イタリアから婿殿が栃尾に来て早10日、今日から4日間イタリア族3人は東京旅行へ
この日を待ち望んでいました。というのもイタリア族は老人ふたりにとって、領域を侵し、私たちの生活パターンが見事に崩してしまっているからです。孫のために庭にミニトマトを植え、美味しそうに数珠つなぎに熟している。さぞかし収穫を喜ぶと思いきや、「ババとってきて」と収穫拒否。習字のお稽古は自主的にするが、道具はそのまま。浴衣の帯がきついと言っては泣き、ババの方が泣きたいよ!日本語が達者の分、理屈は中学生並み。と日々家族間の怒ったり、なだめたり、見え見えに褒めて見抜かれたりです。
さて、さぞかし今日は自分生活ができるとウキウキだったのですが、豆撰のシール貼りやら、シーツなど洗濯5回、掃除は飛ばして、洗濯機が回っている間にシール貼りをしながら「90歳何がめでたい」を観る。佐藤愛子さんの波瀾万丈な一生も90歳はめでたく、めでたい。と感じる。それにはそれなりの才能がある(小説家)。ただの老人は71歳にして心も頭の中も蜘蛛の巣でいっぱいなのです。
本心を言えば孫は置いて東京に行ってもらいたかった。だが孫は親がいいに決まっている。ババはおばばっ子だったからこの感情がないのである。
お昼ご飯は夫もいなかったので、あまりものを大皿にまとめて(おから、サラダ切り落とし肉を炒め)電子レンジでご飯を温めて、烏龍茶でいただく。ひとりは寂しい。
自由ではないか、あれほど練習したいノクターン20番を練習したらいいでしょうに!横目でピアノを見つめて、やめる決断。明日にしよう。なんだ孫と変わらないこの後回し性格。だって難しいんだよね。とひとりごと。
はよう帰ってこいよー。という気持ちになってきた??
日日是好日