2017年6月24日土曜日

母の代わりに、綴る日記 2017/6/24


七時半出勤
妹は豆撰のお店のお掃除をしています。
姉妹で母の様子報告をします。

机の上にたまったいる書類に目を通し
パソコンとにらめっこ
11時半、ようやく仕事に区切りがつき
「行ってきます」と母の病院見舞に・・・・・・。

12時半に病院へ
母は片目をあけ、テレビの方をみています。
声をかけても、反応なし。
ベットを80度くらいまでおこし、外の景色と
病室内の様子の解説をする私。
「前のベットはAさん、Bさん、お隣さんはCさんです。
ツギさんを入れて4人の病室ですよ!」
この会話を3回繰り返す。
外の景色は目に入ったらしく、
「外が見えますか?」の質問に頷く。
磁石になっている、くるみを二個持って行きました。
母の反応は良好。
私の手から、くるみをとって、
あらまあ…口に入れてはいけません。
大きな口をあけて、食べようとするのです。
のども乾いているらしい
お水で口を濡らしてあげたかった。
「土曜と日曜日は呑み込みのリハビリがないので
家族の責任でやらせてもらえませんか」と
ヘルパーさんにお願いをする。
看護師さんに聞いておきます・・・・・・。
どうなるかな?
右手で動かない左手首を持ち、頭までよいしょと上げる練習5回。
疲れたのでしょうか、その後は目を閉じてしまいました。
口腔ケアになると、なかなか口をあけようとしません。
「ばあちゃん、口を大きく開けるとすぐにはみがきはおわるからね」と
言い聞かせる私。
ああ・・・。私は3歳未満児担任に戻ったようです。
「いっぽんばし、こちょこちょ、たたいて、つねって、かいだん
のぼって、こちょこちょ」
母の今日の発声練習は「痛い!」のみ。

「じゃあね、仕事にもどるからね、バイバイ」
手袋をはめた右手がかすかに動きました・・・・・・。



2017年6月23日金曜日

母の代わりに、綴る日記 2017/6/23


母を見舞う

午後2時半に病室に行くと
母は気持ち良さそうに眠っていました。
起こさないように、右手の手袋をはずしてやります。
しばらくして、目を覚まし、キョトンとした顔で私を見つめます。
「れいこだよ。よく、寝ていたから起こさなかったよ」
母は寝起きなので私のことをすぐに認識できなかったようです。
麻痺している手をさすり、右手も頭に持って行く動作を5回くらい繰り返しました。
しばらくすると、師長さんが顔拭きのペーパータオルをもってきてくれました。
私は、母の顔を拭きます。経費と衛生の問題からでしょうか
ペーパータオルで顔を拭かれる母はあまり気持ちが良さそうではありませんでした。
その後、思い切って、勇気を出して、お願いをしました。
「母を車椅子に乗せてほしいのですが?」
すると、乗ったことがあるのですかと尋ねられました。
「はい、前の病院では午前と午後の二回車椅子に乗って、リハビリしていました」
快く師長さんは私の願いを叶えてくれました。
母に病衣のズボンをはかせ、尿を捨て、と作業はちょっと大変でした。
ここで感じたのは、リハビリ専門の先生と看護師さんの違いです。
リハビリ専門の先生はお一人でヒョイっと車椅子に母をのせます。
看護師さんは少し、もたつくのでした。分野の違いでしょうか。
それでも、私の願いを拒否することなく、叶えてくださったことに感謝。
一階に行きます。大きな水槽には熱帯魚がたくさん泳いでいます。
「きれいなメダカだよ、見える?」と指をさして聞くと軽く頷く。
窓際に行くと、背の高いバラが目に入ります。
窓を軽く叩き、「何色かな?」
すると、驚きでした。「ももいろ」と小さな小さな声が聞こえました。
私の心の中はガッツサイン。
四時に戻って来てくださいと言われていたので
病室にもどる。
「良かったですね」と看護師さんの声掛けに感謝感謝。
しばらくして
「れいこは帰るよ」頷く母。
「かずこが後でくるからね」
するとまるで奇跡のように
「今日か」と小さな小さな声を発する。
母の状態は1日の中でのでも、相当な波があります。
でも
母は喋られるのです。

ニュースで流れていた、痛々しい海老蔵さんの記者会見を見ながら
母に代わって
母の日記をつけてみることにする。
今日は初日。三日坊主になりませんように!

2017年6月20日火曜日

命日に思い出す

10歳しか違わない私と叔母は
まるで姉妹のように育てられました。
叔母の父、つまり私の祖父は私が生まれる年に他界しました。
私は祖父の生まれ変わりかもしれません。
叔母は自分の父親を亡くした年に、私が生まれたので
妹同然に接していたと思います。
呼び名も「姉ちゃん」と「れいこちゃん」でした。
いつでも、どこでも一緒でした。部屋も一緒、朝ごはんも夕ご飯も一緒。
姉ちゃんの好きな人は、水原弘と石原裕次郎。私が映画好きになったのも
姉ちゃんの影響かもしれません。
おいらはドラマー、ヤクザなドラマー……。
裕次郎の映画を小学生の私は、ちょっと大人の気分になって観ました。
テレビ映画の「コンバット」も一緒に見ていました。
意味がよくわからなくても、一緒に見ることに意味があったのです。
いつも一緒の姉妹のようでした。
だから
病に倒れた時の悲しみは、切なくて、切なくて……。
命に限りがあるとわかってからは、 毎日、毎日病院と小出まで通いました。
それも仕事が終わってからですから夜の7時過ぎ、8時になることもしばしばそれでも姉ちゃんは夕飯を食べずに私を待っていました。
あれから16年回目の命日でした。
忘れてなんかいません。いつも想っています。
ただ、ごめんなさい。
母ちゃんがね、寝たきりになってね。今は毎日毎日
あの時のように、病院に通っているの。
ほんの少しでもいいから口から、水が飲めるように
リハビリしているの。
ほんの少しだけど、喋れるようになってね。

姉ちゃんのこと忘れてなんかいないよ。

2017年6月15日木曜日

高齢社会の現実は?姥捨山であってはならない。

朝からフル回転で仕事をこなす私。
昼食はレトルトカレーですまし、黙々とコンピューターとにらめっこ。
その間に、お馴染みさん、初めての方からご注文の電話。
嬉しくって、声が弾む。
世間話に相づちも、時計は四時を回ってしまった。
残りの仕事を超スピードで終わらせ、ようやく母の入院見舞いに行くことができました。
病院内を駆け足で走り、病室へ。
母は起きていました。
なんだか、いぼっている(機嫌が悪いような)感じです。
見舞う時間が遅かったからでしょうか
話すことのできない母の気持ちを読み取るのはとても難しい。
入院する前から認知症はジワジワと進行していました。
だから、今脳梗塞に倒れ、左全体が麻痺し、言葉が出ない母は一体
何を考えているのかわからない。
赤ちゃん頭脳なのか?それとも、もしかして何もかもわかっているのだろうかと
私の心が不安になる。

病室のベットを起こすと、四階の窓の外から、ちょうど同じくらいの高さに
電車の走るのが見えました。
「電車だよ、見えた?」と母に問うと、かすかに頷く。
「今日は何を食べた?ジュースかな?」
母が小さな小さな声で「たべない」と口を開く。
びっくりする、母が喋った。声が出たのですから。

病気と介護、病院と施設、高齢者の多い日本、これからその仲間に入るであろう私。
医療の現場には様々な問題が山積みになっている。
特老施設がどんどん増えているけれど、療養施設はストップとのこと。
本当に必要なのは療養型介護施設ではないだろうか……。

2017年6月14日水曜日

母がうなずく、母の気持ち

病棟移動がありました。
3階から4階に移動、お日様に近くなったのか
日差しを強く感じました。


病棟名は「介護療養型医療施設」です。
比較的重度の要介護者に対し、充実した医療処置とリハビリを
受けることができます。
女医さんのお話によると
2012年に新設が認められなくなり、施設数が減少している施設だそうです。
政府はこの療養型医療施設は廃止の方針を打ち出したのですが、
入居者の受け入れ先が見つからないなどの問題のため
現在は廃止を2020年まで 延長しているそうです。
必要な施設を廃止するなんて・・・・・・。

ここでは、患者の気持ちを考え、リハビリ指導や呑み込み指導には
専門の方がつき指導をしてくれます。
また医師の診断も毎日ではありませんが
必要なときは必ず受診できる体制だそうです。
看護師さんも、一生懸命な方達です。
声を掛け合って、患者の介護を求めたり、助けに行っている
様子が伺えて、見ている家族は本当に嬉しくなります。
古い建物なのに、明るい雰囲気が伝わります。

何より、
「お母さんはなんでも聞いておられますよ、わかっていますよ」と
医師も看護師も母を一人の人間として見てくださっていることです。
そして、「あきらめないでください。ゆっくりとリハビリしましょう」と
おっしゃってくれるのです。
患者を第一に考える医療施設に、ご縁をいただいたことに
感謝、感謝です。

「今日は、もう仕事に行くから、帰るよ、また来るからね」と
母に声をかけると
少しだけ、少しだけうなずく・・・・・・。
この少しの動作が娘にとっては大きな大きな喜びなのです。

2017年6月13日火曜日

カレンダーを見て・・・・・・。

時々遠い国から届けられる
大きなお腹の写真
もう少しで初孫誕生です。

今までにはなかった、約ひと月の渡米滞在予定です。
別に何かあるわけではありませんが
身の回り、特に豆撰の私のデスクを
綺麗に整理整頓しています。
不必要な紙の書類や集めていた栞やパンフなど山のようにたまっていました。
ひとつひとつに想い出がありましたが、廃棄処分にしました。
そっと、引出しに戻したのは、お客様からのお便りです。
大切な宝物ですから・・・・・。


パソコンの中もいっぱいです。
デスクトップの整理整頓もしなければなりません。
とくに、写真は、しょうもない(どうでもいいもの)ほどあります。
初孫の誕生まで、あと一月あります。
パソコンの中もじれんと(ゆっくり)、掃除をしましょうか

豆撰からのお知らせ 


夏の贈り物パンフができました。
早得は6月30日までにお申し込みください。
フリーダイヤル 0120-05-5006 


 

2017年6月12日月曜日

ホタルの季節がやってきます。

我が家のたんぼは「菅畑」にありました。
2年前から、たんぼの耕作は知り合いにお願いしています。

実家のたんぼはトンネルの上にありました。
今はススキとスギナと ウツギの競争場になってしまいました。

どちらも、清水が流れていたからでしょうか
夕涼みにでかけると
あんどのあかりが消えたりついたりするのです。

亡き父は叔母たちを呼びに行き、まるで自分のホタルのように自慢していました。

私は夫に催促され、娘と3人でよく行きました。
一度だけ
そのあかりはまるで雪のように降って
まるで宇宙で泳いでいるような気分でした。

10年という歳月が過ぎ
父は天国へ
父の妹は一足早く天国へ
父の姉も、弟も天国にいってしまいました。

娘は遠くの国に行ってしまって
10年が過ぎます。

少し寂しいです。

今年のあんどのあかりを見られるのは
いつだろうか
あんどのあかりは懐かしい想い出を映してくれるだろうか・・・・・・。

ホ、ホ、ホタルこい
こっちの水はあっまいぞ
ホ、ホ、ホタルこい
あっちの水はにいがいぞ