2018年6月15日金曜日

ピアノの音色 「羊と鋼の森」

原作は本屋大賞受賞「羊と鋼の森」
雰囲気は頭の中で想像するのですが、実際に画像で物語を追うかたちになると、
なんとも情けないほど、原作を忘れていました。
それはそれでよかったかもしれない。
主役の俳優山崎賢人さんは、これからが楽しみな若い俳優さんでした。
ピアニストを目指す姉妹の陽と陰もいい感じでした。
ふたり姉妹の反発し合いながらも、妹は姉の孤独を支えるというラストに思わず涙が溢れました。私自身と妹を重ねたのでしょうか。
この映画も、いえ最近の映画に、いい役どころで顔をのぞかせている三浦友和さんの
存在も重厚感があり、若い頃から見ると、諦めない努力を感じさせる。この映画のテーマそのもののようである。彼の台詞にある詩そのものでした。
ピアノの音色に心が癒される。昔私もこの曲に挑戦したことがあったと自分の過去の
余韻に浸る場面もあった。エンディングのピアノは特に心に響く。このラストがこの映画を締めくくっているようだった。
映画はどの映画も私にとっては新鮮で新たな想いを伝えてくれる。
本は本で想像力を与えてくれる。
今回の映画は本からはじまりました。どうしても観たかった映画でした。
私流の映画の味方は、真っ白な状態で楽しむことかもしれません。
森から世界へ届くように。





2018年6月7日木曜日

私のピアノ

買ってもらったのは今から43年前でした。
壊れてしまったのは・・・・・・。


成人式には振袖はいりません。だからピアノを買ってください。と父にお願いしました。
保育園で子供たちと一緒に遊ぶための大切な私の楽器でした。
それから、ピアノは私の生活の一部となりました。ピアノの引っ越しは3回もありました。
楽譜を読むのも一苦労です。保育園につとめてからもレッスンに通い続けました。
ピアノの練習は朝と夜の2時間くらい続けました。
娘が生まれても、ずいぶん練習を重ねました。今から思うと良く頑張ったものだと自分を
褒めてやりたくなります。
そして、ピアノと過ごした15年の歳月は終了し、豆撰で働くことになるのです。
あぶらげを揚げ、工場のお掃除をし、午後からは伝票つくり、荷物つくりで全く休む暇などありませんでした。
若いって本当に頑張れるものだと思います。

それから2004年7月13日の中越大豪雨の日の出来事は今でも忘れられません。
我が家が私と夫の目の前で土砂に倒されてしまったのですから、その後、暑い日が続きました。
我が家の瓦礫撤退作業の日。
倒壊した瓦礫の中からクレーンで運ばれた
私のピアノは形がなく、鍵盤だけが悲しく怒ったように波を打っていました。
「やめてください」と心の中で叫びました。
20歳から35歳まで私の体の一部だったピアノの姿はあわれで悲しくって
家が壊れた時よりも、涙があふれたことを覚えています。

6/30には栃尾キリスト教会様のおかげで、栃尾第二回被爆ピアノコンサートを
開催します。原爆という恐怖のなかで、生き延びたピアノたちに想いを馳せながら
私は私のピアノを想いだしています。





2018年6月6日水曜日

栃尾を歩きませんか

栃尾自慢市の終わったあと
刈谷田川上流に向かい
宮沢橋付近を散策しました。
夕日が山に沈みそうな、その瞬間でした。

遠くの家並みはほんのり夕日色にそまっています。
車から降りると、
アザミの花が私を誘うのです。
川の流れに心が癒され
しばらくたたずむ私。




2018年6月2日土曜日

6月3日はとちお自慢市です!豆撰にもお越しください!

とちおの自慢は緑豊かな自然と水。
そして栃尾の名物といえば「栃尾の油揚げ」です。
通称「あぶらげ」といいます。
栃尾のあぶらあげにも美味しい水は欠かせません。
刈谷田川の上流に刈谷田ダムがあります。守門から流れる清流をここで管理します。
そして、その清流は取水口を通り、栃掘村にある浄水場に運ばれます。
つまり浄水場には家庭の水は全く入らないのです。
各家庭に運ばれる栃尾の水は生活雑排水の入らない全国でもまれな地域です。
刈谷田川上流にて魚釣りが楽しめるのも栃尾の誇れる自然環境です。
美味しい水で作る栃尾の油揚げ、お豆腐はまさに生きていると言えるでしょう。

6月3日 とちお自慢市 場所:とちお道の駅 時間:10時~15時
とちお自慢市には特別な巨大あぶらげが揚げられます。
皆様、ぜひお出かけください。





2018年5月30日水曜日

6月3日はとちお自慢市です。

 
 



とちおの自慢は緑豊かな自然と水。
そして栃尾の自慢といえば「栃尾の油揚げ」です。
通称「あぶらげ」といいます。
栃尾のあぶらあげにも美味しい水は欠かせません。


刈谷田川の上流に刈谷田ダムがあります。守門から流れる清流をここで管理します。
そして、その清流は取水口を通り、栃掘村にある浄水場に運ばれます。
つまり浄水場には家庭の水は全く入らないのです。
各家庭に運ばれる栃尾の水は生活雑排水の入らない全国でもまれな地域です。

刈谷田川上流にて魚釣りが楽しめるのも栃尾の誇れる自然環境です。
美味しい水で作る栃尾の油揚げ、お豆腐はまさに生きていると言えるでしょう。


6月3日 とちお自慢市 場所:とちお道の駅 時間:10時~15時
とちお自慢市には特別な巨大あぶらげが揚げられます。
皆様、ぜひお出かけください。


豆撰からのおしらせ 6月3日豆乳ソフトクリーム50円割引いたします。

 

2018年5月25日金曜日

栃尾散策 道院へ






さわやかな風が頬をなでる。
山道にはチゴユリ、キスミレたちが笑っています。
タムシバは終わりに近ずいていました。それでも栃尾の街から比べたら、
まだまだ若葉が楽しめます。
写真は後にして、大きな前掛け袋に、長ぐつスタイル。
山道を歩く格好は仕事人。
さて、キョロキョロと見渡すものの、それらしきものは?
最初の一本は山道沿いに夫が発見。私はポキッと折って、前掛け袋に入れる。
夫は茂みに入って行きました。
私は、道なりに歩くのみ。二本目発見。
されど、もう見当たらず、あきらめたところ、道の真ん中にニョキッと曲がっている
小さな根曲がり竹を見つけました。
これで三本ゲット。
それからはまったく見当たらず、私は車を止めておいた池に戻ることにしました。

池から望む、守門岳の雪は随分少なくなっていました。
ベンチでたった三本を眺めている私。
しばらくすると、夫が戻ってきました。私の三本を見て
全くの役立たずだとは言いませんが、目がそう言って笑っていました。
夫は前掛け袋に半分くらいの収穫です。今夜のおかずはこれで大丈夫。
今日も自給自足生活です。
栃尾の五月は気持ちがいい。
道院高原もこの季節が一番かしら
一昨年は、母と一緒でした。
ウツギのピンクに想いを重ねるながら下山しました。






2018年5月22日火曜日

素敵なお友達と過ごす栃尾の自然






先日のこと。「豆撰にお邪魔します」と長岡のお友達からラインをいただきました。
そして、「山菜はどこで買えますか?」
この季節ならまだ間に合います。
早速、私はお友達に連絡、私がご案内いたしました。

耕作放置された我が家の畑には蕗や蕨がにこにこ、にょきにょきと顔を出しています。
お友達のご夫婦は、「何十年ぶりかしら」と歓喜の声をあげて
蕨とりに夢中です。
それから、私?の植えたジャガイモ畑を見学、うどはやわらかいところ採って
てんぷらに、アスパラも少し…と大喜び。
お昼は豆撰の健康コロッケ入り栃尾寿司弁当を持って、山の家に行きました。
食後に、お父さんから終わり初物のような筍を採ってもらうことにしました。
お友達の希望で山坂のある竹林にもお連れしました。
そこから望む守門岳の青と白のコントラスト。
今年一番の美しさを見ていただくことができて、
どんなに私が嬉しかったかおわかりいただけるでしょうか。
サンショウの葉やミョウガも少し摘んでもらうことができました。
栃尾をご案内し、自然を楽しんでいただき、豆撰お弁当を食べていただく、
これこそ、究極の至福であり、豆撰で働く喜びでした。

皆様もいつでもお声をおかけください。
栃尾と豆撰をご案内させていただきます。



2018年5月18日金曜日

ヒデキ感激は忘れないね。

ひとつ学年が下だった。
高校生の私は
かっこいい西城秀樹さんが好きだったけど。
なんとなく、好きだとは言えない、へそ曲がり的なところがあった。
テレビで振り返ると
若い時から
病気を患って復帰した時も
すべてが人間的に素敵な人だったとつくづく思う。
ありのままの姿を見せることが使命だと語る姿は
感激の言葉だ。

生前中は好きだと言えなかった、ちょっと小生意気の私。
これからは
ヒデキ感激の言葉の意味を考えながら
一日一日を大切にしたいものだ。

2018年5月11日金曜日

孫へのお手紙 ばばちゃんのお母さんのこと

孫へ
ばばちゃんのお母さんのこと話しておきます。
我慢強い人です。
冬になると、
屋根裏部屋は垂木が丸見えの狭い空間に一台の機織り機があってね。
ガタコンガタコンと音がするのよ。
ばばちゃんは3歳くらいだったかな
お母さんの側にいたかったけど
寒くてね、すぐに屋根裏部屋をでてコタツのある部屋に逃げ込んだよ、
ばばちゃんは弱虫だった。
春になると
田んぼと畑仕事がはじまるんだよ。
鍬ってみたことないよね。
トラクターなんて便利なものがないときに
畑や田んぼを耕す道具でね。
冬の間に雪に押されて硬くなった土を掘り畝を作るんだよ。
田んぼにはカエルの卵がいっぱいあってね。
ばばちゃんはオタマジャクシが大好きでね。
毎日見て楽しんでいたよ。
ある日、田んぼにオタマジャクシがいなくなって
泣いたんだよ。
ばばちゃんは泣き虫だったんだ。
お母さんは優しく
オタマジャクシはカエルになったんだよ。って教えてくれたよ。
一番嬉しかったことは
ふきの葉っぱに木苺を摘んでくれたこと。美味しかったよ。
夏になると
畑にアマウリや、スイカ、ナスにキュウリがいっぱい採れてね。
美味しいくてね。ほっぺが落ちそうになったよ。
スッカンポっていう草の皮をむいて食べたりしたよ。
秋になると
台風が来てね。
ばばちゃんのお母さんとお父さんは朝早く、稲が干してある、ハゼバにむかった。
おっかない顔をして
でも、ばばちゃんは庭の木々が踊っているから
楽しくって外に出て風さんと遊んだら、ばかもんって怒られたよ。

昔々のお話だよ。
ばばちゃんのお母さんは強い人だからね。
今も病院で頑張っているんだよ。

母の日に母をおもう。





2018年5月8日火曜日

安楽死を望む英国人患者の映画


GWは気候の変化が大きく
長袖から半袖に衣替えしたその日は寒かった。
案の定風邪をひいてしまいました。
熱はないものの、のどの痛みと体がだるく、鼻水ダラダラです。
無理はせず、家の中で二日間をゴロゴロと過ごしています。
初日は、「イングリッシュ  ペイシェント イギリス人の患者」を観ることにしました。
第二次世界大戦最中を舞台に、アフリカの砂漠をメインに英国人、イタリア人、ドイツ人など多国籍の人間が入り混じっている、壮大なロケーション。はじまりには謎めいた絵筆です。謎解きからはじまりました。

恋愛、それも
わけありの内容ですが、上手い演出のせいか、わけありでもいいかと思わせる不思議な魅力ある映画です。音楽もいい。
修道院に逃げ込み主人公を介護する看護婦さんが見つけたピアノ、そしてそのピアノを弾くシーンはとてもいいのです。ピアノの音色が語るのです。平和であることの大切さを。また地雷工作員との恋もいい、主人公を密告者と思い込み、追い続けるカナダ人。主人公の記憶は人妻への愛を語る。
人妻のことを想いながら、自らの命を看護婦さんに委ねる。なんとも言えない、悲しみというのではない、ここで恋が成就していく。おわりははじまりのようだ。
国と国には国境があるけれど、人間には国境はないと訴えているようです。
ラスト、平和を信じ、希望をいだき、ジープに乗り込みイタリアフィレンツェに向かうシーンもいい。やはり映画はラストで決まる。




2018年5月6日日曜日

GW最終日を迎えて想うことは・・・・・。



1945年8月6日
午前8時15分
この日は広島に原爆が落ちた日です。

あれから・・・・・・。

2011年3月11日
午後14時46分
東北地方太平洋沖地震
この日から今も郡山でボランティア活動をしている管理栄養士さんご一家が
何十年ぶりだろうか

GWに突然豆撰に来られたのです。
娘さんはこういいました。
「新潟の山は息をしています。生きています。福島の山は息をしていません。
同じ緑なのに置物のようです」
この言葉に「ハッ」とさせられました。
目に見えないと、思い出す回数が減ってしまう私たち。
この日は偶然にも次回作映画「被爆ピアノ」を撮られる五藤利弘監督も
ご一緒でした。
広島の被爆だけでなく
福島の方の悲しみ、切なさ、それでもがんばっておられる多くの人たちにも
想いが伝わる映画を作ろうとしている監督さんですとお話しました。

遠くは長崎から、福島、群馬、神奈川と全国の方々が豆撰に来てくださり
いろいろなお話を伺い、触れ合うことは
オルゴールを聞くような懐かしい気持ちになります。
訪れる人と一緒に楽しいことも辛かったことも
分かち合える。
その架け橋に「あぶらげ」があるような気がするのです。
オーバーかもしれませんが
美味しいものを食べると心が豊かになり元気になります。
そう信じて、一生懸命あぶらげを豆撰スタッフは作っています。

皆様ありがとうございました。そしてこれからもご一緒させてください。
  

募集 ピアノを弾いてみませんか?

6月30日(土)夜19時より
栃尾の教会をお借りして
昨年に続き第二回目の「被爆ピアノコンサート」を予定しております。
「わたしのピアノ。みんなに伝えてね。戦争の恐ろしさを。戦争のかなしみを。」
ピアノに想いのある方、70年も前のピアノと語りたい方、どなたでも
ご参加できます。ピアノを弾いてみませんか?
お問い合わせは電話0258-53-2014(豆撰多田まで)


























2018年5月2日水曜日

栃尾の母ちゃん、ばあちゃんの味です。





「赤こがね」ができるまで・・・・・・。


栃尾に住んでいる方ならだれでも知っている栃尾名物といえば「あぶらげ」です。
あぶらげは「ジュー」と音がするくらいのアツアツに醤油をかけて
アチチチと食べるのが一番おいしいこともみんな知っています。
ところが、通常あぶらげやさんは朝が早い仕事です。夜も明けないうちから
黙々とあぶらげつくりをします。
揚げたてのあぶらげは早起きさん以外は食べられませんでした。
(豆撰では朝9時から夕方4時までお召し上がりいただけます)
だから、あぶらげといえば「煮つけ」だったのです。
口の中にシュワーと美味しい出汁が広がります。
これこそ、栃尾の母ちゃん、ばあちゃんの味でした。
あぶらげの煮つけは最高の栃尾郷土料理でした。
でも、
あぶらげの食べ方をお客様に尋ねると
「焼きます」と10人中10人が答えるのですが
ふるさと名物はやっぱり「栃尾の油揚げ煮つけ」です!
そこで、煮つけ料理が苦手な方のために
安心安全な出汁を使って豆撰であぶらげの煮つけを作ろうというわけになったのです。
「鰊」の煮つけも栃尾の郷土料理のひとつです。
鰊特有の臭さを取り除き、鰊は鰊で分けて煮て
あぶらげの上にのせました。まるで黄金あぶらげ のように。

今回は豆撰、栃尾の油揚げ誕生記念に、とちおの郷土料理を
お届けしようと企画しています。
この機会にぜひ、ぜひ栃尾の母ちゃん、ばあちゃんの味をお楽しみください。


2018年5月1日火曜日

仕方ないという呪文

GWがスタートしました。
たくさんのお客様で賑わい、豆撰も大忙しです。
この活気は水を得た魚のように、私もぴんぴんはねて
荷物つくりや接待のお手伝いをします。

さて、

仕事も一段落したので母を見舞うことにしました。
妹と一緒です。5時半を回っていました。
母の病室は四人部屋です。入り口に立つと、いい匂いがします。
入り口のおふたりのお夕飯の匂いです。
母はこの匂いを感じるのだろうかとふと立ち止まってしまいました。


そして、
母のお得意料理が浮かんできます。
甘しょっぱく煮つけたあぶらげに酢飯を詰めた、大きなあぶらげ寿司は
大きなお皿にいっぱい並べらます。
私達子供はそのあぶらげ寿司のはしっこ狙いをよくしたものです。
こし餡で作るおはぎも大きなお皿に並べられました。
どちらも、私にとっては母の味でした。
時々、母を真似て作りますが、母の味とは違うようです。

病室で横たわり、起き上がることも叶わなくなった母を見ながら

「仕方ないね、仕方ないよ」と足と手をさすりながら
呪文のように仕方ないを唱える妹と私です。
そして、帰り際で妹は決まってこういうのです。
「もう少し頑張ってくださいよ。また明日きますから・・・・・・」と。







2018年4月27日金曜日

栃尾のあぶらげコロッケを作るために






今日は畑デビューをしました。

映画「フルーツ人生」に魅せられて、夫の野菜作りのお手伝いをすることを決意。
今日はジャガイモの種芋植えです。
ビニールのかかった床の中に、男爵とメークインとキタアカリの3種類
の種芋は元気よく芽を出していました。
ひとつひとつ土の中から丁寧に掘り出します。見ているだけではつまらないので手伝いましょうかと夫に話すと、芽を壊してはいけないからとさせてもらえず、
私は種芋をカゴに並べて数を数える役です。小学一年生でもできそうです。
続いて、おからの肥料のまかれた畝にその種をのせていきます。
私は土よせをしようかと話すと、夫はこれが一番大事なところだと言われ却下。
最後の仕上げは鍬で土をかぶせます。
これはとても私にはできない仕事です。
私は結局、道具の後片付けの役目を仰せつかりました。
そうそう私のお役目がもうひとつありました。
途中で、百合畑の草取りをしました。完璧に草を取り除き私は満足。
夫の評価も高く、畑デビューはまずまず。
大切なことを書き忘れました。
ジャガイモの肥料はおからペレット、愛情もたっぷりの安心安全をモットーに
作ります。
夏には大きなジャガイモがゴロゴロ出来上がるでしょう。
そして、そのジャガイモは栃尾のあぶらげコロッケに変身いたします。

映画のフルーツ人生とはほど遠いかもしれませんが、夫と一緒に
ウグイスの鳴き声を聞き、土のにおいをかき、泥だらけになった手を井戸水で洗う
ことに、普段とは違う心のゆとりを感じました。
さて、次回はどんな進歩があるでしょうか?
どんなお役目をいただくことができるでしょうか?
ジャガイモの生育と私の成長は続きます。





2018年4月25日水曜日

豆撰から1時間30分くらい「北方文化博物館」へ

 
 
pl k

 

豆撰から新津に向かいます。昨日は雨模様の一日でした。
新津から10分くらい走るとその一角の門構えから敷地の広さが
うかがえます。
正面の奥に樹齢150年、一本の木から広がる大藤が見えます。

後1週間もすれば見事な藤棚になったであろうと想像をしながら
豪農の館に入ります。
江戸時代中期、越後随一の大地主(伊藤家)の館です。
明治15年から8年間を要して建てられたこの豪邸には
魅せられるものがたくさんありました。
台所、大広間、茶の間そして庭園などはまるでお城のような広さです。
小作人の数は2800人とか、このお屋敷で働いていた人数はなんと50人。
一日に炊く米は1俵とはびっくりでした。
柱、天井、式台はすべて欅造りです。座敷を囲む廊下に柱が一本もないのにも
びっくりです。庭の景観を損なわない建築とその財力に驚かされます。
二階から見下ろす、下野の広い事、まるでお城のような感じです。
そして、そこから眺める藤棚の豪快さ。
屋敷のまわりにはいくつもの茶室。そのなかでもちょっと
変わった建物、三楽亭は三角形の 風変わりな茶室兼書斎がありました。
この日は
藤棚が長くたれ、紫の神秘的な世界を堪能するはずでしたが
それはかないませんでした。それでもこの館は新潟を訪れる方々に
ぜひご覧いただきたい歴史ある博物館だと思いました。
次回は紅葉のころ訪れてみようか

このGW新潟にお越しの皆様、栃尾にお越しの皆様、
新潟の歴史豪農の館「北方文化博物館」はおすすめです。



2018年4月22日日曜日

栃尾地区栄町「花ももの郷栃尾」


 
 


今日は朝から花火山「鳩峰」から元気な歌声が豆撰まで聞こえてきました。
「花ももの郷栃尾」の会のみなさん大集合の花ももまつりです。

花もも は鮮やかなピンクと紅色、先日訪れた時に比べて、桜は葉桜です。カタクリの代わりにチゴユリが群生していてびっくりしました。

チゴユリをカメラに収めようと腰を低くうつぶせ状態になり、いっぱしのカメラマンの
ように恰好だけつけて・・・・・・。
上りきったところで、ポケットに携帯がない!ことに気がつき、
坂道を戻る。やっぱりチゴユリのところに落ちていました。
汗だく!
さて、今日は豆撰の豆腐とあぶらげも参加。というのは会の人たちが大きな
鍋に具だくさんの味噌汁を作って、花ももをご覧の方々にふるまっているのです。
その味噌汁のお仲間入りをさせていただいたというわけです。
見覚えのあるおばさんから「れいこちゃんかの、かずこちゃんかの」と問われ
「礼子です」と答える私も初老おばさん。年老いた顔を互いに見つめ合い大笑い。
「孫が作ったおにぎりだから、一緒にどうぞ」と声をかけてくださったのは、
豆撰のお隣さん。私はちゃっかりおにぎりをいただき、写真撮影はそっちのけでした。
懐かしい顔がいっぱいで花ももからたくさんの元気をいただき、
豆撰に戻ったというわけです。
すると、豆撰にはたくさんのお客様。栃尾の油揚げ定食と栃尾寿司弁当を作るお手伝いを
しながら、お客様に栃尾の油揚げを運びます。
先ほどいただいたばかりの花ももパンフをコピーして
花ももの宣伝をし、とにかく初老おばさんは忙しく、疲れてしまいました。とさ。
えっちごさっかい。




2018年4月21日土曜日

栃尾の油揚げを食べよう! GWは豆撰へ


栃尾の油揚げを食べにきてください!
栃尾の油揚げ定食、栃尾寿司お弁当、豆乳アイスクリーム 、あぶらげコロッケ、
ざる豆腐白和え、塩麹でつくったおから、
栃尾だんご、あぶらげロール巻きなどたくさんの栃尾の油揚げ御惣菜が豆撰に並んでいます。









豆撰から5分で行ける、花桃の里からは栃尾の街が一望できます。
ちょっと足をのばして秋葉神社、諏訪神社、城山上りはいかがでしょうか。
雁木とおりをぶらぶら歩くのも情緒があります。


栃尾寿司お弁当をもって栃尾散策はいかがでしょうか。
「おいらこの湯」温泉もあります。

4/29日は諏訪神社春季大名行列のお知らせ

諏訪神社の大名行列は「大名行列」でありながら大名の姿はなく、神官・御神輿を中心にして左右大臣を頭に鉄砲・弓などのほか、天狗・神楽など神事と公達・武士・庶民が一体となった形を取ります。総勢600余名、長さ300mを超える大名行列が、春風の心地よい市街地を巡り、諏訪神社に戻ると神輿・太鼓などの「舞い込み」が始まり、勇壮・荘厳な祭りの最後を締めくくります。また、大祭前夜には谷内通りに露店が並びおおいに賑わいます。