2017年8月19日土曜日

和食にはやっぱり栃尾の油揚げ?

アメリカ帰りの、おばさんは時差に悩まされておりす。
午前2時には目が覚めてしまうのです。
布団の中でじっーと我慢。
これりゃあ、だめだと缶ビールを開けてみる。
もったいないことに半分しか飲めない。
それでも、やっぱり眠れない・・・・・・。
仕方なく。足音を立てないように階段を下り
洗濯機を回したり、ブログを書いたり、真夜中なのにと
憂鬱になります。

だって、先日は病院の駐車場で、昼寝をして、目が覚めたら
ここはどこ?この壁はなあに?アメリカ?と子供のように寝ぼけてしまう始末。

時計の針はようやく、いつもの朝食準備時間になり
米を研ぎ、栃尾の油揚げとひじきの煮物を作る。
出汁は、昆布と鰹節。
豆撰の干し椎茸、人参、胡桃を加えて煮ます。

炊き上がったご飯に、この具を混ぜて「ひじきご飯」の完成。
茄子が山のようにあります。
これはふかして、薬味の生姜をすります。
味噌汁には当然栃尾の油揚げ、出汁と一緒に煮ます。
仕上げの青物はオクラにしました。
これまた結構なお・あ・じ。

最後に鮭の味噌漬けを焼いて出来上がり。
これでよしよしと自己満足のおばさん。

やっぱり日本人は和食ですよね。
たまにはパスタもピザもよいけれで
ご飯とみそ汁は欠かせません。
そして名脇役は豆撰の栃尾の油揚げでした。

豆撰からのお知らせです!!












2017年8月16日水曜日

母に代わって綴る日記 2017/8/16

久しぶりの母との接触
母の耳に補聴器がありました。
アメリカに滞在中、妹からの連絡で補聴器を買ったことは知っていました。
母の失語症の原因の一つに難聴があったことに妹は気付いたのです。
その効果は目に見えて大きなものではありませんが
それでも、多少なりの効果があるようです。
手足が痛くても我慢して動かさないとかたまってしまうよと
声をかけると、動く右手と右足を母なりに動かすのですから

妹から聞いていた、車椅子に乗せてもらえない日々が続き、
私の4週間不在中に、たった一回だったと。
私は低姿勢に、お忙しいところご迷惑をおかけしますが母を車椅子に乗せていただきたいのですと懇願する。
この日の看護師さんは私の願いを快く承知してくださりました。
約1時間車椅子に乗った母と私のリハビリ旅行でした。

少し脱線します。
アメリカの医療を垣間見て私が感じたことです。
突然の娘の入院でした。
大きな総合病院です。棟が幾つも並び、何回も病室からn
一旦出ると戻
るのに大変でした。
この病棟は個室のみ、コンピュターと連携したあらゆる検査機器が取り付けられています。付き添いのベット、トイレシャワーも付いています。
アメリカサイズですからベットも広く自由に操作できます。


母のベットは、起こすことしかできません。高さも変えられないのです。
看護師さんやお掃除の方、技師の方たちはカラフルな制服を身につけています。
ドクターだけは白衣をはおっていたようです。
血液検査は一日6回、心電図は血圧計は自動です。一時間おきくらいに
病室に誰かが確認にやってきます。
その時の声掛け、患者には、リラックスさせようと自分の事、経験したことなど楽しそうに、話してくれます。
しかも付き添いの私にもたべものをもってきましょうか?お水は?
ママですね。といろいろ気を遣ってのです。
アメリカの医療はビジネスの一つだと聞いています。
ビジネスは質を高め、医師と看護師、スタッフと患者間のコミニュケーションをとること
ではないだろうか。
説得する人とそれを聞き入れる人の気持ちが一つにならなければビジネスは成立しないの
ではと感じてきました。

日本もアメリカのように医療ミスの責任問題は大きく取り上げられています。
訴訟を起こされないようなシステムを事前に作っています。
ただ、大きく違うところは日本は機械的であり、コミニケーションが少ないということです。
母の車椅子事件もその一つだと思うのです。
車椅子に乗せる時間は5分です。その後は家族が見るのです。
5分を惜しんで、ビジネスは成立しないことに
気づいてほしと願う。




2017年8月15日火曜日

新しい家族にさようなら


アメリカで出産を決意した娘、生まれてきた小さな命を見つめていると
なぜか母を思い出しました。私が娘を産んだ時のこと。
母は一生懸命私と赤子の娘の面倒を見てくれました。

栃尾の春にはまだ遠い 昭和56年の3月。郷病院の窓から西谷川が見えます。
川には除雪で運ばれた雪でいっぱいです。
その向こうで仕事をしている夫の建物まで橋を渡らなくても
ポンポンと跳んでいけそうに川は残雪で埋め尽くされていたのです。
病院から実家に帰る。
父と母が迎えてくれる 、これが本当の私の家族ではないだろうかと思った。
ストーブに石油を入れ、朝食を部屋まで運んでくれる。
ご飯と味噌汁と卵焼きくらいだったと思う、おかずまでは思い出せないけど
とにかく、お腹が空いて 空いて、5分もかからずに食べたような気がする。
おっぱいを娘にやるので、喉が渇いて仕方なかった。嫌いな牛乳がなぜかその時だけは美味しかった。大きなサイズの紙パック一本では足りなかった。
母は夜中に部屋を覗き、私が爆睡して、オシメ(オムツ)を替えないので、わざわざ来て交換してくれたていました。
母はこの頃、ほとんど一人でお茶屋を切り盛りしていました。
お店にお客様がくれば飛んでいかなければなりません。
洗濯も途中でお客様のお相手です。
洗濯開始から終了まで半日はかかっていました
それから産婆さんが湯を使わせにやって来ます。

この産婆さんは私を取り上げてくれた人です。親子二代お世話になりました。

母にとって初孫の娘はとても可愛くて仕方ないようです。

忙しい日々の中少しでも時間を見つけては娘に笑いかけます。
そんな母を見て、父は自分に言い聞かせるように、この子はうちの子ではないから
可愛がっても仕方ないというのです。
36年前が走馬灯のよに私の心のまわりを廻るのです。

とうとう最後の時間がやって来ました。孫を婿殿に任せ、娘と夕方散歩に出かけました。
娘は怒涛のようにすぎた日々だったと言います。
それはそうでしょう、産後三日目にして退院し、その二日後には自分が生んだばかりの娘をおいて、入院する羽目になったのですから、家に帰してくださいと泣きじゃくる娘の気持ちを考えると胸が張り裂けそうでした。母として冷静さを装いながら
頭の中は真っ白になったり、真っ黒になったりでした。
この三日は私も病院に寝泊まりし、娘を私なりに励ましました。治療の甲斐があったのでしょうか、なんとか退院にこぎつけました。このアメリカ入院で、体験したアメリカ医療は流石だと感心させれました。今では母子ともに健康です。
そんなわけで、次から次へと新幹線に乗っているように日常は過ぎたのです。
平和な日々はこ二日くらいでしょうか
孫を抱きしめ、孫を寝かせ、孫に話しかけます。
今度いつ会えるかね、泣いてばかりいてはダメよ、新米ママが困るでしょ
と名前を何回も呼びながら話しかけました。
名前を呼ぶと泣いていても泣き止むのです。娘はお腹の中の赤ちゃんに名前で話しかけていたからでしょうか?
そして、ロサンゼルス空港に
私の気持ちは日本に向かっています。空港ロビーで搭乗まではかなりの時間がありましたが、孫が車の中で待っているからもう行きなさい。私は大丈夫だから
そりゃあそうでしょう、私はたった一人の娘とのお別れ時間が長ければ
溢れそうな涙を抑えられなくなるから……。







2017年8月9日水曜日

最後の晩餐

朝5時過ぎ
洗面台の蛇口から流れる水の音
少しだけ開いているカーテンの隙間から夜が明けたことを知る

朝食のクロワッサンを鞄に入れ
テーブルの上に置いてある、小物入れの陶器から
取り出す金属音は耳に響く
「おはようございます」と声をかけてやりたい
「ご苦労様」と
それは私の心の中の声

相手は靴の音、鍵の音
音をできるだけ消している
起こさないようにと
それが相手の心
寝たふりをしている方が親切
それと、日本語でこの気持ちを伝えるの難しい
心の翻訳辞書はない

七時過ぎまで 、隣室で眠っているふたりの為
眠くないのに、起きようとはしない

携帯を取り出し、夫や妹、友達からメールが入っていないか確認する
日本とアメリカでは16時間の時差がある
この時差がとても厄介
こっちが電話をかけたい時は日本は夜中
そしてこの時差が気になり、一日中携帯を離さない。
誰のメッセージを待っているのだろうか、朝から夜中まで一日中
携帯と仲良し
日本ではほとんど携帯を持ち歩かない
みんなあきれていたほどだ
まるで真逆の毎日
そっと簡易ベットをたたみ、シーツをたたみ、リビングの片隅に片付ける


コーヒーを沸かしながら
目玉焼きとサラダを作る
小さな鍋に、ミツワで買ってきた昆布と鰹節で出汁をとる
これはアメリカ生活でも、譲らない
人参、ジャガイモ、ネギなど冷蔵庫にある野菜をたっぷり入れる
仕上げにすり鉢ですっておいた味噌を入れて出来上がり

味見の一口 は受け継がれる母の香りは自己満足

暑くもなく冷たくもない、ぬるくなったコーヒーを飲み

iPadで今日のニュースを見る
もちろん日本版
台風情報、新潟それも中越地区上空を通過するらしい
心配していると妹と夫からも情報が入る
妹には豆撰のプランターをお店の中に入れて下さいと依頼。
夫からは嵐の前のしずけさだと
ピンクに近い赤い芙蓉の花が
想いと一緒にラインで届く

ベニスの朝は曇り、涼しい風がベランダから吹いてくる

朝食を終えると、洗濯物を大きなカゴに集めて
小銭入れの小さな缶と鍵を持って、一階のコインランドリーに
エレベーターを待つ間、エレベーターの大きなドアにむかって
独り言をいう
これが結構いいのだ。誰もいないところで、本音を声にだす。
喉がカラカラの時に
ゴクゴクと冷たい水をいっきに飲み干したようないい気持ちだ

4階に戻り、今度は掃除だ。充電式で10分しか充電時間はない
寝室とリビングを急いで掃除機をかける
その前に食洗機を回す
床磨きにトイレ掃除、お風呂掃除
また一階まで行って今度は乾燥機にかける番だ
すると、タオルにTシャツにテッシュが満べなく混じっている
愕然
一枚一枚、大きなゴミ箱の上でホウラク(叩いて落とすこと)
この作業に10分を要す
乾燥機に移しスイッチを入れる
2回お金がかかる
もったいない
水事情の悪いこのカリフォルニアでは致し方無い

今度はエレベーターの中で独り言
だれが悪いのか、決まっている確認しない自分のせいだ

全てやった
やれやれ、ひと息つく暇もなくお昼の準備
今日は豆撰の栃尾うどんだ
丁寧に出汁を取り、マグロのカンズメとキュウリをあしらう
ついでに納豆も

午後からは少し余裕時間あり

いつもなら散歩に出かけるのだが
どうも血圧が高く前日の夜中に中古心臓がバランスを崩したので
休養、休養
何か観ると問われ
アメリカ映画では英語字幕が付いていてもストーリーが分からなければ絶対に面白く無い事は百も承知
そこで「天使にラブソング」を観ることにする
大好きな映画のベスト10入り作品だ
いい映画は泣かせる
いいなあ映画って

さてここから今日のポイントです
娘婿殿のご両親は私よりも一足早くイタリアに明日帰国するのです。
ということで今夜は最後の晩餐
愛想をつけて、ママにコーヒーを入れる
間違った
中に入れる小さなメッシュに入れずに沸かしてしまう
途中気がつきやり直し
私は誰にもこの失敗を言わない
素知らぬふりをして
ごうぎ(たくさん)時間のかかるコーヒーとなった

孫の入浴をみんなで見学
頭の上からイタリア語がドンーンとブルトーザーで運び込まれ
私はその中に埋まって身動きできないよ

やれやれ
晩餐メニューは、出前のピザ
ボーノ
でもイタリアの方がもっとボーノというイタリア家族

私の最後の晩餐は寿司に決めた

句読点はなるべく書きたく無い心境でした。









2017年8月6日日曜日

生活と観光の違い

どうなるかと思ったアメリカ滞在
一日は全世界中24時間にきまっているのに
あれよあれよと襲いかかる災難のせいか
3週間があっという間に過ぎ、
まるで、タイムマシンに乗ってしまったような気分です。
タイムマシンに乗ったことは実は、まだないのですが、
たぶんこんな感じと想像しています。
さて、観光と違うので、毎日は普通の生活なのです。
箸の替わりにフォークとナイフ。最初は仕方なしに使っていましたが
もうやめました。私は箸だけ。
椅子の生活もとても難儀です。
畳と正座の生活スタイルが身についているのです。
持病の腰痛が再発です。
食事の後は正座する事に決めました。
風呂と言ったら、半身浴専門バスって言うのでしょうか、
お湯をためて体を温め心を癒す風習がないのです。
日本のお風呂って最高の癒し空間ですね。
幼い頃、薪風呂から石炭風呂に改築した時を思い出しています。
大きな松の木の下に風呂桶を運んで入りました。
あたりは真っ暗です。月明かりとろうそくの灯りで入るお風呂
父の膝に腰を下ろし、抱かれて湯に浸かる。
桶から私を庭の石に下ろす時、腕を持ち上げてくれる。
私は、お月様や星に近づくのです。良い気分でした。
それから洗濯と食器洗い、こちらはとにかく目一杯ためておくのです。
我が家は食器洗いは日に三度。洗濯も三度。
この異常な習慣の違い!カリフォルニアは水不足の為節水だそうです。
水の美味しい日本、水が豊富な栃尾、この自然の恵みに感謝!
でも、台風はどうなったのか?ちょっと心配です。
生活習慣の違いは、観光では知り得ない事です。
又、道路や塀、部屋の器具取り付けなど、結構雑です。
そりゃあそうでしょ!私の頭は前を歩く人のお尻の高さです。
背の低い私は細々と見渡す。大きな人とまるで視線が違うのだから……。

2017年8月5日土曜日

古都とET でみつけたもの

初めて観る上戸彩主演の映画「古都」
なぜかアメリカで観る。
昨日、生まれて初めての英語字幕で観た映画との違い。
映画通の方はとっくに、理解し解釈、説明もつくのだろうが、
まあ、当たり前でしょって言わないで、読んで下さい。
昨日観たETは少年もその家族も友達も、言葉は少ないのに
表情豊かに演じていました。顔の表情は観る人をぐいぐいと
引きつけます。
宇宙からの訪問者ETにも悲しさ、喜び、などを瞬きと指の先で
表現されています。耳慣れない英語会話も
画像だけで物語を理解し感動させてくれる映画って凄い。
なんて日本人は表情がないのだろうか、かく言う私も
この地に来てからは能面だ。怒る時も、笑う時も、感情を抑えている自分がわかるのです。典型的な日本人気質だと、自分で自分にがっかり。
ところが、
日本映画の古都を観ると
なんでまた、アメリカにきてまで日本映画を観るのかと思われるかもしれませんが
それは、私が持っている不思議な力がそうさせるのです。
京都の風景、着物、和の世界にとても心が落ち着くのです。
そして、上戸彩のふたりひと役の演技は、表情が柔らかい。
カメラ目線が生きているのは、遠くから写す人や景色。ガラス戸越しに
シルエットが映り、表情が見えないのに
語りが私を引き込んでいくのです。
アメリカ映画ETも古都も根底にあるテーマは同じです。
Go homeなのに、撮影の仕方や演じる人、国籍によって表現方法が随分違うのです。
どちらも、良い。
どちらにもその国の良さが十分味会える。
もし、古都を観なければ、アメリカに押されて、日本の良いところを否定してしまったかもしれない……。
62歳と8ヶ月のおばさんで、アメリカに何しに来たのかわからず
ただ、悶々としていたけど、孫の顔も見ることができ、娘の生活を垣間見、
ふたりと血が繋がっている事に安堵できた。
ただ、住む世界と考えは違うのです。
日本は私のhomeです。
あの子らのgohomeはこれからだと思った。


2017年8月4日金曜日

アメリカにて2度目の観賞映画の想い出

時は遡り、昭和56年の出来事です。
はじめての出産……これが最初で最後でした。
娘は小さく生まれたましたが
よく飲みよく眠る、それはそれは母親の私にとって素晴らく
育て易い赤ちゃんでした。
産後5週間の休暇はあっという間に過ぎ去り、
私は育児を片手間に、完全仕事復帰したのです。それでも育児と仕事の両立は
疲労の蓄積は相当だったはずですが
全く覚えていません。
つまりそれほど忙しかったということだと思います。

そんな最中に娘を実家の母に預けて私は夫とふたりで
数時間のたった一度の映画旅行を楽しんだのです。
それは「E、T」でした。
あらすじは大まかな記憶の底にあります。
自転車にのって、翔るシーン。
少年の指とE、Tのタッチの名場面。
ところが、生後6ヶ月くらいだったかしら
あの子を置き去りにしてしまった私の心は
懺悔の気持ちでいっぱいでした。
感動もそこそこに実家に戻り、ごめんね、ごめんねと
おっぱいをやっていました。
さて、新米婆婆ちゃんの仕事も板につき、洗濯、掃除、オムツ交換は
要領も良くなり、
娘の文句も下火になり私にも少しの余裕が生まれたのです。
孫はスヤスヤと寝ています。
この調子だと2時間は大丈夫そう。
ソファの上にはかごに入った孫。
時々、足をさわったりして、婆婆ちゃんはここにいるから安心してコール。
そして、36年ぶりのE、T観賞です。
ええ、そうです吹き替えはありません。
英語の会話はとても聞き取れません。
10倍位ゆっくりと話してもらわなければ無理無理。
ただし、英語の字幕付きなのです。
簡単な単語は聞き取れなくても読めます。
一度見ている映画ですからなおのこと、想像と勝手な翻訳?解釈で
映画を追うのです。
記憶が蘇ります。
この映画に涙が溢れます。36年前には流さなかった涙です。
Go home この言葉に……。

2017年8月2日水曜日

赤子のぬくもり

孫が誕生してから、何日過ぎたのでしょうか
2週間目でしょうか
全く曜日の感覚が、見事なほど私の頭から抜け落ちています。
アメリカの病院は生後3日で退院です。
その後にもいろいろなことが起きて
私の心臓までも狂ってしまいしたが
ようやく、落ち着き……。

今日は娘の診察日です。
娘婿殿は今日から仕事、時間帯は、朝6時から午後2時までのシフトだそうです。
そこで、私は生まれてからはじめて
孫とふたりだけの空間を共有するのことになりました。
お腹はいっぱいのはずです。
オムツも替えました。
後は寝せるだけです。
騒音が凄い、窓は
空気の流れがあればいい程度にちょっとだけ開けて、
ソファに寝せておく小さなかごの向きを変え、顔に光があたらないように
する。そして、抱っこする。
私の胸に抱かれた赤子の体温が私の心の中に忍び寄ってくる。
一体このぬくもりは何?
母もこの不思議なぬくもりを感じながら私を育み、孫である娘を抱いたであろうか

あなたが10歳になると
私は73歳よ
日本に来ることがあるかしら
と話しかける、

上を向いて歩こう
涙がこぼれないよに
幸せは空の上に……先日から口ずさんでいた歌詞を
ハミングする

ほんのひと時の幸せは流れ星にように消えてしまった。
でも、ぬくもりは心にいつまでも、いつまでも永遠に。





1時間ぐらいすると

2017年8月1日火曜日

気を遣って、そろそろ腰もいたくなり。

朝ミツワに行く。
大きな通りを歩く。新聞や雑誌が散らかっているが、
横道は住宅街のせいか整然として綺麗だ。
犬を連れ散歩する人が目立つ。
娘のアパートは階ごとにゴミ箱が付いている。曜日指定も時間指定もない。
分別は2種類、リサイクルできるかできないかそれだけ。
住宅街にはその家の前に大きなゴミ箱が置いてある。
多分一件ごとにあるのだと勝手に思う。
そのゴミ箱のそばに粗大ゴミ例えば、長いソファーやマットレスだ。
もしかしたら、これも持って行ってくれのだろうか?
落ち葉をエア掃除機で履いている人もいる。
日本人の感覚、というより栃尾人だと公共の道でも、雁木でも
自分の家の前の掃除は当たり前。
この感覚の違いは雇用を考えたら、ヨーロッパもアメリカも同じだ。
もったいない精神で育てられた私には、ちょっと考えられないことが多い。
さて、買い物も完了。
時計の針はまだ11時だ。
いつもといってもこれで3度目なのだが、Wi-Fiのつながるカフェに行くことにした。
カフェにつくまで、数回声を出して練習する。
レギュラーコーヒープリーズ。
RとLの発音の仕方。人がいない時に声にしてみる。
やったね。
通じた。成果だったのか相手が察してくれたのかは定かでない。

今日は娘婿殿最後の休暇日。
気を利かせて、ここで時を過ごす私のお尻もいたくなり。