2021年4月13日火曜日

信じられない




一生懸命に生きた友が逝ってしまった。

正しいことを訴え続けたのに正義が勝つとは

限らない。

それでも友には多くの友がいた。特に身内以上の

友が悲しみの中で弔っていた。

素晴らしい友だ。

ご高齢の父親を残して逝ってしまった。

父親は娘の倒れた日に鯛菓子を作ったと聞いた。

鯛の木型に娘のいのちを助けて欲しいと

願ったのだろう。

お菓子を買いに行くと

礼子さんありがとうございます。と必ず

何かひとつおまけを入れてくれた。

今度、4人で泉慶さんに行こうねと約束していた

のに果たせなかった。

亡くなったのは事実で白い衣装を身にまとってい

ても、あなたが死んでしまったなんて信じられな

い。




2021年4月11日日曜日

少年時代へタイムスリップ













3組の老夫婦一泊旅行に

福島方面に行くこととお花見をすること以外は

頭の中に入っていない旅である。

Kご夫妻が長年仕事で通った町と村の散策

をする。喜多方の枝垂れ桜はまだ若いが

並木は果てしなく続き壮観だ。

お宿はこじんまりとしているが小洒落た作り。

全く密にならない秘境の宿に安心。(湯野上温泉)

お部屋にかけ流し温泉風呂がついているのも嬉し

い。翌日は早めに宿を出て大内宿へ。

茅葺の家が両脇に並ぶ。小川が流れていて

あさつきを洗っている人に出会う。

福島なまりに飾らない、ひと昔前の人情を感じ

る。

それから昭和村へと向かう。

随分人里を離れ、くねくねの山道を走る。

新緑にはまだ早いが自然林を抜けて行く。

そこに昭和村があった。現代風の建物は一切な

い。忍者村のようにひっそりとして

いる。たった一件だけ民家とは違うレストハウス

がある。

大芦家のそばとあんこもちとコヒーの3点

セットには脱サラし、秘境の地で営むご夫婦の夢

と心のこもった愛の味がいっぱいだった。

お腹もいっぱいになり最後の目的地に向かう。

k夫妻の生徒さん、ももちゃんに会うために。

ももちゃんは床屋さんだった。

そしてももちゃんは80歳を過ぎていた。

一枚の写真を見つける。

映画「おかあさんの被爆ピアノ」の監督から

いただいたDVD「少年時代」の楽譜のパネル。

ググッと込み上げてくる。私は少年時代に

飛んでいった。

いよいよクライマックス、廃校になった喰丸小学

校である。校庭には大きな銀杏の木がある。

木造校舎に入ると昭和のにおいがする。

廊下の板、階段の踊り場、だるまストーブ、

机、どれもこれも懐かしく、そこには60年前の

私が立っている。

戦争は知らないけれど、目を閉じればふたりの少

年の顔が浮かぶ。

もう一度少年時代を観ようと思った。

お友達の想い出の地を訪ねる旅は粋なものだ。









2021年4月9日金曜日

お墓はステキな楽園

 


義父の納骨も近づいてきたので

お墓の様子を見に行ってきました。

するとカタクリの花がお墓を囲んで

います。眠っている人たちはいっせいに

眠りから醒めてカタクリの花と楽しそうにおしゃ

べりしたり、手を取り合って踊ってたり、お化粧

をしています。

ここはお墓の楽園でした。






2021年4月5日月曜日

内緒だよ ババだけにお話しするの




いつものiPad交信

居間からキッチンへの入り口の戸を閉めて

孫が言いました。

「わたしはレオナルドがすきなの」

ママとパパに聞かれたくない大人並みの行動に

びっくり、笑いを堪えて

そして今日はお絵描きをしながら

「私はレオナルドが好きなの。内緒だよ!ババに

だけ教えたんだから」と言う。

「どこが好きなの」とワイドショー風に聞く。

「だって、遊んでくれるから」

子どもの世界は仲良しが一番らしい。





蓼科の庭と山暮らし



私と 丁度ひとまわり違う山の暮らしを楽しむ

原田きみ子さんから届いた一冊の写真集。

ご縁があって、きみ子さんのキルト展を

豆撰山の家で2年ほど前に開催させていただいた

のがきっかけです。

それからまるで10年来のお友達のよ

うに親しくさせていただいている。

旦那様が栃尾の出身であることも深い縁を

感じる。

一年がかりで撮影されたお庭の花と木

まさに「森は生きている」

そしてそこには

長年連れ添ったご夫婦の愛がいっぱい詰まってい

る。この写真集は愛の玉手箱だろう。

こちらのご夫婦そしてそのお仲間の素晴らしとこ

ろは、誰にでも笑顔でおもてなしをしてくださ

る優しさである。

白髪の貴婦人きみ子さんは森の妖精です。

私の憧れの人です。





2021年4月3日土曜日

やれやれ 探し物に1時間!

 



今日の私

朝はいつもより遅く5:30に目覚めた。

お掃除手抜きが始まって、早5ヶ月。

理由はピアノ朝練にある。

そこで土曜日はお掃除をすることに今日の朝決め

る。そして朝活はふきのとう採り。

かくして「今日は好きな缶詰を選んでください」

と朝食の手抜き!

豆撰に行く前に私の思い出桜を撮影しよう

とデジカメを持って木村邸の前に、シャッターが

下りない。電池切れ!仕方なく携帯で撮る。

さて仕事場に!今日はお友達の写真集完成パーテ

ィー。その前に関原なじらあてにて店頭販売の

お手伝い。それからお友達宅に。

久しぶりにお会いするお友達は絞りのお洋服に

メロー色のアクセサリーとイヤリング。

貴婦人のようだ。お友達の輪は凄い。お料理の、

縫製の、音楽のプロ揃い。

それに、豆撰では最年長の私はこの集まりの中で

一番の若いのですが

皆さまは私を遥かに超えて生き生き人生の

真っ最中!

おしゃべりは尽きることがないが、腰を上げて

ご機嫌よう、またお会いしましょう。


車の運転が苦手な私に、なんたることか

交差点で3人のポリスが立って誘導しているでは

ありませんか。

私はまっすぐ進みたいのに、左折指示。

通ったことのない道をぐるぐる。そして渋滞。

ナビに救いを求めるとなんたる事。見附周りルー

トを指示。ナビは無視。長岡駅方面の看板を頼り

に進む。45分の道のりが1時間半もかかってし

まう。やれやれ、そうそう充電器を探さないと

カメラの袋に入っていたはずなのに

ない、ない。探すこと1時間。カメラの袋に入っ

ているはずなのに???

落ち着いて、よく思い出して。

やっぱり袋に入れていたはず。もしかして車の中

か?

ありました車の中!認知症にまっしぐら!

重要追加

今日は携帯をピアノの上に寝かせて

出かけていました。





2021年4月1日木曜日

配達と称して寄り道



 木曜日は大忙しです。

ババちゃんの気まぐれお弁当配達と

通常配達とてんてこ舞いなのです。

と言いながら働く女性の大先輩のお宅に

配達と称して、お邪魔しました。

玄関先で枝垂れ桜のお出迎えに

満点の笑みがこぼれ、

美味しいミモザケーキとコーヒー。

チクチク手作りコースターの角に房がついていて

おしゃれ!

お番茶に懐かしい「あじろ」のお菓子。

ステキな堆朱の茶托に藍色の器は上品で

おもてなしをしてくださった方の品性があふれて

いました。

おしゃべりはつきません、お互いに外国住まいの

娘と孫談義!(悪口を含む)

コロナ禍で海外に行けない、来れない

切なさも共通の話題。

あっと言う間に時間は過ぎ、

なかなか腰が上がらない。

帰り際には手作りかすりの小さな小物入れをいた

だく。

今日も感謝感謝の一日でした。





2021年3月31日水曜日

春の味と春探し








 おーい行くか?

朝ご飯前に蕗畑について行くと

あたり一面に蕗の顔顔顔。

とても嬉しくなって、この嬉しさをお友達に伝

えたくて

蕗のとうとりにお誘いする。

とり始めるとキリがない。

家に戻ってお友達からとってきた蕗をきれいに

してもらう。そして夫は天ぷら作り。私は酢の物

のと大きなおにぎりを作る。

春の味を満喫する。

それから、蕗味噌作りの下拵えをする。

あぶらげに挟んで食べたら最高のおつまみになる

だろう。

さて、行動。通称「あおっ様」中山神社と鳩峯

散策。

カタクリやイチゲ、雪割草がまるで絨毯のように

広がっていた。

いい汗をかき、穏やかな一日に感謝感謝!

2021年3月30日火曜日

土筆がいっぱい



 上着を脱いで散歩ができた。

春らしく温かい、散歩コースにはイチゲやカタク

リの花が咲いていた。

歩かなかったら気づくことはなかった。

帰り道小川で並んでいた土筆を見つけた。

この小川に自転車で突っ込み大怪我をした娘は

小学2年生だったことを思い出す。

その娘も40歳になった。

遠い昔のことが昨日のように思える年月。

コロナもいつか遠い昔のことになって

くれたらいい。




2021年3月28日日曜日

大正琴コンサートと五藤監督さん





 ガラスのメルヘン美術館にて

大正琴 春のコンサートに映画「おかあさんの被

爆ピアノ」の五藤利弘監督をお連れしました。

縁をいただき家元とは親しくさせていただいてお

ります。そして五藤監督とも親しくさせていただ

いております。

おふたりともそれぞれの道で活躍されて

私にとって素敵な素晴らしいお友達です。

コンサート途中で家元から日本映画復興奨励賞の

お祝い花束が監督の手に、

私の友達から友達に渡されたこのサプライズ

繋がる輪はとても嬉しいことです。

コンサートのお客様は豆撰のご贔屓さんも

多く、映画も見てくださった方も多くて

感謝感謝の楽しい一日でした。



切り干し大根と春







 庭をまわると

梅の花が咲いていた。クロッカスも

椿も春ですよと笑顔で叫んでいた。

その仲間に輪切りされた大根が並んでいた。

夫の仕事だ。春の我が家の行事である。

秋に収穫され冬を過ごし春に干され

我が家の一年分の食材になる。

これからは蕗のとう、ゼンマイ採りも始まる。

春の味が楽しめる季節にウキウキしてくる。


2021年3月26日金曜日

不覚にも


今日は3月26日金曜日

商談が入っている。朝からそのことで頭がいっぱ

いだった。

「今日のお昼は帰れないからどこかでお昼食べて

ね」と家を出る。

配達を含め商談と営業を無事に終え

配達途中で、お弁当を買う。

やっぱり自分の作ったお弁当の方が美味しい。

米が違いすぎる。

仕事を終え早めに帰宅すると定期便のリモート子

守時間、画面の孫からの第一声は

「ジジ!おたんじょうびおめでとう」

あっ すっかり忘れていた!今日は

大切な夫の誕生日だった。


2021年3月24日水曜日

南の華 堀文子 画文集




 人生の八合目を凛然と生きる

徹子の部屋にかけられているという一枚の絵から

堀文子氏を知る。

教えてくれた人は私の人生において、一番新しい

お友達である。7歳年上の人である。

摩訶不思議な人です。

その理由がこの画集と文に秘められていた。

序盤にこう書かれている。

「イタリアの未知の暮らしに旅たったのは70代

の始めだった・・・・・・ 」

イタリアは娘が住んでいる国であることから

この画家への興味関心は大きくふらんでいく。

絵は優しさの中に深い情熱が色に表現されてい

る。アマゾンからメキシコ、終盤はネパールの旅

生死はどっちが先かわからないほどの大変な旅。

読み終えると堀文子さんは私の友達と重なる。

「ヒマラヤへ」の頁は特に感じる。

高さの番付で名付けられた有名な憧れの山は心か

ら消えていき、エベレストなどどうでもよくなっ

た。この一文にその地に行き

その地の自然を見渡すと人間が小さなことで悩ん

でいることは大したことではありませんと

教えているようだ。友が何故山に登り

世界を旅してきたのかわかるような気がして

きた。

とても足元にも及ばない私であるが

堀文子さんと友は間違いなく泣き虫の私に

木を見よ、山を見よ、自然を見よと教えてくれた。

2021年3月23日火曜日

今日の賄いランチはサラメシカレー

 


今日は豆撰のネット用セット商品撮影を

夫に依頼。

A型人間はあぶらげを並べて、大きさと厚さを確

認する。

和田フォトスタジオさんとこはモニターがあるか

らいいよな。とぶつぶつ言いながら自室と多田家

スタジオの往復。2時間の撮影終了。

私は夫の機嫌取りで豪華で簡単な美味しいランチ

を準備する。

夫が食べ始めると同時に私は携帯で自分の賄いラ

ンチを撮影する。

このサラメシランチは今でも好評で

お客様のリピーターは多い。

撮影からランチ終了までの会話は実に簡単であ

る。

あれはどこ?

あれってなんだ。

午後からあそこに行ってくる。

あそこってどこ?

夫婦ふたりの会話はあれこれそれとなあに?の

繰り返しだ。そして最後のセリフはきまってい

る。

まあ、いいか!







2021年3月22日月曜日

栃尾にも我が家にも春がやってきました。

 



 

庭の囲いが外されると

待っていましたとばかりに

黄色のトサミズキが喜びました。

家の中では

蕾が膨らんでオレンジ色の顔が恥ずかしそうに

私を見つめている君子蘭。

2階から玄関に下ろされたランも大勢のお友達と

競っています。

暑さ寒さも彼岸まで

今週は暖かくなるかしら?

栃尾の雪割りそうは咲いたかな?


2021年3月21日日曜日

おかあさんの被爆ピアノ



 テレビの音もしない。台所の音もしない。

夫の音もしない。

時計は11時を指している。

静かな私だけの空間にピアノのふたを開く。

ピアノをはじめて4ヶ月。ピアノが届いてひと

月。義父の旅たちの日だった。

簡単楽譜とはいえ私には難しい「悲愴」の曲

今日は特等席にひとりでいるような気分

で弾けた。

あの映画「おかあさんの被爆ピアノ」が作られて

いなかったら、一生この空間でこの時を感じるこ

とはなかったであろう。

ピアノはいつもより素晴らし音色を聴かせてくれ

たように思う。

日本映画復興奨励賞の受賞

届いた知らせに涙があふれた。

レミングスの夏試写会後におきた事故の報告

奇跡的に無傷だった五藤監督の執念。生かされて

思い続けてきた映画「おかあさんの被爆ピアノ」

へのご褒美であろう。

いつかまた私が弾きたくなる映画を作ってほしい

と願う。


2021年3月19日金曜日

配達途中で見つけた春

 



五泉のエスマートさんとキムラファームさんに毎

週金曜日配達に行きます。

今日は配達帰りにお友達と待ち合わせて

田上の小柳さんでランチ!駐車場で見つけた小さ

な春、

栃尾はまだまだ寒いのに可愛らしく小さな手を振

るミズバショウにショウジョウバカマ。お疲れ様

と声をかけてくれた。

ありがとうと笑顔で応える私。

もう少し頑張れそうな気がしてきた。

核防護最悪評価が確定



 柏崎原発、東電社長謝罪。

最悪評価が確定しているのに謝罪して

今後徹底的に究明し、改革を果たしていきたいと

言う。

先日観た映画フクシマ50もとても後味の悪い映

画だった。

福島原発封じ込みに成功したような違和感のある

映画に疑問ばかりが残った。

柏崎原発にもしものことがあったら

中越地区に住む私達にも影響はある。

絶対ということはない。もしかしたらの方が多い

世の中である。

電気は必要だ。地球の温暖化も大変だ。

若者やこれから生まれてくる人間、動物、自然

の未来はどうなるのだろうか?

世界の優秀な人たちはいっぱいいるのに

手を取り合えないようだ。

未来のロボットさんは手を取り合うことのできる

知能が備わっているだろうか?



2021年3月18日木曜日

小さな蔵の大きな愛

 


新潟日報おとなプラス一面に

この見出し「小さな蔵の大きな愛」

栃倉酒造さんだった。

社長夫人の奥様とはお友達を介して親交を深めて

います。飾らず穏やかな笑みの素敵なおばあさま

です。お嫁に来た時は何人もの職人さんの賄いを

一手に引き受け、引き受けさせられたと聞いてい

ます。だからお漬物の名人です。私と妹は何度

もご相伴に預かっております。

「配達でうちの前を通る時はよってね」と優しい

言葉をかけていただいています。

小さな蔵の大きな愛は

奥様の縁の下の力があってこそと新聞を拝読しま

した。

2021年3月16日火曜日

やっと、我が家に辿りつきました。



 お雛様の旅

100年前のお雛様にも、いろいろな旅があり

今どこかのお家で飾られている雛人形もあれば

代々その家で飾られている雛人形もあります。

私の元に届く運命だった小さな雛壇。

そして一目で惹きつけられたこのスタンド。

製作者から山の家に飾られて

ガラス戸に映りたくさんの人たちを癒してくれま

した。

ようやく私の家に飾られました。

このステンドグラススタンドは私の元に届く運命

だったような気がします。製作者のハイセンスな

配色、デザインそして丁寧な仕事に心が癒された

のです。

何か困った時、悩んだ時、悲しい時に励ましてく

れるでしょう!

嬉しい時はともに喜んでくれるでしょう!

雛人形とスタンドの旅はこれからです。



2021年3月15日月曜日

イタリアと日本の一日


 凧揚げを楽しむ家族の動画が送られてきた。

風の強い日で外はピューピュウ。

娘が思いついたのだろう。

日本に来れなくなった寂しさの中で

日本の遊びを伝承しようと思っているのだろうか

お料理も時々鍋やら煮魚をしている。

ワクチン接種できればイタリアから日本

日本からイタリアに行けるだろう?


昨日は57歳で死んでしまった叔母の仏様参りをし

してきた。生きていたら76歳だ。

自宅で養生していた叔母を無理やり起こし

まだ蕾だった桜を見に連れ出したこと。

私が行くまで夕飯を食べずに待っていたこと

痛い痛いと叫ぶ叔母の足をみんなでさすったこと

まるで昨日のように思い出した。

生きていたら

一緒にイタリアにも行ったであろう。

叔母が死んだ歳から私は10年も長く生きたよと

報告した。




2021年3月11日木曜日

いつか平和な日々が来ますように!

 津波に原発問題とまるでアニメや映画の世界のようだった。日本のメディアよりドイツに住んでいた娘からの情報の方が早く伝わってきていた。メルトダウンしていること、放射能による危険地域まで日本が報道しないことが数時間単位でメールで届けられてきた。

焦りと恐怖でパニクっていた。私でさえ知り得ていた情報である。政治家もメディアも知っていて黙っていたことの憤りを今も感じる。

そして何より家族を失った方々、未だ見つからない方々の悲しみは深いであろう。言葉は探せない。

ただただご冥福をお祈りいたします。

地震、台風、土砂崩れ、自宅倒壊に続き津波、原子力の恐怖を体験してこれ以上の惨事はないであろうと思ったはずがこのコロナは世界中に恐怖を与え続けている。現在進行中である。

いつか平和な日々が来ますようにと祈る今日。







2021年3月10日水曜日

道のり

 





村上のお雛様に会いに来ました。

数年前にこの地を訪れた時は活気があった。

雛飾りを公開しているお店も半分だ。コロナの影

響である。

あるお茶屋さんにお友達が案内してくれた。

梁の見える古民家風の部屋にカウンターがあり

テーブルが2台ある。

お煎茶をいただく。玉泉堂さんの急須に堆朱の蓋

置、透明ガラスの器。贅沢なお煎茶と和菓子に

心がホッとするひととき。

こんなおもてなしができたらいいなあと思った。

お道具もお雛様もみなそれぞれの歩いてきた道が

あるだろう。

私の歩いてきた道に父母がいて、仕事を一緒にし

てきた仲間がいる。夫がいる。

そして雛人形に孫の笑顔が重なって見えた。



2021年3月9日火曜日

本場 ミモザの花



 昨日娘のところにミモザの花束が届いたと

孫と娘は大喜びでした。

もちろん送り主は娘の夫です。イタリアの習慣

ですが、こんな粋なはからいは日本人には少なく

我が夫には絶対あり得ないことです。

それでも夫の年代にしては、女性軽視はなく

お掃除、お料理などは半分半分。

家事を含めた全ての仕事に対して男女平等です。

働く女性にとっては大切なことです。

ですから、この歳まで仕事優先で生きてこれたと

夫に感謝しております。






2021年3月8日月曜日

その人の笑顔

 私たち姉妹には、おおらかで優しくて力持ちの

友人がいる。時々配達途中でランチをご馳走にな

ったりコーヒーをいただいたりする。彼女の家は

私たちの休憩所となっている。

私と妹は7歳違いだ。そして私と

彼女との歳の差も妹と同じくらいの歳の差がある

のだが、その差を感じさせない不思議パワーを持

っている。

若い頃から世界中を旅し、旅先で仕事までしてき

たパワーはどこから来ているのだろうと

彼女と会うたびに思う。

ボランティア活動もする。チクチクもする。

お料理も上手だ。

不思議な人だ。


小学生頃の彼女に出会った。

まんまるい顔に素晴らしい笑顔が溢れていた。

なにも変わらない

なるほど、この笑顔が今も続いているのだった。




2021年3月7日日曜日

ババのピアノ弾くから



 イタリアの孫は私がピアノを弾きはじめると

「ババやめて」と大きな声で叫んでいた。

私がiPadを見なくなるから、お話してと毎回言っ

ていた。

それが昨日は「ババのところに行ったらババのピ

アノ弾くよ」と言う。

来年はひなまつりを上手に弾けるようにと

練習する私。


イタリアは今保育園や学校も行けなくなった。

また閉じこもり生活をしなければならない。

「今更だけど、はじめのうちに日本にいってい

ればよかった」と娘は怒りの声で訴える。

いつまで続くのだろうか?

孫の成長は想像以上に早い。からだも大きくなっ

て、先日は餃子を16個も食べたと言う。

日本語もイタリア語も流暢に話すようになった。

会いたいけど会えないねの合言葉は悲しい。

それでもまだまだ幸せは大きい。

津波で7人の家族を失ってしまった方の記事を読

んだ。

せつなくなって言葉もない。

生きている事だけで幸せなのだら・・・・・・。