集 ピアノを弾いてみませんか?

6月30日(土)夜19時より
栃尾の教会をお借りして
昨年に続き第二回目の「被爆ピアノコンサート」を予定しております。
「わたしのピアノ。みんなに伝えてね。戦争の恐ろしさを。戦争のかなしみを。」
ピアノに想いのある方、70年も前のピアノと語りたい方、どなたでも
ご参加できます。ピアノを弾いてみませんか?
お問い合わせは電話0258-53-2014(豆撰多田まで)


























2018年5月1日火曜日

仕方ないという呪文

GWがスタートしました。
たくさんのお客様で賑わい、豆撰も大忙しです。
この活気は水を得た魚のように、私もぴんぴんはねて
荷物つくりや接待のお手伝いをします。

さて、

仕事も一段落したので母を見舞うことにしました。
妹と一緒です。5時半を回っていました。
母の病室は四人部屋です。入り口に立つと、いい匂いがします。
入り口のおふたりのお夕飯の匂いです。
母はこの匂いを感じるのだろうかとふと立ち止まってしまいました。


そして、
母のお得意料理が浮かんできます。
甘しょっぱく煮つけたあぶらげに酢飯を詰めた、大きなあぶらげ寿司は
大きなお皿にいっぱい並べらます。
私達子供はそのあぶらげ寿司のはしっこ狙いをよくしたものです。
こし餡で作るおはぎも大きなお皿に並べられました。
どちらも、私にとっては母の味でした。
時々、母を真似て作りますが、母の味とは違うようです。

病室で横たわり、起き上がることも叶わなくなった母を見ながら

「仕方ないね、仕方ないよ」と足と手をさすりながら
呪文のように仕方ないを唱える妹と私です。
そして、帰り際で妹は決まってこういうのです。
「もう少し頑張ってくださいよ。また明日きますから・・・・・・」と。