2025年12月31日水曜日

今年最後の出来事

 暮の最終日曜日に先生は逝ってしまったそうです

今日は先生のお葬式でした。私の66年前の先生です。私も先生と同じ道を少し歩きました。

先生は96歳で天に召され棺の中では、羽ばたいて天に昇っているようでした。

父の同級生 父は先生より22年も前に先に逝ってしまったけど、きっと迎えに出てこの世もいいもんだと切切と訴えているだろう。

紅白を聴きながらこっくりこっくりを繰り返し夢の中で今年を振り返っていた。

今年の今日を忘れないだろうか

日日是好日



2025年12月26日金曜日

松風

 炉の季節になると(11月から始まるらしい)

お茶のお稽古もなんとなく「お茶」のお稽古気分が高まる。何故だろうか?お茶の世界とは縁遠い我が家であるが、子供にとっては大きな囲炉裏(子供の頃はひなたと言っていた。天井から下ろされている鍵様(長い竹に鉄瓶や鍋を吊るすもの)一般的にはどう言うのかちょっと思いつきません。忘れるのです、思い出せないのですね。そのひなたでお湯を沸かしたり。大根や頭(ズキの根っこ)を煮ます。味噌と鯖缶を入れ味付けをします。子供の味にはほど遠く青臭く大根は大根の味なのです。大鍋で煮るわけですから家族6人がそれを毎日食べました。数日過ぎてようやく平らげたと思うとまた母は煮ます。

役目がずいぶん違います。がなんとなく懐かしくて暖かい温もりを風情を炉のお点前に感じます。炭がおきて湯が沸くと釜なりがします。この音を松風ということを知る。そうそう孝子さんはこの季節になると「閑座聴松風」の軸をかけていたことを思い出す。同じ年のお茶の先生の教えを当時は素直に聞けない生徒だった。

亡くなってはじめて彼女こそ茶人だったと思う3年が過ぎていく。

日日是好日


まずまずまず 今年も終わり近く

 一足早くお正月のお花を活けてみました。先生のご指導のもとです。

「先今年無事芽出度千秋楽」

まず今年めでたく千秋楽

残すところあと数日に「好日日記」に記されていたこの言葉を思い出しています。

自分の意識の持ち方次第でめでたくもあり、めでたくもない。現役引退で心の空洞はなかなか埋めることはできないが、それ以上に気がついたことがある。ひとり娘とその家族についての記憶がない。記憶喪失ではない。仕事と引き換えに家族の行動、何をしていたのかわからないのです。

70歳にして家族の素顔を知ったようなものです。これに似た事象の多いこと。はたして、まずはめでたく千秋楽を迎えていいのだろうか?


日日是好日



2025年12月21日日曜日

泣き虫

 涙の種類は沢山あります。嬉しい時、悔しい時、悲しい時。昨日のフギュアスケートの男子3人の涙にばばさんも思わず涙する。

今朝

どうしても思い出すたびに涙が出てしまう。と呟くと、夫は一言忘れる事だと言う。

90歳の直木賞作家の阿刀田高氏のエッセイがテレビで紹介された。無理をせずに思い出しながら日常を楽しむのだそうだ。90歳にならないとそうはなれないのだろうか。まだ71歳はクヨクヨもする。こんなはずではなかった。もっと他にやることがあるはず。

年をとるのは嫌だけど90歳になったら自然に生きられるらしい。90歳になったら楽しくなるか?

日日是好日

2025年12月19日金曜日

冬至に

今年の冬至は12月22日。一年で一番昼が短く夜が長い日

かぼちゃはなんきんとも言うらしく「ん」がつく食べ物をこの日に食べると「運」がつくらしい。

またこの日に柚子湯に入る習わしは邪気を祓うらしい。

好日日記にはやたらに二十四節気という言葉が出てくる。季節の移り変わりに野花の種類も変わりお点前も変わる。どうして覚えられないうちにお道具が変わるのか?やっと覚えた頃に変わるから、初心者にとっては難儀である。その難儀こそがお茶の世界かもしれない。繰り返されて次のその季節になると、おぼろげに思い出す。ピアノも同じである。譜読みができたからと言ってその曲が弾けるわけでもない。まして通しで弾くとなると緊張の塊である。指が震えて心臓の鼓動が聴こえて不安の大文字が頭の中で踊り。とにかくなんとか間違いを繰り返しても弾くことができたとしても、新しい曲に取り掛かると以前の記憶は宇宙の果てに飛んでしまって、しばらく楽譜とにらめっこをする。今度生まれる時は神童と呼ばれたいとある女優さんの言葉を思い出す。夫曰く神童に生まれていないのでできないのが当たり前とのこと!まったくその通りだが、

できてもできなくてもいいでしょう。残り少ない人生なのだから。柚子を見つけなくてはならない。

日日是好日



「冬至とは 簡

一年で最も昼の時間が短く、夜の時間が長くなる日です。2025年の冬至は12月22日です。この日を境に太陽の力が回復し、運気が上昇すると考えられています。

冬至の概要

冬至は二十四節気の一つで、太陽が最も低い位置を通るため、昼の時間が短くなります。この日は「一陽来復」とも呼ばれ、陰が極まり陽に転じる節目とされています。

冬至の過ごし方

日本では、冬至に特定の食べ物を食べたり、柚子湯に入ったりする風習があります。

1. かぼちゃを食べる

  • 栄養価の高いかぼちゃを食べて、寒い冬を乗り切るための栄養補給をします。
  • かぼちゃは夏野菜ですが、長期保存が可能で、冬に貴重な栄養源でした。
  • 「ん」のつく食べ物を食べると運気が上がるとされ、かぼちゃ(なんきん)もその一つです。

2. 柚子湯に入る

  • 柚子湯には体を温める効果があります。
  • 「冬至」と「湯治」の語呂合わせから、無病息災を願う意味もあります。
  • 香りの強い柚子には邪気を払う力があると信じられています。

2025年の冬至

2025年の冬至は*12月22日(月)*です。この日にかぼちゃを食べたり、柚子湯に入ったりして、健康を願うのが一般的です。「冬至とは 簡単に」のAI回答

冬至とは、一年で最も昼の時間が短く、夜の時間が長くなる日です。2025年の冬至は12月22日です。この日を境に太陽の力が回復し、運気が上昇すると考えられています。

冬至の概要

冬至は二十四節気の一つで、太陽が最も低い位置を通るため、昼の時間が短くなります。この日は「一陽来復」とも呼ばれ、陰が極まり陽に転じる節目とされています。

冬至の過ごし方

日本では、冬至に特定の食べ物を食べたり、柚子湯に入ったりする風習があります。

1. かぼちゃを食べる

  • 栄養価の高いかぼちゃを食べて、寒い冬を乗り切るための栄養補給をします。
  • かぼちゃは夏野菜ですが、長期保存が可能で、冬に貴重な栄養源でした。
  • 「ん」のつく食べ物を食べると運気が上がるとされ、かぼちゃ(なんきん)もその一つです。

2. 柚子湯に入る

  • 柚子湯には体を温める効果があります。
  • 「冬至」と「湯治」の語呂合わせから、無病息災を願う意味もあります。
  • 香りの強い柚子には邪気を払う力があると信じられています。

2025年の冬至

2025年の冬至は*12月22日(月)*です。この日にかぼちゃを食べたり、柚子湯に入ったりして、健康を願うのが一般的です。

2025年12月17日水曜日

好日日記

 日日是好日の続編 森下典子著「好日日記」

従姉妹がこの本を勧めてくれた。早速アマゾンで購入。本当に便利な時代になった。本屋にも行かず欲しい本が大抵翌日に届くのだから。

お茶のお稽古を始めて早5年目。それこそ若き時代に宗徧流那須先生の門を叩いたもののお茶のことはもちろん四季の移ろいや禅語になど全く関心を示さず、正座に耐えることで自分を鍛えてみようかと言う浅はかな気持ちだった。だからお茶の意味を全く理解できないうちにリタイアした。それから40年以上の時を経てもう一度お茶のお稽古をはじめたのです。年をとってからのお稽古はお点前の順序などはなかなか覚えられない。ましてお床の軸の読み方など覚えられるはずもない。毎年繰り返されるその季節にあったお道具や軸、お菓子にうら覚えの未熟者である。しかし覚えなくてもなんとなくでいい。私はそのなんとなくを楽しんでいるのです。

さて「好日日記」は教本ではなく、その直々に合わせ季節の変わりとお茶の魅力がわかりやすく挿絵とともに綴られている。人生相談日記のようにも感じられる。なるようになりますあなたの人生です。まだまだ急がなくてもと言っているようです。半分を読んだところで、今日はお稽古日です。冬至が近いのですっ飛ばして冬の候を読む。冬至について夫に尋ねると明石が基準だからこの辺は本当は10日ほど早いと教えてもらう。へーそうなんだ。知らなかった。

この一冊はどのページに飛んでもいいドラえもんのどこでもドア風の人生本のようだ。

日日是好日

2025年12月16日火曜日

諦めないこと

 ピアノをはじめて早4年目に入りました。レッスンした曲はさくらから悲愴、愛の讃歌、愛の夢などなど十数曲ありますが、レッスンの道のりと並行して人生の道のりもあります。ピアノに没頭できる日もあれば1ヶ月もピアノに触らないこともあります。それは娘家族のところに行くからです。イタリアは遠くて、ピアノはもちろんありません。家族と一緒の時間を優先すると個人的なことはおあずけになります。もう一つピアノを弾く気力が失われた理由は仕事を辞めたことです。無気力状態、絶望感。もうピアノも触りたくないと心は鬱。数ヶ月過ぎ私の心を救ってくれたのはピアノとお茶のお稽古でした。お茶につきましてたはまたの機会にしましょう。

さて、そんな中で課題曲ドビッシー「夢」を諦めず一年も練習してきた自分を褒めています。何度も楽譜を置きピアノの扉に鍵をかけてしまったりしました。が、ようやく譜読みと曲想がわかってきました。とはいえ、なかなか指が動いてくれません。ペダルを踏む右足のタイミングがぜんぜん合わなくて、流れが途切れたりまた反対に踏まずに次の小節へ翔ぶテクニックができないのです。練習を繰り返しているのにどうして私にはできないのだろうと落ち込むこともあります。それでも一生懸命頑張ればなんとかなると自分に言い聞かせて師走を駆け回っている老女です。そして寄り添ってくれた夫とN子に感謝しています。

日日是好日


2025年12月8日月曜日

久しぶりのお茶会

 宗徧流のお茶会「十二月茶会」に行く。私の先生が亡くなって3年が過ぎようとしている。茶席には先生の先生が正客として座っておられた。最近耳が少々衰えてきたので問答が聞き取れなかった。もし彼女が生きていたら問答の説明をしくれたであろう。無事と書かれている軸に彼女を重ねて、今生きている自分の大切さに感謝する。

もう一席の軸に仁者寿とあった。(じんじゃいのちながし)と読むとのこと。聖人は常にゆったりとしてあくせくしないから、長生きである。との意味。水の如く山の如くらしい。茶の仲間との話題は決まって、いつまでこのような時を過ごすことができるでしょうかとそれぞれが口にする。結論は健康であること歩けることである。

この日の茶会の重要な点は茶道具や所作よりも深い意味、それはゆったりとすれば長生きし、しいては茶の席に座ることもできるという事。

茶会後の楽しいランチと楽しい会話に長生きの秘訣あり。あせらずゆったりと残りの人生を歩みたいものである。

日日是好日



2025年12月4日木曜日

映画「ツレがうつになりまして」

 タイトルで選んだ今日の映画鑑賞

ツレがカタカナでしたからツレは名前からと勝手に選択して観ました。そうしたらツレは連れのことで夫のことでした。堺雅人さんも宮崎あおいさんも若い。でも2人とも演技派です。そして最近私の観る映画やドラマに登場する大杉漣さん。大杉漣さんが亡くなってもう10年過ぎているかなと思いながら、生きておられたら「おかあさんの被爆ピアノ」の主人公を演じていただろうにと思うと切なくなる。

鬱は心の病気で最近では珍しくない病だと思う。映画を通して鬱は一緒に過ごしてくれる人によって快方に向うような気がする。と思わせてくれる映画だった。本当にやりたいことを描く漫画家を愛らしく演じたあおいちゃんは素晴らしかった。私は宮崎あおいさんのファンでいつもあおいちゃんと呼んでいます。様々な人の力を借りて一冊の本を仕上げる。そしてツレは講師まで勤める。出来過ぎだけど、心が風邪をひいている人や心が風邪気味な人には優しくて心温まる。音楽もいい、耳慣れしたクラッシクが私の心を温めてくれた。月の光、愛の夢その他。

日日是好日


初雪

 朝2階の窓から外を見ると5センチくらい、積もっていた。雪国にとっては全くもってたいしたことはなくホッとする。そして庭の雪の花が落ちないうちにと写真を撮る。雪が降るのは嫌だけれど、綺麗な白い世界はまた格別です。

さて、いとこが遊びに来るので、大根、こんにゃく、里芋など先日収穫した野菜を中心におでんを煮込む。その間にピアノおさらい会の曲「夢」を練習する。ほぼ一年を要した私にとっては難曲だ。いまだに通して弾けない。イタリアに行けば一ケ月はピアノをさわらない。孫が日本に来れば「ババ弾かないで」と私の練習を遮る。と言い訳をします。ですがおさらい会は1月11日です。まだまだ弾けるとまではいかないけれど、肝試しにと、いとこから聴いてもらいましょうかと練習をしていると窓辺からお日様が射す。ピアノ練習はこれにて終了。

外に出てみると山や田んぼ、屋根に積もった雪がまるで真珠のように美しく見える。

美の雪国といったところでしょうか。

気分も上昇!

日日是好日

2025年12月1日月曜日

山本学さんの話

 「徹子の部屋」は出演される俳優さんの好みと私の時間が合う時に結構拝見する番組です。今日は山本学さんでした。予告で認知症であることを告知とある。これは興味深いので観ることに。この方が放浪記に出演していたことは知らなかった。

中断

こげ臭い。さつまいもをふかしがまを使わずにふかしていたのです。つまり少量の水で蒸そうと。タイマーをかけておいたのですが適当に8分にしておいたら、水分はなくなり焦げてしまいました。

元へ

山本学さんの作品を思い出せないのですが、なんだか頭が良さそうな顔が好きだったのかもしれません。頭の良さそうとハンサムさんに弱いのです。

話の中で幻視が現れ、軽度の認知症だと精神科医に診断されたそうで、そこで進行をくい止める方法の一つが運動とのこと。動くことで部屋が綺麗になったとのこと。なるほど。

中断

何をやっているんだ。すごい匂いだ。俺はこれをするために戻ってきたのではないと言いながら、鍋を磨く。まだ大婆ではない、中婆だと言われる。

元へ

山本学さんは死を想定していろいろやっているらしい。葬儀は出さないとか、なるほど。

まだ山本学さんの年までには17年あるのに、なんだか確実に私は認知に進んでいるかも?

日日是好日