2014年10月22日水曜日

すべてのはじまりは出会いから

この年になると・・・
いえいえこれは人生の中間点かもしれません。

私を生んでくれた母にありがとう。今は痴呆症だけど
母がいなかったら、もちろん父がいなかったら私はこの世に生れていないのですから
勉強は、まったく得意ではなかったけど
野望だけは大きく私なりの「志望校」がありました。
それで、私なりに勉強をしたつもりでいました。
しかし、見事に進路変更!そのおかげで
今は進路変更した栃尾高校時代のお友達が私の財産です。
志望校に入っていたら今の友達とは出会えませんでした。
高校卒業を目の前にして
奨学金のもらえる短大受験を試みました。
試験は「よくわからなかった」いえ、「英語はちんぴんかんぷん」でした。
奨学金試験はみごと失敗でした。
でも奨学金をもらうことはできないけど、入学はできたのです。
当時、入学金20万円でした。
父にどうするのかと問われ。即答「行きません」と答えました。あまりにも大金なので、私はこの大金を使ってがんばるほどの能力はないと判断したのです。
そして成人になり、保育園勤務しながら保母試験に挑戦。
ここは私の人生を「楽しく」してくれました。
子供たちと遊ぶといろいろなことを学ぶことができました。
子供たちから教えてもらった15年間は私の大きな大きな財産です。
その間に、いっぱいいっぱい失敗しました。失敗だらけです。
その失敗も出会いがあったからこそです。
それから、結婚。夫とはまるで性格が違います。
それでも、私にとっては夫との出会いは最高の出会いだったと思っています。
若いころは、毎日喧嘩を繰り返していましたが・・・・・。
娘を授かった時は天にも昇る気持ちでした。
子育ての苦労はその後にはじまりました。
それでも、娘よ、ありがとうお母さんにしてくれて。
35歳、一生の仕事と保育園勤務を続けていた私に
亡き父のたった一言「油揚げ屋を手伝ってくれ」
そこで、悩みもせず、豆撰で働くことを決心。
豆撰で働くと、今までの世界が嘘のようでした。
民間の大変さ、お金のこと、家庭のこと。大変な月日は続きました。
でも、ここでもたくさんの出会いをいただきました。豆撰で泣きながら仕事をしたからこそ
いろいろな人に出会えました。
振り返ると、苦労の中での失敗は、たくさんの出会いを与えてくれたようです。

さあ、今日こそは最後の(おてがみれしぴ)撮影日になりますように!!!!!
私の失敗人生は駆け足でした。

栃尾の秋は駆け足です。

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