「歯磨き粉買ってきたのか」と少なくなっているチューブを手に取って夫はいいます。
「ごめんね、わすれた」と妻は言う。と同時に心の中で「毎日コメリ通いしてるじゃん、自分で買ってきたらいいじゃん」と思うわけです。
日日是好日
家の周りの緑の絨毯(田植え後の風景)に映る木々や鱗雲を眺めなら、散歩を楽しむ日常です。今朝は5時起き、散歩で見つけたアザミやジキタリス(狐手袋)、ヤハズススキを摘んで、庭に咲く夏椿を水盤にさしてみましたが、なかなかうまくできません。そこで後ろにあしらった夏椿を左に傾けて、もう一本アザミを加えてみました。するとなんだか収まりが良くなったように思えて、ひとりでうなづいていました。
ちょっとしたことで景色が変わります。小さな出来事で、くよくよして心が折れそうになる私に、ちょっとした加減で気持ちは変わるものだ教えてもらったようです。そして栃尾には自然がいっぱいあることがとても嬉しくなりました。
日日是好日
父が農協の仕事をしていた時、視察でアメリカに行ったことがありました。
あれは何十年前だろうか?かれこれ40年くらいは過ぎていると思います。その時私の娘、つまり父にとっては初孫のKに買って来てくれたお土産が21年ぶりに押し入れから出て来ました。水害で我が家が全壊した瓦礫の中から拾った、私にとっても娘にとっても大切な想い出のインデアン人形でした。皮の洋服はカビだらけです。でも黒いおさげ髪が40年前と変わらず、瞳も愛らしい。
この押し入れに入ってインデアン人形は「早くお日様のところへ出してください」と願っていたことでしょう。
亡き父の奔放な人生を思い出し、一人娘の海外移住生活、など昔話をインディアン人形とちょっぴり涙しながら会話しました。
さあ、今日は汚れたお洋服をきれいにしましょうね。
日日是好日
約1ヶ月もの間、一度もピアノに触ることなかった。
イタリアから戻って2週間目にピアノの扉を開けてみた。黒と白の鍵盤は少し怖く感じた。それは思い出せないであろうか?いや思い出すだろう。とこのふたつの問答が頭の中で行ったり来たりしているのだ。結構練習して結構弾けていたはずの私の指は黒と白の鍵盤に睨まれ、楽譜は宙に浮いている感じだった。それでも勇気を出して楽譜を開いてみたら、いい感じ弾けるかもと思ったら3ページ目挫折する。ああやっぱり、ここが一番苦手な盛り上がりの箇所だ。
指は迷路にハマって動かなくなった。私は急ブレーキをかけて楽譜をしまう。案外簡単な課題曲にすぐ移行する。これなら楽譜が読めるし、フラットはひとつだけ。やや安心して、まあいいか思い出せなくても別に発表するわけでもない70過ぎのばあさんの習い事に過ぎない。と都合よく解釈する。
そしてその日以来「夢」はピアノから離れていった。
今日は課題曲を数回弾く。間違うけど恐怖心はないい。
ピアノの上に片づけた楽譜が気になってきた。もう一度弾いてみようかと思った。忘れた恐怖心が少しだけ取れて楽譜を見ようとしている。一回だけ四苦八苦しながら鍵盤を叩く。
一日一回でいいことにして弾いてみようかと思えるようになった。
人生は苦もあり楽もある。特に仕事人間だった私には暇は不安が恐怖心を煽ってしまう。
ピアノに向かって思う。もっと気楽に生きたらいいよと。
イタリア記の締めくくりを書きたかったのですが、帰国数日前から発熱、嘔吐、咳に苦しみました。がなんとか無事帰国しました。
イタリア最終編はまたいつか思い出として書きたいと思っています。
イタリア家族と過ごした、3週間は何処に行ったのでしょうか?
日本に戻り、庭を廻ると幸せ色で私たちを迎えてくれたキンセンカ、水仙たち。散歩道、栃尾の風が頬を撫でる。雑草の匂いが心に届く。山はカタクリの花でこぼれそう。粟ケ岳、残雪と若葉が清々しい。
イタリア家族と過ごした楽しい日々は夢の如くあの空に飛んでいく。
日本で栃尾で大きく息を吸って吐くといい気持ちになる。
日日是好日
ベネツィア最後の日に
ドゥカーレ宮殿はサンマルコ広場に面しており、前回も人が多過ぎたのと孫が小さかったので見逃していました。今回は朝早くに直行できたので入場可能になりとても幸運に恵まれました。この宮殿は7世紀から18世紀まで続いたベネツィア共和国の最高権力者ドージェが政庁兼居住の豪華絢爛の宮殿です。ピンクと白の大理石で装飾された壁画は穏やかな優しさが描かれている。心が癒され私は一番好きだった。豪華絢爛な「黄金の階段」はフレスコ画と金箔に彩られた迎賓用の階段です。その天井を見つめる観光客はその煌びやかさに立ち止まり感嘆のため息をつく。いくつも続く大広間、なかでも代表議会の間は今まで見たことのない大きさと絵画の世界でした。絵画の中に囚人らしき人々が漕いでいる絵に目が止まる。絵はまるで動画のように映ります。それはまさにベンハーでした。孫に奴隷の話をする。それから大きくなったら『ジャンバルジャン』の本を読むといいよと私の好きな一冊を伝える。
宮殿の尋問室と牢獄の鉄格子から見える「ため息橋」ため息橋の名前の由来は、投獄前の囚人がここを通るときに見るヴェネツィアの景色が最後になることにため息をついたということからだそうです。地下室の牢獄はいくつもの洞穴が続いています。牢獄には20センチくらいの小窓が空いています。きっとここからパンや水を囚人に与えたのでしょう。孫はこの薄気味悪い牢獄に恐怖心を持ちながらも興味深く見ていました。悪いことをすれば牢獄に入らなければならないけど、そうでない人もいたことを話すと「どうして」と質問をしてくる。うまく説明ができなかったけど「言いがかり」の意味を説明する。なんとなく理解したようだ。またこの牢獄の食べもが粗末だっただろうと想像し話す。神妙な表情で聞く孫、いつかまたこの地を訪れた時は戦争のない世の中になっていればいいと願わずにはいられません。
ベネツィア最終日
日日是好日