足がつって目が覚める。ベッドが横の一列に4台並んでいる。入り口から2番目のベッドに夫と孫がくっついて寝ている。
今年の帰省で一番驚いたことは孫の夫に要求するくっつきである。夫と一緒にお風呂に入る。夫と一緒に寝る。夫に馬乗りになったり肩車をしてもらい、かつてないスキンシップを求めてきた。
9歳の壁に突入した孫は私には扱いにくい存在となり、些細なことで言い合いを繰り返した。昨日もそうだった。夕方成田に向かう前に私の実家の家族に挨拶に行って帰ってきた孫のふくれた顔と娘の瞳に寂しさが隠れていた。孫はすぐにソファに寝転んだ。私は成田に行く前に台所の掃除やら洗濯をしていた。すると「静かにして掃除はいつでもできるでしょう!私は疲れているの、休ませて」と例の調子で叫ぶ。いつものようにカチンときて言い返したかったが最後の日である。そこは抑えて私はまだ新幹線に乗るまで2時間あると時計を見て確認する。そして、久しぶりの馴染みの喫茶店に行くことを決断する。店主のMさんは久しぶりの私の登場でご自分のことやら私の友達の近況を話してくれる。そして2ヶ月も滞在していた娘と孫の帰省の難儀さを労ってくれた。細かいことは話さなかったが、明日イタリアに帰るから今日は夫と成田まで見送りに行くことを話す。
孫の暴言に、その場から逃げ出した自分の情けない気持ちがコーヒーを苦くて渋い味に変えていた。メールが届いていた。「ほとぼりが覚めたら帰ってこい。孫が外で待っている」私がメールを見たのは発信されてから1時間も過ぎていた。
もう時間だから帰ろうと思ったところに今度は携帯が鳴る。夫からである。家を飛び出したことを後悔する。
家に戻ると孫は理屈を並べて私を批判する。「みんなにお姉ちゃんだからと言われ疲れていた。ちょっと休みたかった」などなど。「私がババを追い出したみたいでさ」と言い訳と自分なりの反省文を並べ立てる。こんなことは一例に過ぎない。喜怒哀楽の宝庫のような約2ヶ月の滞在だった。
新幹線でもババ攻撃は続き、「ママとジジの隣に座りたいの」と私を排除する。こっちはこっちでうるさくなくて本が読めると密かに微笑む。それでも気になるのか、お茶は?パンは?寂しくないか?と後ろに1人ポツンと座っている私に声をかけてくる。私は「いらない」と首を横に振る。孫の瞳は寂しそうに曇っていた。
東京に着き、ちょっと贅沢な鰻重をいただく。愛知産だった。臭みがなく身は薄いが外はパリッと中はジューシー。これは豆撰の油揚と同じではないかと思った。
ベッドでは屁理屈も言わないまだあどけない痩せっぽちの孫が布団にくるまっていた。
帰りの新幹線はガラガラだった。そして老夫婦ふたりは無言であった。
日日是好日