2018年12月14日金曜日

老人と孫

孫は一歳半です。
一日一日成長している姿をiPad
で楽しむ毎日です。

この頃は片言を話すようになり、
どうやって、イタリア語と日本語を覚えていくのかと
不思議に思っていました。
すると、

「ババ、ジジ、ダッコ」など日本語から「ノー、ボーノ、ノンナ」などなど

言いやすい単語を先に覚えます。
孫にとっては二か国語という垣根は存在していないようです。

近頃、私と夫の会話は
「あれだけど、あの人だけど、あれしてよ」と全く日本語が成立していません。
孫は毎日何かを覚えどんどん進んでいるのに
老夫婦はざるのごとく、忘れていきます。

認知症の義母はたったさっきのことも覚えられず、
薬の空をゴミ箱にいれて、薬を取りに行きます。
その様子を毎日見ている老夫婦
「俺たちもああなるんだ、いつか・・・」
「・・・・・・。」




2018年12月9日日曜日

みぞれまじりの雪に思う



みぞれ混じりの雪が降りました。
家の中は孫を迎えるためにつりーを準備をしました。
もう一つのツリーは母の入院先のツリーです。
病院で2回目のクリスマスを迎えます。

クリスマス前にもう一度観たい映画があります。
「ママー」の呼びかけとピアノの音が
心にしみてきます。
今朝もYouTubeで聴いています。
本物も映画の人も、もちろんロックも知らない私でしたが
感動の二文字です。

2018年12月8日土曜日

昭和38年の大雪 なんだか懐かしく・・・・・・。






今朝は雪の積もっていることを覚悟して
起床。
便利な世の中になって、タイマーで暖房もつきます。
寒い部屋で着替えることもなく、台所もぬくぬくと温まっています。
あの時とは天と地がひっくり返ったように違います。

この年
私は9歳でした。
覚えていることは学校がお休みになって、とてもうれしかった。
自衛隊のヘリコプターを初めて見て、「飛行機、飛行機」と
大喜びした。
街の雁木通りに雪のトンネルができて、まるでおとぎの国の入り口みたいでワクワクドキドキだった。

どうか雪の神様、今年は雪を降らせないでください。
お願いします。


 
 

豆撰屋号の意味について



豆撰の屋号に想いを込めて

28年前の創業時に掲げた二つの目標があります
その一つは、「豆を選ぶ」こと。
アメリカ、中国、カナダから運ばれる大豆では、大豆畑や生産者の顔を見ることはできません。
もちろん、どんな肥料や農薬を使っているのかもわかりません。
そこで新潟産大豆について調べてみました。
その結果、有機肥料を使っている新潟最北端地・朝日村の大豆に注目しました。
創業以来、豆を選び続け、
そして五年前に念願だった栃尾産大豆の復活にたどり着きましたが、私たちは今もなお、豆を選び続けています。

もう一つの目標は、「伝統製法を守る」こと。
古来、中国から渡ってきた伝統的な「生搾り製法」は、創業時にはすでに栃尾から消えていました。
なぜなら、非常に手間暇がかかるためです。簡単に豆乳とおからに分けることができる「煮絞り製法」が開発されたことで、
生搾り製法は敬遠されるようになり、消えてしまったのです。
しかし、豆を選ぶことを大切にするならば、
大豆の風味や香りを最大限に引き出さなければ意味がありません。そして、それを可能にするのは生搾り製法しか考えられませんでした。伝統的な製法で手間暇をかけるからこそ、
本当に美味しいものができると思っております。

雨の日も、雪の日も、小春日和のあたたかい日も
毎日毎日私たちは栃尾の油揚げをつくり続けています。
今日も明日も、これからもずっと豆を選び、伝統の「生搾り製法」を守り続け、美味しい油揚げづくりに精進したいと思っております。

2018年12月5日水曜日

栃尾の水は生きている


『お母さん、東京に行くなら水筒もっていかんばんよ』と出張に出かける私に
真剣なまなざしで訴えた幼かった娘の言葉を思い出しながら書いています。

栃尾は名峰と言われた守門岳の麓に位置している盆地です。
神秘的な森に囲まれその森から数々の湧水が流れています。

この森の中で美味しい湧水を見つけた先人たち

遠い昔にさかのぼれば静御前のお墓が栃尾に存在する伝説、
上杉謙信が出城とはいえ「城山」を築いたことも
この地に湧水があふれていたからではないだろうか。

湧き出る源泉は、西谷川、来伝川、塩谷川の支流を集め刈谷田川本流となります。
この湧水は
栃尾に住む人々の.「生きる」力だと言っても過言ではありません。
なぜなら、その昔から現代にいたっても「おいしい水」を
私たちは飲み続けることができているからです。

刈谷田川の上流「栃堀」に存在する上水道は全国でもまれな清らかな水です。
取水に集められた水には、まったく「生活雑排水」が入っていません。
この水を当たり前のように飲み、日々を過ごしていることに
感謝しなければと思っています。
そして、その感謝は栃尾の酒に、杤尾の油揚げに生かされていると思います。

湧水のひとつである、全国名水百選に選ばれた「杜々の森の水」は特に有名です。
この湧水は、灌漑用水として飲料水として村人の生活を支えた命の水でしょう。
この湧水が子々孫々まで絶えぬように.と創られた
「女人禁制」のお社伝説は森の神信仰と結びついていたようです。
今では、この森は憩いの場となり観光客や茶人など、多くの人たちにが
集まる栃尾の名所となっています。

美味しいあぶらげが300年の歴史とともに生きている由縁は
杤尾の湧水にあるのではと思っています。










2018年12月2日日曜日

母の手のように優しく






豆撰の栃尾の油揚げ作りの
ほとんどは人の手によって作られています。

生搾り豆乳に、にがりを加え、凝固させます。
それを、無数の穴の開いた栃尾の油揚げの型箱に流し込み
水分を抜きます。
ほどよく水分の抜けた栃尾の油揚げの生地は
水槽に入れられ、あく抜きをします。

この時一番必要とされるのは五感です。

水槽に入った時の大豆の甘い香りはその日の出来上がりの良し悪しがわかります。
工場内の室温と水槽の温度を肌で感じます。
湿度の変化から空気の音も毎日違ってきます。
もちろん、形や重さもいつもと同じかどうか確認しなければなりません。

水槽の中の大きな生地はとても柔らかです。
研ぎ澄まされた五感を使って、手で生地をすくいます。
その手は、まるで生まれたばかりの赤ちゃんを
そっとそっと優しく優しく抱きかかえるように
水槽からすだれに移します。
そして、
5本の指と手のひらを上手に使って一枚一枚を並べます。
水槽から取り出し、すだれに全部並べる動作は
母の愛情と同じです。

この生地切りのスタッフはベテランお母さんの仕事です。
そのベテランお母さんの仲間入りをはじめたのは
まだ若い男性スタッフです。
ぎこちなかった手がお母さんの手に近づいてきています。
五感を使って母の手を真似ているのです。

機械化されていない豆撰の栃尾の油揚げの技は
見て、真似て自分たちで感じることだと思っています。

私もベテランスタッフも若いスタッフも
母の優しい手で育てられました。
母の手を思い出しながら、私たちは栃尾の油揚げを
作っています。


 


 



 

12月2日の朝 

おはようございます。
どうして、こんなに月日は早く過ぎていくのでしょうか?
ちょっと早すぎです。
まんまるお月様が、いつの間にか三日月になったり
赤色に染まったもみじがあっという間に落ち葉になり、
アメリカに行ったはずの娘たち親子はイタリアにもどってきて
猫の豆太郎は空の向こうに召されてしまって

私は64歳になってしまって
世の中はめまぐのるしく変わってついていけないことばかりです。

7月から取り組んできた
ホームページとオンラインショップの改修では
お客様には二転三転のご迷惑をおかけしてしまいました。
申し訳ございませんでした。
結果的にオンラインショップのリニューアルは来年に持ち越しになってしまいました。
今現在は、旧サイトに戻させていただきました。

この騒動の中で果たしてお客様からご注文はいただけるのだろうかと
頭の中は不安でいっぱいでした。

でも、ありがたいことに
お電話、ファックス、メールがいつもより少ないながら
届いてきました。
感謝、感謝です。ありがとうございます。

お茶のお稽古で「無一物」の掛け軸を拝見すると
心にかかった雲がすーっと消えて
「日日是好日」とあわせて、今年最後の12月を精一杯頑張ろうとと
思っております。













2018年11月26日月曜日

葛藤

お茶入れとお茶碗を持ち
柱の足から入る
形から入るお茶のお稽古が好きです。
私は先生の柔らかな言葉が好きなことと
お稽古の空間は仕事も忘れ、家庭も忘れ
その時を過ごす流れが好きです。

「日日是好日」の映画を観た感動が覚めぬうちに
Hさんに進められ本も読むことにしました。
映画では樹木希林さんが演じたお茶の先生は本の中では
まるで私の先生のようでした。

「礼子ちゃん、覚えなくていいのよ。自然と手が動くようになるから」といいます。
お菓子の意味や掛け軸の意味
そしてやっとなんとか覚えたお点前が
11月からは炉に替わっていました。
あれあら、本と同じです。


私がお稽古に行くのは、ただただ楽しいだけなのです。

一週間以上ごたごたが続く中で、私の心はズタズタでした。
怒りと悲しみが交差して、その出来事以外何も考えられなくなってしまいました。
その最中に読んだ本が私に教えたのです。「無駄なことはひとつもありません」ということ。
怒っても何も解決できない。
誠心誠意の意味がわかりませんでした。私は何も悪いことはしていないのにと葛藤の日々の中。
「日日是好日」に出会えてよかった。今日はお稽古日です。
「無」になってお点前の練習をしようと思う。









2018年11月22日木曜日

太い箸と技と心











寒い雨の日が続いたその合間のある日
お日様が工場の締め切った窓ガラスに差し込む。

きらきらと輝き、栃尾の油揚げが美しく映る。
若いスタッフの顔も美しく凛として映る。

この輝きに喜びがふつふつとわいてきます。

油揚げつくりは地道な作業です。
それでいて、繊細な仕事です。
なぜなら、その日の気温、水温、湿度にどれだけ
職人が気を配って豆を浸し、豆をつぶし、
凝固させ、生地を切るか。

この工程が豆撰の栃尾の油揚げの一枚一枚の出来上がりを
左右するのです。生搾り製法の難しさかもしれません。

そして「揚げる」のです。一日一日お天気が
変わるように油揚げの生地も毎日変わるのです。
その変化を見極めて、じっと見つめて
この時、この瞬間に大きな太い箸で
油揚げを何回も返していく。

地道な作業ですが真剣な目を持たないと
美味しい豆撰の栃尾の油揚げはできません。

太い箸に作り手の気持ちが込められています。






2018年11月18日日曜日

「土と育つ子どもたち」を観る

纐纈あや映画監督作品を観ました。
自由学園の子供たちの表情は
まるで30年前の娘ような・・・・・・。

家の周りは田んぼと山に囲まれ
少し離れたところには畑がありました。
娘はいつも農作業をする祖母と一緒です。
土や虫は娘の仲間です。友達でした。
田んぼにはスノーボート。その中に入っているのは2歳の娘。
洋服はもちろん顔も手も泥だらです。
キノコ採り、栗拾い、山葡萄採り
土と育つこどもたちの映像はいつの間にか幼少期の娘に重なっていました。

今朝夫に「土と育つ子どもたち」の映画の話をしました。
「お父さん、孫は遠い国だから無理だけど
私たちなら、一週間に一度くらい土に触れる生活体験させられるよね」
「ああ、でもな今の時代は なかなか難しいな」とそれ以上に会話は弾みませんでした。

いつから
かわってしまったのだろうか
土と育つこどもたちがみあたらない

纐纈あや監督と数秒だけ話した
「学校教育だけではないと思います。保育園時代から取り組むべきではないでしょうか」
監督の「はい、そう思います」と応える凛とした表情がまぶしかった。




2018年11月11日日曜日

ホームページがかわりました。


平成2年にはじめたホームページは夫の手作りでした。
ネットの普及もまだまだの時代です。
もちろんオンラインショップの言葉も知らずの私でした。
それでも、時々ですがメールでご注文があると
とても驚きました。
それからは、あれよあれよとネット時代に突入。

「豆撰のホームページってダサイね」と
娘がテコ入れをはじめました。
デザイン関係の学校で勉強していたこともあり
夫よりも数倍きれいなホームページになりました。

それからしばらくすると、いつの間にか、オンラインショップが当たり前の時代になったのです。

まるで、1964年東京オリンピックを迎え、電話、テレビに冷蔵庫がどんどん普及したあの頃のようになって。
便利な時代がもっともっと便利になったのです。
そしてその進化はあれよあれよと変わって・・・・・・。
スマホ型になったり・・・・・・。
 2018年を迎えました。ここでもう一度、見やすい読みやすいホームページ作りに
新人さんとサポートさんの共同チームを組んで、リニューアルしました。まだまだ伝えきれないところもあり、丸太の上を歩いて調整中です。
ブログは右下に今まで通りに載っています。お忘れなくお願いたします。


Hpはこちらです。


2018年11月5日月曜日

人形が語る栃尾の世界






11月3日と4日の
豆撰の山の家で展示させていただいた
「杉野シズ人形展」が無事終了しました。
とても良いお天気に恵まれ、お人形との出会いに
お客様はとても喜んでくださりました。
また、和菓子とお抹茶に「初めてです」の声も
宗孝先生と和気あいあいのお気楽の会となりました。
縁側でいただく豆撰のお弁当、杉野さんの手作りこんにゃく
生搾り豆乳ラテに美味しい美味しいの連呼。

少し小高い丘の上から見下ろす町並みの紅葉と真正面にそびえたつ守門岳の景色も花を添えていたと思います。
懐かしく心がほっこりする集いでした。
お越しいただいた皆様ありがとうございました。
また、ご都合で「見たかったのに 」と残念に思った方々
来年ぜひお越しください!



 

2018年11月1日木曜日

健康について・・・・毎日できることは?


 
 



畑のお肉大豆から生搾り豆乳へ
10年前のある日。
友達とのお茶会にシュークリームを買って出かけました。
「いくら甘さ控えめでもこれはやりすぎだよね。甘くないスイーツなんて美味しくないよね」と、食べながらブツブツ言う私。
でも、友達は「そうかな?」と、不思議顔。
それが私の味覚障害のはじまりだったのです。
原因は更年期症状に合わせた薬の服用でした。
それ以降、お友達との旅行はもちろん、家族との食事も苦痛を感じるようになっていきました。
食事が苦痛だなんて、生きる意味がないと言われたようで、それはつらかったのです。
そんな日々は、薬が体から完全に抜けるまで半年以上も続きました。
この経験を機に、私は今まで以上に食事に気をつけるようになりました。化学調味料は一切使用せず、お味噌汁も煮物も昆布とカツオだしにしました。食する喜びを、生きがいを失いたくなかったからです。
おかげで食する喜びを取り戻すことができましたが、同時に日頃の運動不足のせいもあって、体重がどんどん増えはじめてしまったのです。人間ドックの結果もコレステロールがやや高め、中性脂肪も高めと、さらに追い討ちをかけてきました。
出張用に取り出した洋服を着ると、もうピッチピチです。
そこで私は一念発起!
日ごろ、からだにいいからとお客様にお勧めしている豆乳を私自身が毎日続けてみよう、それと並行して運動(カーブス)に挑戦することを決断したのです。
皆様も豆乳でイキイキ健康生活をはじめませんか
あっさりした大豆の甘さが自慢の生搾り豆乳を使って、葉物とフルーツのスムージーなどがおすすめです。
毎日続けることで自信が生まれるはずと頑張る日々です。