2020年2月18日火曜日

ゲルニカ



原田マハさんは私の一番好きな作家さんです。

去年の暮
蔦屋に行き
原田マハさんコーナで
「暗幕のゲルニカ」を手に取り購入。

だが、本を読む時間を作ることなく数か月が過ぎました。

先日、仕事で東京に行くことになって
新幹線の中で
何を読もうかと本を探す。
読みかけの「暗幕のゲルニカ」が
散らかり放題の棚から1冊。
そしてカバンの中に詰めようとしたら
同じ「暗幕のゲルニカ」が入っていた。


それから数日後
松田祥子ガラス展で開催された大正琴のコンサートに行く。
その楽曲のなかで心に残った
「アルハンブラの想い出」
スペインの宮殿のことらしい。
その説明をご一緒した先輩が語ってくださった。
何十か国も旅をしている先輩の瞳は輝いていた。
さぞ素敵な宮殿であろうと想像する。
物悲しく哀愁が漂う曲・・・・・・。

スペインはピカソの故郷 「ゲルニカ」である。
本の中に描かれているゲルニカの街と
アルハンブラの想い出の曲が交差する。

コンサート終了後に一気に読み残しを完読。

元気なうちに是非行ってみたい国はスペインになった。


2020年2月16日日曜日

映画 教誨師をみて



聞きなれない言葉「教誨師」大杉蓮主演

長岡アジア映画祭主催である。
友達を誘って観に行く。

教誨師と死刑囚のかかわり
重く苦しい題材だ。
観たい反面、観たくない気持ちも心の奥にはあった。

叔父が末期がんと宣告され

ある病院に足を運んだ。
そこでは治療はしない。
患者の心に寄り添った看護をするだけだ。
対応してくれた主任さんは
とてもいいひとだったことを今でも覚えている。
ふと教誨師と病院の主任さんが重なった。


なぜ、生きるのか。
わからない。
わからないことが生きることなのだろうか。

六人の死刑囚と教誨師の対話に
どこにでもいそうな人間が大変な罪を
犯してしまうのはなぜなのか。

考え込んでしまいます。
教誨師の佐伯の過去にも
重い気持ちになってしまう。


叔父は最期に「ありがとう」と言った。




2020年2月13日木曜日

本場のタピオカで豆乳タピオカ作りました。



お友達から、本場のタピオカと太いストローを
いただきました。
なんとタピオカの原材料はイモの一種。
だから結構重い。
この重いタピオカをお土産に飛行機に乗せて
持ってきてくださったお友達に
感謝が2倍になりました。

タピオカと一緒に自筆のレシピが添えてあります。
本当に気配りの先輩です。

出来上がったタピオカは大粒のキャビアのようでした。

私のひらめきは、豆乳に蜂蜜を入れ
1分電子レンジで温める。
そしてタピオカを入れます。

お好み焼きランチの後、
デザートにいただきました。
もちろん太いストローでチュウ ーチュウ ー。
モチモチした触感と豆乳でなんだか「健康」になった気分。
それから、お土産の黒ニンニクも いただき、
元気もりもり。

コロナであろうがインフルエンザであろうが
豆乳タピオカと黒ニンニクパワーで吹き飛ばして
しまうことでしょう。




2020年2月12日水曜日

栃尾で育った八木典章さん



「私の歩んだ道 ミクロ世界への挑戦」と題した
八木典章氏による新春栃尾商工会講演会。

今回は、異次元世界のテーマと決めつけて
参加希望はしなかった 。


講演当日の朝、
ある方から油揚げの注文の電話が入りました。

「すごい人なのよ、礼子ちゃんも覚えているでしょ」
もし電話がなかったら、私の知らない人と思い、
講演会に行かなかったであろう。


その人は
隣の町の男の子のことでした。
「一緒に遊ぼう」と山の家の玄関にいました。
幼い頃私は、同世代の子供たちと遊ぶことを
好まない内向的な子供でした。
だから、その時、遊んだかどうかの記憶は
ありません。

油揚げのご注文をしてくれた方は
89歳のおばあさん。
私が保育園に通った60年前の、すみれ組の先生です。
永橋先生とおっしゃいます。


講演会のはじまりは
保育園時代の思い出からでした。
永橋先生から見せてもらったエジソンの紙芝居が
運命の道を開いたと話す。
「なぜと考えること、人の役に立つことをしよう」と
若干5歳の彼は思ったというのです。
同じ空間に存在していた私にとって
同年という気軽さと興味本位で
講演会に足を運んでしまったことがとても
恥ずかしくなりました。

高校、大学そして東芝マテリア株式会社にて
超電導の研究までの講演内容は難しすぎるからこそ
研究とその成果はすごいことだと
目を丸くして拝聴していました。

研究成果についてこちらで https://www.toshiba-tmat.co.jp/product/am_other.htm#sec1
https://www.toshiba-energy.com/info/info2019_0415.htm



栃尾が生んだエジソンに拍手を贈ることが
できたことは、私の人生の宝物のような気がしました。
60歳還暦のお祝いの時、その偉人は私の前にきて
「僕を覚えていますか」と言ってくれたことを
今想い出しています。

写真は今日の栃尾です。












2020年2月9日日曜日

日報抄と叔母

80歳を迎えた叔母の若かりし頃・・・・・・。

朝早くから夜遅くまで
タイプライターを打ち、法律書を片手に
頑張っている叔母に私は幼いころから憧れていました。
イタリア映画によく出てくるワンシーンを想うのです。
タイピストは女性にとって、働く女性の代名詞でしたから。
もう一つ叔母が素敵だと思うことがありました。
それは、おしゃれだったことです。
背が高く、やせ型です。
老人といわれる年になっても
ピンクや黄色の洋服をさりげなく着こなすセンスは
一流でした。

そんな叔母もキャリアウーマンから遠ざかり
お茶のお稽古やボランティア活動に
人生の役割を置き換えて楽しんでいました。
私自身、お茶のお稽古に通うようになったきっかけは
叔母の影響もあったと思います。
「お茶を点てるから、遊びに来て」と
認知症の母と私を誘ってくれたある日。

「私もね、認知症になるといけないから、
毎日かかさず、日報抄を書き写しているのよ」 と
10冊以上の大学ノートを私に見せてくれました。

その時から3年が過ぎ
叔母も少し認知症がはじまり、
一人暮らしは大変だからと
老人ホームに入所しました。

今でも叔母の息子は老人ホームに入所した
叔母のために新潟日報をとってくれています。

今日もきっと
日報抄を大学ノートに写していることでしょう。

2020年2月8日土曜日

表参道ネスパス新潟館に




表参道ネスパス新潟館にて2月6日から9日まで豆撰出店
豆撰店頭でしか買えない、豆乳おからコロッケ、
油揚げバーガー、とちおだんご、油揚げロール巻き
などを販売しています。
お近くの方は是非お立ち寄りください。



私は実に暢気なもので、お友達のなかよし姉妹の

応援をいただき総勢7人で

「テーブルウェア・フェスティバル2020」見学。

園田芙美子作「遠い海」ガラスの器は

お友達のお友達作品です。

器の底は深い海の色になっていて吸い込まれそうな

美しさです。

亡き叔母を連れて行った沖縄闘病旅行が

映画のシーンのように浮かんできました。


青い海を見つめて、潮風に吹かれる髪を抑えながら

『きれいだね』と遠い海を見つめていた叔母は

57歳でした。



さて本命、表参道ネスパス新潟館にいざ参上、


妹と息子と妹のお友達が一生懸命頑張ってくれています。

感謝感謝です。

そして、お友達のお友達からたくさん買っていただき

感謝感謝でした。



コロナウィルス騒動の最中です。

ちょっと不安もありましたが

それほどでもない東京日常に少しホットして

帰ってきました。
















2020年2月5日水曜日

ゴミをはく人

川沿いを歩き街中に入る。

空はどんよりとしていて

今にも雨が落ちそうだ。

後にも先にも歩いている人はわたしひとり。

遠くから、箒をもつ老人が見える。

その老人は流雪溝のふたをあけて

塵取りに入れたごみを流す。

老人はゴミ収集場所ち散らかったゴミを

善意で集めていたのであろう。

だが、それをなぜ流雪溝に流すのか

憤りを覚えるが、わたしは素通りしている。

きれいな川が自慢の栃尾なのに・・・・・・。