2015年10月27日火曜日

私の記憶

新聞をあまり読まない私ですが
読売新聞の編集手帳だけは目を通すようにしています。
今日はとてもいいお話でした。
学生の時に出会った本について書かれていました。
井上靖の「北国 」の中に
比良のシャクナゲと題する詩集が編集者の方にとって
深い想い出のような記事でした。
比良のシャクナゲは行ったことも見たことまありませんが
この記事を読みながら
遠い昔を思い出しました。
40代後半だったのだろうか、年齢が思い出せない。
夫とふたりで白馬登山をした時です。
私にとって、本格的な登山デビューでした。
前日に白馬麓に宿泊し、雪渓を歩く計画でした。
当日の天気は、生憎の雨でした。
登山口には登る人とあきらめる人で大騒ぎ状態。
私は、なかなか連休が取れません。
豆撰の3日間の夏休みを利用した、一大決心だったのです。
登山口に同年齢の大阪大学の先生家族と出会いました。
「登りますか?諦めますか?」とお互いに決断できずに
いました。結局その先生家族も休みが取れない、この機会を逃したくなと言うことでした。
今思えば、とても無謀なふた家族でした。
雪渓は崩れた個所があり、迂回路を廻りました。
谷から流れる洪水は橋を見えなくしてしまいました。
雨のために、景色などまったく見えないのです。ようやく山小屋についたと思ったら
そこは避難小屋でもなく…私たちはその小屋の前 で持参した三角ちまきを立って
ずぶ濡れのまま食べました。それでも食したことで少し元気がでて
休まずにまた歩き続けました。頂上手前の山小屋にたどり着いた時の
安堵感は言葉にあらわせません。
体を休め、頂上に見える私たちの宿泊する山小屋をめざしまた歩きました。
たどり着きストーブで体を温め、荷物を乾かす。ビニール袋につめた
着替えまで濡れていました。
そして、一晩を過ごし、翌日は雨ではありませんでしたが視界は悪く
霧の中です。
頂上で絶賛することもなく尾根を歩きました。時々霧がひくと
チングルマなどの野草が広がっているのです。
その花の美しさは下界にはない何百倍も美しいのです。
それから、たぶん乗鞍を目指して下山したと思うのですが・・・・・・。
その山までが私にはきつい、きつい。背丈を超えそうな石を上っては下りなければならないのです。
その山はシャクナゲの山でした。
「お父さん、これみんなシャクナゲだよね。これが咲いたらどんなにきれいかしら?」
と叫ぶ私。
それまでは、一歩一歩が重くて前に進まなかったのです。仕事の辛さを思ったら
こんなことくらい我慢できる。頑張らなければ。いやもう二度と来ないぞ。と心と体の葛藤と限界を感じながらの下山だったのですが・・・・・・。
咲いていないシャクナゲの山は私に想像させる力がありました。
頭の中で描くシャクナゲの花は目の前に、私の後ろに映って見えるのでした。

今ならこんな無謀なことは決してしません。
でも、この時の記憶をたどってみると
この仕事につき栃尾の油揚げを作りながら、大変な毎日を過ごしたことが
昨日のようによみがえってきました。
きっと、神様がシャクナゲの花を私に見せてくれたのです。
頑張りなさい。人生はこんなものではないのです。ひとつひとつ
乗り越えるために、あなたは生きているのですと・・・・・・。

今もその続きの人生です。




2 件のコメント:

平井真夫 さんのコメント...

無理を承知で登るとは言い訳のできない暴挙でしょう♪♪♪でもその先に何が見えるかはわからないのがいいのかもしれませんね♪♪♪見えないものが見えるとは心の豊かさが成す業でしょう。礼子さんの心の風景をどんどん発信してください♪♪♪楽しみにしています。三太

れいちゃん さんのコメント...

若いがゆえにの暴挙でした。すごく反省しています。
でもあの時映ったシャクナゲの花の色や群れは忘れません。