2015年11月29日日曜日

監督の後を歩く紀行1






以前から「栃尾の油揚げの出来るまで」を
動画にして、ホームページに載せたら
皆さんが喜んでくれるのではないだろうか
このちいさな田舎街で
一生懸命がんばって「あぶらげ」づくりをしている
ことをつたえられないだろうか
そして、ネットのご注文も増えるのではないかと・・・・・・。

栃尾を舞台に二本の映画を撮った
長岡出身の五藤利弘監督とは
FB友達でした。
まさか、映画監督さんが「豆撰」にお見えになるとは
努々思いませんでした。
そうそう、先日プライベート訪問で私たちを
驚かせた有名人ご夫妻のように
 「僕、五藤です」と会釈して、ほほ笑んだ顔は
今も鮮明に覚えています。あれから3年目を迎えます。
そんなご縁で今回だめもとで
「豆撰の想い」を動画にしていただけないかと
お仕事の依頼をしました。
第一回目は「栃尾の大豆畑」
と「村上の大豆畑」撮影です。

夜中に東京から車で走り疲れているだろうに
そのまま、夜がまだ明けない、雨模様の朝、
「今日は雨だから、無理でしょうか」
「いえ、せっかくですから行ってみましょう」と監督の言葉に
人面三内原に監督のおともをして向かいました。

豆畑の向こうは守門岳です。
私が育った家も守門岳が正面にそびえ立ちます。
豆撰の正面からも守門岳が見えます。
栃尾の豆畑から物語は9月末日に始まったのです。
                              つづく

(写真は五藤監督動画より) 





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2015年11月25日水曜日

まさかの出来事

妹のささやく声
「れい、今お店にAさんとHさんがきているよ」
「えっ?」
「お忍びだって、シーって言われた」
そういわれても、おばさんは見ないわけにはいかないので
そっーと厨房からのぞいてしまいました。
妹はすかさず
「店長がお話させていただけますかって言っているのですが・・・。」
「どうぞ」と言われ
興奮してお店に、
質問したいのに質問できず
反対に
「あぶらげはどうして有名なのですか」と
質問を受けました。
この質問にしどろもどろのサザエおばさん。
普段では考えられないくらい上がって上がりまくってしまいました。
プライベートとのことをお聞きしたので
高鳴る心臓を抑え抑え・・・・・・

超超超有名人の来客に
大騒ぎの夕方でした。
ちなみに、
「どうして、豆撰をお知りになったのですか?」とサザエおばさんが質問すると。
「ネットでさがしたら、一番有名だったので・・・・・・」
なんて嬉しい事をおっしゃるのでしょうか

プライベートですから
公表できませんが
私たち豆撰にとっては忘れられない記念日になりました。

2015年11月24日火曜日

三姉妹のお母さんになっていました。

先日も訪ねてくれた、ちかちゃん。私が出かけて留守だったので.
再度豆撰に来てくれました。 
お父さんが65歳で亡くなったこと、
兄弟妹が一生懸命看病したことを
話す、ちかちゃんでした。

私が知っているちかちゃんは明るくって、活発で
踊りと歌が大好きな保育園園児でした。
ご縁があって4歳、5歳の時保育園でお世話をさせていただきました。
私が保育園を辞めると知って。6年生になったばかりのちかちゃんは
「松組」さんのお友達を連れて我が家に遊びに来てくれました。
その後、高校生になると、なんと豆撰にアルバイトに来てくれました。
それからは20年も過ぎて・・・・
美人ママになって、三人のかわいい娘を連れてやってきたのです。
「あぶらげは美味しいね、美味しいね」と何回も娘たちに
訴えるのです。
娘たちは「美味しい、ママも食べて」と私に気を使っているのです。
嬉しいやら、ちかちゃんが大人になったんだと自分の年を振り返ってしまいました。
あどけなく、私のものまねばかりしていたころが
頭に浮かんできました。
私が風邪をひいて、切なそうな顔をしていると
「先生、休んでいていいよ、私たちだけで踊り練習ちゃんとやるから」と
踊りだけでなく、「金のがちょう」劇も、楽器も先頭をきって指導していました。
まるで、助監督のようだった。

こんな風に時々昔の子供たちが「先生」と呼んでくれる。
今では、豆撰のおばさんですが
保育園に勤めていてよかったと心から思えるのです。

私が70歳になっても80歳になっても
会いにきてほしい・・・・・・。

2015年11月22日日曜日

霧に包まれた朝





昨日はたっぷり睡眠の充電をしたから
娘と話したかったけど
彼女はお友達とお出かけでした。
ロサンゼルスに行っているとか・・・。
夜遅くにメールが二本入っていました。
ありがとうと感謝の気持ちで、ふっすらと
目の前がくもってしまいます。

車で出勤です。
自宅の裏山はもやがかかっていて、寒い朝です。
金沢橋から栄町にかけて
もやはだんだんとすごいことになり、豆撰あたりになると
10メートル先は真っ白で遠くは見えません。
車から降りると
今年一番の冷えを感じました。
お掃除をしているうちにお日様の光が
格子戸を通り抜けお店に射しこんできました。
「今日も、生きている。頑張ろう」と思えてくる・・・・・・。

2015年11月18日水曜日

起終点駅 ターミナル

毎日毎日続く雑用と
「おてがみれしぴ」つくりで
私の頭も心もいっぱいなところでした。どこかで息抜きをしないと
前に進めないような気がして
思い切って「起終点駅 ターミナル」を昨夜観てきました。
はじまりの雪景色は見慣れた風景です。
降りしきる雪は寂しさを強くしてしまいます。
9月に観た五藤利弘作品「雪の中のしろうさぎ」を思い浮かべました。
変わる場面場面に、憂いを感じる風景、懐かしいピアノの音色が、とても似ているのです。
そして、登場人物の少ないことにホッとする。
ほとんど、鷲田完治を演じる佐藤浩一さんの感情表現です。
寡黙な表情つくりが三国連太郎さんによく似てきたなと思いました。
ここでも親子の遺伝子の強さ、引きあうものを感じます。
ラストの想いはここにも映っていました。

映画のはじまりは女性である私には
少し不愉快でした。机の引き出しに潜んでいる息子の写真。
愛する子供と妻が存在しているのに
昔の恋人と暮らしたいなんて、なんてダメな男。
このダメ男をしょっぱなから許さない私。
ところが若い本田翼さんが演じる椎名敦子が登場すると
ダメ男はなんだかいい人になっていくのです。
ここでも、「やっぱり」と初老の私が見え隠れしてしまいました。
それでも、脚本の素晴らしさでしょうか、いい人になっていく鷲田完治を
もう、私の中では完全に許していました。
過去の女性を演じる小野真千子さんがなぜ鷲田の目の前で死を選んだのか
そこは、映画だけでは読み取れない・・・・・・。
完治の離婚を覚悟させる気持ちの強さはが一本の万年筆から伝わる。
その強さにこたえられない、女性をうまく表現している小野真千子さんは
素晴らしい、女優さんでした。
男と女の違いはどこにあるでしょうか
女は相手がどんな人であろうと、一度好きになった人なら
許してしまう心の広さがあります。特に私のことですが・・・・・・。
そこに行くと、男は意外といじくじいじくじと頭の中であれこれ考えて
判断しない。おまけに人を許せないのです。そんな人に限って
優しい人がいるようです。
そのひとりが鷲田完治なのかと思う。
夫婦、親子、恋人
それぞれが駅に立つ時は終わりであり、始まりなのでしょうか
とても心が落ち着く素敵な映画でした。



2015年11月16日月曜日

きれいな朝。



おはようさん、あなたたちも
お引越しね。
ここは朝陽があたってとてもいい場所ですよ。

冬が来る前に、雪が降る前に
あなたたちも手当をしてもらい、よかったですね。
なんて、きれいな朝でしょうか。
お母さんは嬉しいわ。

おはよう、みなさん!
頑張ってお勉強してきてね。


私の朝がはじまりました。

 

2015年11月12日木曜日

しわにも幸せが刻まれる


義母は90歳です。
小学校時代から、父親について守門岳中腹まで
炭焼きに行ったそうです。
ぼいをしょい焼きあがった炭をしょっての日々だったと
話します。その途中で父親はイワナをとってくれるのだそうです。
イワナの炭火焼きは最高のおやつだったと
遠い、遠い80年も前を振り返る笑顔はしわの数に重なります。
それから18歳頃になると、埼玉の軍事工場に働きに行ったそうです。サイレンが鳴ると防空壕に入る日々、戦闘機の音は思い出したくないのでしょうか、あまり話そうとしません。
終戦を迎え、はじめて会った人と結婚。そして私の夫を授かり
ました。農家でしたので田んぼや畑仕事はおてのものです。
義母の手も足も私の2倍くらいあります。
冬になると、機の修正の仕事に行っいました。
とにかく働き者で料理上手でした。煮物や漬物の味は義母の味ですから
海外から年に一度帰ってくる娘は「ばあちゃんの作ったものが一番美味しい」と言います。その一言で、義母はまたどんどんと作るのです。
今日は朝活で夫と畑に行き、帰ってくるなり収穫した菊をせっせと
むしっています。
義母の顔を見ていると
この人は家族のために生きてきた人だと心から感じるのです。

 

2015年11月10日火曜日

地元で公開された映画「花蓮」を観る

何回観るのだろうか
5回目だったかもしれないと
指を数える。
観るたびに感想が変わっていく。
特に今回は、上映前に陽子役の女優さんと話すことができた。
その女優さんの名前は浦井なおさん。
背が高くて、髪は肩に届きそうな長さである。
髪の長さが何となく陽子を思い出させる。
それは女心のようなものです。
ショートだったら気持ちがはっきりとしている。
ロングだったら、私はあなたが一番好きよ。と言っている。
セミロングはとても複雑な気持ちの表れなのかもしれない。
あなたが好きです。でもあなたを好きになってしまった私を私は嫌いなのです。
……と陽子の気持ちになりきるおばさんは私。
なぜだろうか
花蓮に感情が入らないのだろうか
湖畔をバックに映る画像は美しく、花蓮も美しい女性である。
そして、花蓮の方から去っていく切ない気持ちに哀しさを感じ
涙してもいいはずなのに。そうはならない。
回数を重ねるたびに、陽子に力が入る。
陽子は本当の気持ちを素直に表現しているのだが
この浦井なおさんはもっと深い陽子の気持ちを演じていたのではないだろうか
と思えてならなかった。それは陽子、これでいいの、これが私の選択でいいのと
迷っている女心かもしれない。

蓮根の風景はとても広く果てしなく続く大豆畑のように。

雨模様の風景ではあったが
この蓮が緑になり、やがてきれいな薄いピンク色の花を咲かせることを
想像したら、心まできれいになりそうに思えてくる。
きっと、いつか観てみたいと思った。

栃尾の映画を2本と茨城の映画は五藤利弘監督作品です。
このご縁が何かでつながったらいいなあと思いました。

豆撰の栃尾の油揚げとレンコンであぶらげハンバーグを作ってみました。
ハンバーグの中身は美味しい茨城のレンコンがいっぱい詰まっています。






2015年11月9日月曜日

東京と茨城へ小旅行

11月7日は私の61歳のお誕生日でした。

自分の人生を振り返ってみると
不思議なことに苦しかった、辛かったこと
もう生きていることさえいやだとおもったことなどが
たくさん私のアルバムに刻まれているはずなのに

まるで忘れたかのように
楽しい想い出だけがよみがえりました。
それには大きな訳がありました。
お誕生日に吉祥寺のベルギービールのお店で
私はお友達とご一緒して
楽しい時間を共有できたからです。
想い出話は尽きませんでした。保育園時代のこと
無我夢中で毎日を子供たちと過ごした日々は
私の人生のなかで一番の想い出仕事でした。
利益を生まなければ会社が傾く今の仕事とまったく逆なのですから
何をして子供たちと遊んだらいいのだろうか
遊びの中から子供らに何を感じてもらおうかと
とにかく、遊びのことばかり考えていた青春時代でした。
そして、ご縁があって仲良くしてもらっている若いお友達の中で
おのぼりさんの私を心配してくれる人たちに囲まれ
幸せのお誕生日を迎えることができました。
11月8日は
海外から日本に戻られたお友達との再会でした。
もう一人、栃尾出身のお友達
それから私たち夫婦を茨城から長岡まで車で送って下さった
新しい一番若いお友達との楽しいお食事会。
茨城の湖魔女さんたちとのふれあいはもう笑いの渦でした。
小旅行はお友達再会そしてお友達作りの楽しい人生の1ページを作ることができました。

 吉祥寺のベルギービールさんでいただいた豆撰の油揚げは
塩味でとてもおいしかったです。



2015年11月6日金曜日

四角な船を読み終えて

この小さな文庫本は
たくさんの書物の中にひっそりとはさまれていた。
表紙はもちろん、めくるページは焼けて茶褐色に変色していました。
送られてきてから3か月くらいになっていました。
いっぱい送られてきた箱の中から
私が最初に手にした本は
この井上靖著「四角な船」でした。
昭和45年から46年に連載されていたようです。
本をめくるたびに
送ってくれたSさんの心に触れるような気がしてなりませんでした。
読み進めていくと
自分とノアの方舟を本気で作ろうと考えている甍と重ねたり、新聞記者丸子と
Sさんを重ねたり、時代背景が私の青春時代だったことも
この本を読み進めるには丁度良かったようです。
時々本の中に出てくる、必要な人間、優しい人間とはいかなる人間なのかと
自問する。
また人間の幸せとは、何もかも進化した道具にい漏れている世の中に
果たして本当にあるのだろうかと
考えさせられる場面も多い。
45年はまだまだ今に比べたら、それほどではない。車も電話もそう簡単に
手に入らない時代なのだから・・・・・・。
読み進めるうちに
この作者は洪水が起きることを予測していたのかもしれない。
その、大きなものは東北の津波、それからもっと考えねばならない
福島原発。きっと何かを予言していて、甍は狂人でもあり、狂人でもない
二面性を描いたのであろうか
最後の最後まで結末が読み取れなかった。
まさかの甍の死であった。
夢で船を造ろうとしたのではない。人間を守るため、地球を守るために
船が作りたかった心のうちがとても美しく描かれていたように思う。

そして、狂人であろうがなかろうが人間はいつか死と直面しなければならない。
人間が生きていくのに大切なことは何かを問う小説のような気がした。

この本を送ってくれた主はどんな想いでこの本を読んだのだろうか
私の言えることは、ただ一つ
生きましょう、なにがあっても・・・・・・。







2015年11月5日木曜日

厚い封書が机の上にありました。






厚い封書が机の上にありました。

封書の裏を見ると、おとといお越しになられた元栃尾高校のK先生でした。
とても不思議に思いました。K先生ご夫妻は長年豆撰に通ってきてくださる豆撰ファンの方です。
でも、いつもごあいさつ程度です。
この日も
「先生、お久しぶりですね。」と声をおかけし
奥様と目を合わせました。
最近は先生はお越しにならず、奥様だけでお買いものをしていただいていたからです。
背の高い先生の背中が少し前かがみになったように感じました。
帰り際に「この本いただいていいですか」とおてがみれしぴを手に
私に聞いてきました。
「はい、先生ぜひ読んでください。」と私。

この何気ない会話はこの厚い封書を見るまで
忘れていたことです。
いただく当てのない封書です。悪い事が脳裏にすぐ浮かんでしまいます。
発送を間違えたのかしら?美味しくなかったのかしら?
ドキドキしながらハサミで丁寧に封書の端を切りました。
長い長い手書きのおてがみと書が入っていたのです。

「おてがみれしぴⅡ」を読んでのご感想と
私、そして豆撰スタッフへの励ましの言葉でした。
最後に「おてがみれしぴⅢ」を待っています、と結んでありました。

封書の中にはあふれんばかりの愛情と励ましの言葉でした。

k先生ありがとうございました。






2015年11月1日日曜日

魚沼が生んだ素敵な方のブログが嬉しくて

みなさんご存じの大桃美代子さんのブログを見つけました。
栃尾を舞台にした五藤利弘映画監督作品2本に出演されています。
栃尾で映画の舞台挨拶があった時に
初めて、生の大桃美代子さんを拝見しました。
超綺麗で若い!
笑顔の優しい方でした。
まさか、まさか豆撰の油揚げをブログに載せてくださるとは
努々思いませんでした。
びっくりとありがとうと感謝と
あらあらどう表現したらいいでしょうか?
いつか、豆撰であつあつの揚げたてを食べていただきたいと思っています。

ここにそのブログをシェアさせていただきました。