2026年2月3日火曜日

今日の事

 朝5時起床 しばらく布団の中でスマホを見る。6時キッチンに行く。お湯を沸かし、お風呂の掃除と洗濯機をスタートさせる。具沢山の味噌汁を作る。仕上げに卵を落とすので生卵をお湯にしばらく入れる。こうすると卵が綺麗な形になりちらけません。豆撰の油揚げロール巻きとふりかけで朝ごはん準備OK。夫は除雪作業でまだ戻りません。ピアノに向い「夢」を一回弾く。まだまだまだまだつっかえる。つっかえた箇所を数回弾き、ダメだと独り言。ふたりで朝食開始。「どんと晴れ」と「ばけばけ」を見ながら。今日は久しぶりに涙涙でした。おトキさんの演技に引き寄せられる。

食後にリンゴとお煎茶をいただく。テレビを見ながら食器を洗う。今日は雪おろしの手伝いをすることになっているので、掃除はパス。夫は一足早く車庫の雪下ろしに行く。ちょっとだけ湊かなえの「暁闇」続きを読む。これは本当のことかもと思いながら読む。ならばこの選挙は野党に投じなければ?でも迷っている。

防寒具を纏い帽子と手袋をつけて、除雪に。屋根から下ろされた雪はかなり重い。7メートル先の農業用水路まで運ぶ。1時間半手伝ってもまだまだ終わりは遠く。休ませてください。と家に入る。腰は立たない。しばらく休み昼食の準備をする。今日は肉うどんにする。タンパク質に鰹節とテレビが言っていたので、たっぷりとかける。

夫は作業を終え、ふうふう言いながら家に入ってくる。ふたりでうどんを食べ、窓の外を見ながら、地獄地獄と嘆く。

少し昼寝をして体を労りましょう。

昼寝終了。夫除雪。私は読書とスマホいじり。アーケードがつぶれた!空き家の家がつぶれたとFBに載っている。ああ!雪下ろしできてよかった。

イタリアからの定期通信。節分の日は婿殿のお誕生日である。おめでとうを伝える。

昨日届いた小泉節子の「思ひ出の記」を読む。あらまあ節子さんと婿殿は誕生日が同じ!

あらまあ 外は暗くなり始めた。夕飯の準備をせねばならない。

1日は早いもんだ!

日日是好日


2026年1月29日木曜日

雪うさぎ

 リビングのカーテンは閉めたまま。叔母が「開けてください」と私に願う。

しばらくすると、可愛いうさぎがみえると言う。歓喜の声をあげ、「うさぎうさぎなに見てはねる」と歌う。うさぎは親子だと言う。木の陰に隠れてしまった。

ありがとうございました。と繰り返す。幻想の世界に入る叔母、キッチンに立ち叔母の大好きなかぼちゃを煮る私。

93歳の叔母は幻想の世界を楽しんでいる。雪の中のうさぎは可愛いから礼子さんも一緒に見てと言う。雪の山がひとつ、ふたつ、みっつ、大きな山は親うさぎらしい。可愛いねと相槌を打つ。

叔母と一緒だから、雪うさぎを見ることができた。

日日是好日

2026年1月25日日曜日

蛍たちの祈り

 町田そのこ作品

なにこの話の作り方。殺人者は2人の秘密の場所は蛍の灯り。私も一度だけ無数の宇宙に降り立ったような蛍の灯りを見たことがある。40年も前の話です。その想い出と小説の舞台が重なる。こんなに美しい舞台で殺人の告白とは、なんて残虐な話を作るのだろう。それからこのふたりの因縁がそれぞれの関わりの人たちの運命が推理小説のように展開する。母親のエゴ、教師のエゴ、男たちと女の情念。さまざまな人間の生きる道を描き続けていく。いや最初から最後のページを想定して描く小説家に脱帽する。あんなに自虐に映ったふたりが残した蛍の灯りには小さいけれど永遠を映す、幸せの灯り。幸せの灯りの中で生まれた正道のこれからをおれと言う友達で締めくくる。

物書きの方はどんな場所を観て、なにを経験して描くのか、事実なのかそれとも想像なのか。残酷物語で終わったら、いや終わりそうだったら途中でこの本を私は閉じたであろう。

読んでいく先に灯りが見えると思えたから一気に読んだ。

2026年1月23日 降り止まない大雪の日

日日是好日


2026年1月22日木曜日

これからの誕生日

 はじめて読む。「穂高明」知らなかった作家。2007年に第二回ポプラ社小説大賞優秀賞「月のうた」。と解説に書いてある。

20年前は今の総理のように「仕事仕事仕事」の毎日で新人作家がどんな小説を書いていたかなんて、全く知らない。この頃は仕事以外にしたいことなど見つける余裕がなかった。

慎ちゃん(私が保母時代のお世話をした人)からのおすすめ本でした。

早速、Amazonで購入。

生きていていいでしょうか?がテーマのようだ。重いのかなと思って読みはじめたら、どの章も自分と被る。私の心の中を見透かしているような。結婚、第二の人生、子どもとの距離、兄弟のあり方、それぞれをこの本の中で思い出してしまう。その過程を通り老後の人生をはじめているわけである。

今日も大雪情報で夫は焦っている。74年も雪の中で暮らしているのだから仕方ないでしょう。私は体にいいもので美味しいものを食べることを考えている。イチゴショートケーキを食べたい。雪がおさまったらケーキを買って友達のところに行こうか。

日日是好日


2026年1月20日火曜日

黄色のゆり

 アイリス3本と黄色百合の花1本を買ってきました。ネットでアイリスの活け方を見て真似ました。高さと葉のつき具合を整えたつもりですが、素人ですから思うようにまっすぐ立ちません。花が右に向いてしまいました。

一本の百合の花は青くて、ちょっと大きめのトックリ型の花瓶にまっすぐ活けようとしましたが口がわずかに広くて傾くのです。捨てたアイリスの葉を一枚百合の後ろにさして固定してみました。これでいいのかどうかわかりませんが百合はまっすぐ天井にのびました。

夢の中で20数年前の叔母が登場しました。癌を患っています。でも叔母はそれを知りませんでした。

百合の花は叔母でアイリスの葉っぱは私のような気がしました。

日日是好日

2026年1月18日日曜日

蒲公英草子 常野物語

 本棚の中央にまだ読んだことのない本が並んでいる。恩田陸の名前が私の手を触れさせた。蒲公英の漢字も常野の漢字も作者と共に惹きつける漢字である。この本は私が求めたものではないと思った。娘の本かそれとも慎ちゃんの本かと思った。娘に聞いてみたら私ではないと言われた。慎ちゃんの本かなと思いながらも蒲公英の感じに魅せられて私が求めた一冊だっただろうか。読みはじめから不思議な世界の本であったが、引き込まれていった。

最後のページで発行年を知る。21年前の作品である。物語の終盤と我が家に起きた水害(鉄砲水)が同じ年代である。あの描写が我が家の崩壊と重なる。どんどんと私の心臓は主人公その人になり涙が溢れて止まらない。読み終わったのは朝方の4時だった。夜中に目が覚め2時間夢中で読んだようだ。急に睡魔が襲ってきて、寝室に行く。夢を見ていた。息苦しい夢だった。

私も同じことを体験している。霊感のようなそれでいてバカなと自分を否定する自分。「おい」と私は夫に起こされハッとして我にかえる。

暖かいぬくぬくの布団にくるまって、私はいつものように目を覚ますことができた。そして今日という一日をはじめるのです。

あの日遠い日になりかけている。あの日を境に家族4人と愛猫1匹は狭い長屋で一年を過ごした。失ったものや失った歴史を家族は共有して肩を寄せ合って、コンビニの廃材器で食べた朝食は思い出深い白米ご飯だった。

日日是好日


2026年1月15日木曜日

今年初稽古

 お茶碗は金泊と銀泊の重ね茶碗を使う。

お正月の初釜に使うものだそうです。縁起の良いものだそうです。嶋台茶碗と言うそうです。

金泊の茶碗でいただく、なんだか高貴な身分になったような、秀吉の気持ちの一点を見るような摩訶不思議な一瞬になります。金に魅せられると言うことは人間の持つ欲のような気もしました。

茶事ではなくお稽古ですから、嶋台茶碗は脇役になり花びら餅は美味しいねとお菓子の話題になり、昔はもっと大きかったのにね。と最近の台所事情話題になりました。

とは言え非日常の空間は面白く楽しいひと時です。

日日是好日