実家の法事
住職の挨拶の中
「供養の度に家族が増えておられることにご先祖様も喜んでおられることでしょう」
甥っ子の結婚そしてもうじき甥っ子にも子供が生まれる。姪っ子にも二人目の子供がもうすぐ生まれる。家族が増えることは幸せが増えるってことだろうと思う。
実家で見つけた母と父の笑顔写真
いろいろあったけど写真は最高の笑顔である。写真撮影の瞬間は仲良し夫婦であっただろう。
2人姉妹の家族が集まると最年長は夫、次は私となる。私たちはどんな笑顔が残るだろうか?
日日是好日
実家の法事
住職の挨拶の中
「供養の度に家族が増えておられることにご先祖様も喜んでおられることでしょう」
甥っ子の結婚そしてもうじき甥っ子にも子供が生まれる。姪っ子にも二人目の子供がもうすぐ生まれる。家族が増えることは幸せが増えるってことだろうと思う。
実家で見つけた母と父の笑顔写真
いろいろあったけど写真は最高の笑顔である。写真撮影の瞬間は仲良し夫婦であっただろう。
2人姉妹の家族が集まると最年長は夫、次は私となる。私たちはどんな笑顔が残るだろうか?
日日是好日
孫は後いくつ寝たら日本に行くかこの1ヶ月を指折り数えて楽しんでいました。そしてようやく飛行機に乗り今日本に向かっています。もう嬉しくて嬉しくてたまらない様子が伝わる写真が送られてきました。
フランスで乗り換えがあることを知ると「フランスには行きたくない」と言う。娘が乗り換えの意味を教えるとホッとする。
去年に引き続き4回目の来日である。日本の家族との思い出も去年からはしっかりと孫の胸に刻まれている。「ジジの畑にもし猿がまたいたら追っ払う」「いくらを10よりいっぱい食べたい」「イルカショーまたいく」などなど孫にとって日本はもう一つの国である。私たち夫婦には子どもひとりそして孫ひとりしかいません。忘れていました義理の息子がいました。ですから束の間の5人家族を楽しみたいと思っています。リモートで孫とよく喧嘩をするババですが日本に来たらババが大人になって喧嘩をしないようにと思っています。
日日是好日
きっかけは映画「おかあさんの被爆ピアノ」だった。平和への祈りと「戦争は絶対してはいけない」を心に秘めて制作された映画をスクリーンで観る。心に響く被爆ピアノの音色。
30年以上も私にとってピアノは必要なものでなかった。私の仕事とは遠く離れた異次元の世界であった。それなのにどうしたのだろうか、映画の主人公菜々子のひたむきな心に引き寄せられた。純粋な気持ちの中に凛とした信念が感じられる。こうした心の演出は五藤利弘監督の人間性が溢れている。
この映画が絶対にあり得ないはずの不思議を起こした。
ピアノが弾きたくなった。お友達でもある楽器店さんに頼んで中古のピアノを探してもらった。運が良く丁度いいピアノがあった。65歳を過ぎての買い物としては高額であった。「私、ピアノが欲しいの」と夫に承諾を取ろうとしたら「いいんじゃあないか」とまさかの回答にびっくり。おまけに代金まで出してくれた。これこそ奇跡であった。ピアノレッスンは、先生から我が家へ出張してもらうことにする。私一人では申し訳ないので妹は歌を、70歳を過ぎたMさんを誘って月一回のレッスンが始まったのである。今では5人の仲間が月一回集まってレッスンを楽しんでいる。もう少しで3年の月日が過ぎていく。
おかあさんの被爆ピアノはその間何回も上映され3回目の上映に新な感動を感じる。佐野史郎さんの演技力は1回目で誰もが絶賛した。そして3回目にして菜々子さん役の武藤十夢さんの演技が変わって見えた。心の動きが感じられる。「武藤さん、上手くなったね」と私がつぶやくと妹は「映画は同じだよ。変わったのはあなたでしょ」と言われる。
1回目より2回目そして3回目と見る方に余裕ができる。ストリーはわかるがそれぞれの配役の心の動き、心の描写にたどり着くには時間と回数が私には必要である。そして監督の訴えたいことが自然と見えてくる。それは一人でも多くの人がこの映画を通して戦争について考えてください。と訴えているようだ。
観る人がどう感じるかは誰にもわからない。観ていない方に是非おすすめする私の映画の一つです。
日日是好日
被爆ピアノコンサートと
映画「おかあさんの被爆ピアノ」
長岡美術館講堂はこじんまりとした空間だった。ステージに置かれたピアノはその存在の意義を訴えているように千羽鶴と並ぶ。
今日のピアノは「和子さんのピアノ」と名前がつけられていた。妹の名前と同じだ。平和の和であることにあらためて気がつく。7月は私の両親の命日月である。両親は妹誕生に平和を祈り願って命名したのだろうと思う。両親の青春は戦争の中にあったのだから。
子供らの演奏は被爆ピアノ和子さんの音色を引き出し奏でた。見事に78年間の想いを願いを平和へと導いた。
素晴らし演奏だった。
映画「おかあさんの被爆ピアノ」上映前に映画監督五藤利弘さんのトークに胸が熱くなる。制作前の大事故。車は大破したが自分は助かった。助かった命を映画に注ぐと誓った監督の決断に。
映画のモデル矢川光則さんとこの映画に全身全霊の力で制作に取り組んだふたりの想いはまさに「和子さんのピアノ」を通して平和を願っているのではないだろうか。平和とは大きく言えば世界へ向けて戦争はしてはいけないと力強く訴えている。そして司会者大桃美代子さんの言葉に「この映画は観ている人が観ていない人に伝える責任があるのでは」と締めくくっておられたが、それこそ平和への種まきだあろうとしみじみ思う。
映画のテーマは作り手の想いを離れて観客の想いに変わる。制作から何度も繰り返し上映されるには意味がある。観客の心に映しだされ、生きていく意味を考えることがが私たちの責任でありそれをひとりでも多くの人に伝えていかなければと思った。被爆ピアノは永遠に生きて平和の歌を奏でるあろう。
もう一人の主人公菜々子ちゃんのピアノを聴きながら私もピアノを頑張りたいと思った。簡単楽譜でなく、きちんと「悲愴」を弾きたいと思った。それが私の平和へのメッセージになるような気がして。
日日是好日
アニメの「ピアノの森」に流れる最初の曲が大好きです。
でもクラッシクにうとい私は曲目がわからずにただ繰り返し聴いていた。
ある日長岡駅の広報にブーニンのコンサートが長岡市立劇場で11月に開催との記事を見つける。
確か若くしてショパンコンクールで優勝した人だったよな?と記憶の彼方から取り出してYouTubeで検索する。
すると私の大好きな曲を弾いている。すごすぎだ!今まで聴いていた曲なのかと思うほどのショックと感動で胸がいっぱいになる。
まるで大きな葉っぱの中で水玉が魔法にかかったように舞う。その曲は「アラベスク1番」だった。
そして「悲愴」を聴く。何?何?えっ、この盛り上がりをこんなふうに弾くの?私が弾いていた悲愴と同じ曲なの?ペダルなしだよ!なぜこんなに人の心に響き聴こえるの?
というわけで私はブーニンの大大ファンになったのです。
ピアノを習って2年半、まだまだ2年半だ。頑張ろうと思う今日この頃。
日日是好日
畑へ向かう途中、父を思い出す。
妹は大橋家を継いでくれた。そして仏を守ってくれています。
感謝です。
妹からラインが入り今日は父の命日と書いてありました。
そうだった。それで納得です。私が命日を忘れていたので父が「礼子思い出しておくれ」とささやいたのです。
畑の散歩途中、私は父に怒られたことがなかった。唯一あるとしたら、結婚したいと言った時だった。怒っているというより、深い悲しみが声にならず震えていた。今は大橋から多田になりその年月は43年になる。父は結婚式の日に「いつでも帰ってきていいぞ」と言った。
しばらくして私は実家に毎日通うことになった。そして父母を見送ることができた。せめてもの親孝行だった。
命日に「歌の翼に」を練習する。
父に届いたかな
「頑張れ礼子」って父が手をふっていた。
日日是好日
最近Netflixを入れた。
その理由は単純だ。家で映画を楽しむことができる。スクリーンでの映画は最高だが、時間の節約と好きな映画を選べるの2点に重点をおきNetflixを入れたのである。
2日続けて視聴した「tha deys 」は深い。あの日がよみがえる。日本の情報より当時ドイツに住んでいた娘の情報の方がリアリティで真に迫っていた。娘の友人は日本に留学していたが即ドイツに帰国した。
ドラマは私がその時に見ることのできなかった福島原発の内部の様子が再現されていた。これをみたら誰だって原発反対になるであろうと私はあの日の胸の震えとどうすることもできない無力の自分に気づく。
主人公演じる役所広司さんの静かな表情はその深刻さを物語っている。自分に何ができるかと極限の中でリーダーとは、判断力が問われる。まさにその人吉田所長その人だった。
観る側の立場や年齢、社会環境もあるだろうが、一度は観てもらいたいドラマだった。そして、考え続けなければと思った。
7月17日には長岡で被爆ピアノコンサートと「おかあさんの被爆ピアノ」映画が開催されます。原発の恐ろしさと同じくこの映画も静かに訴えている。戦争はしてはならないと。是非見てほしい。
そして未来は原発も戦争も無くなることを願う。
日日是好日