2020年10月29日木曜日

コロナと家族 

 自粛生活も緩くなり

平和な日常が見えはじめたかのように

思えていた。

だが潜伏していただけのこと。

日増しにコロナ感染は増え

ロックダウンもありうるとイタリア家族からの

連絡。一喜一憂か?

たった一人の子供に、たった一人の孫にも

会えない。

これが日常になるのだろうか。

コロナは神様が戒めに送った使者なのか?

見通しが立たない。

経済を優先させる政府の動きにも疑問符。

衣食住が確保された生活を何十年も送ってきた

者にとって、何がなんだかさっぱりわからない。

「ババとジジと散歩がしたいの」とiPadの向こう

から話す孫に涙がこぼれてしまう。








2020年10月27日火曜日

どうしての連呼




ものもらいができて

片目のジャックになってしまった。

孫とオンライン

ババどうしてそうなったの

指にバイキンがついていたの

どうしてついたの

手をよくあらわなかったから

どうして洗わなかったの

どうして子供はどうしてばかり言うのだろうか

ハロウィンはどうしてお化けになるの

キキになるのにどうして飛べないの

人間だからね

どうして人間は飛べないの

どうしてばかりで困ってしまうババ

ババとジジと一緒に公園で遊びたいの

どうして会えないのとコロナに言いたいババ



2020年10月26日月曜日

どう生きたいか?何がしたいか?

 



なかなか奥が深い一冊。

結婚して40年以上の時が過ぎているのに

「仕事より家庭で生きる」は今さらどうなるの。

パートナーは40年以上前に選んでいるのだから

取り替えられないし共通の趣味もない。

それどころか、お互いを分かり合おうという

謙虚な気持ちもなく・・・・・。

ところがこの本の最終章に近づくと、

今まで夫は私のために買い物をはじめ、家事のお手伝い

庭の手入れ、新聞かたづけなど 、掃除洗濯と

それはそれはこまめに手伝ってくれた。今もほとんど進行形だ。

定年後「稼いでいない 」夫に対する私の当然の権利だと

心の中で呪文のように唱えていたわけだが

権利<感謝に気づく。

ちょっと気づくのに遅かっただろうかと思いつつ

今後、私はどう生きるべきなのかではなくどう生きたいかを

考えましょうと教えてくれた一冊だった。

夫のいない(1泊旅行のため)今朝は

友達の持ってきてくれたフルーツパンにコヒーを入れて

簡単に済ませた、パートナーの必要性を感じた次第です。

 


 



2020年10月22日木曜日

認知度は何パーセント

 温泉に友達と行く。

心地良い気分至福の時。

「メガネ忘れた」と私。友だち3人が口をそろえ

「してなかったよ」

お部屋に戻るがメガネはなかった。

脱衣所にやっぱりあった。

朝食はバイキング、マスクと手袋着用なのに

席を立つ度に忘れて戻る。

お土産を買いに行く途中トイレによる。

バック持たずにトイレから出てくる。

トイレは1人で行ってはいけない。

仲間たちと楽しい一泊。

部屋をでるとき忘れ物は?

全員、大丈夫の顔。

フロントに行くと友「車の鍵お部屋に忘れた」

65歳の同級生は高齢者だった。



2020年10月20日火曜日

豆撰山の家にてなかよし会




今日は久しぶりに

友達をよんでおしゃべりランチを楽しみました。

油揚げと栗のおこわ、ざるとうふの白和え、

のっぺ汁。

そしてお友達の持ってきてくれたハモシンジョウです。

お料理とは

誰かのために手をかけることだと思います。

それは自分が楽しくなるからです。

ババさんの手料理でも

おいしと言われるとその気になってしまいます。

そして一番のご馳走は

仲間たちとのおしゃべりです。

今回は音楽と日本画のお話。みなさんの

趣味にびっくりするやら尊敬するやら

こんな話も

季節はずれのゆりの花が夏のように咲いていたの?

それは球根を冷蔵庫で管理して花の咲く日を

考えて植えているの。

みんながそうなのですね。と納得。

こんな風におしゃべりは楽しい!

ステキな仲間に感謝した1日でした。






2020年10月18日日曜日

日曜日は野鳥も遅い出勤

 


庭の木の実を毎日食べにやってきた

野鳥たちが今日はなかなか来ない。

夫が畑から帰ってきて

おや今日は来ないなと言う。

朝食の時間になると

やってきました。

今日は日曜だから寝坊していたんでしょ!

箸を持つ手をやめて

夫はちょこちょこ動く野鳥にカメラを向けていました。

私も日曜日欲しいなあ。




2020年10月17日土曜日

リモートの寂しさ

 働き方が変わっていく

確かに自宅でもパソコンがあれば

製造現場に携わっていない者にとっては

コロナ危険にもさらされることなく

仕事はサクサクこなせるかもしれない。

これからの課題であり挑戦すべきことだと思っている。

私自身仕事にはまだ使っていないが

イタリア家族との交信はリモートである。

毎日数分程度だが画面を通してタイムラグもなく

おしゃべりを楽しんでいる。

幼児期の成長には日々驚かされている。

「このひとはわたしのおとうさんです」なんて

気取った日本語で私たちに話します。

逆に英語とイタリア語の単語を私たちが発音しても

「ちがうよ」と訂正されてしまいます。

こんな会話状態ですから、距離感はないはずですが

心の中はさみしいのです。

家族と仕事は全く違うのです。でももしかしたら

仕事にもさみしさはあるはずです。

みんな仲間だから ・・・・・・。



 


 

2020年10月16日金曜日

プロは違う

 


 御歳暮の季節が近づき

2020年バージョンの写真撮りや写真探しに四苦八苦。

何かヒントはないものかとネット検索する。

検索して目を引くのはやはり「写真」。

アイホンのカメラは高機能だ。

写していると何となく上手になったような気分になる。

だが素人は素人である。

一石二鳥、片手間、ついでの写真とでは比べようがない。

比べようがないと、実に都合よく素人には素人の味があるはず

などと自分の思ったことを勝手に軌道修正する。

2年前に撮影をしてもらったNさんのファイルを久しぶりに

開いてみた。

やっぱり違う、写真から私が伝えたい想いが伝わってくる。


 




 

2020年10月13日火曜日

生きるぼくら

 


感謝祭後に一気に読んだ原田マハさんの「生きるぼくら」

舞台は東京での「いじめ」からはじまる。いじめにあう主人公の

名前は「人生」。じんせいと読みます。

そして舞台は蓼科に変わります。

人生は一枚の年賀状を頼りに蓼科に向かう

序盤の暗くて陰湿な空気から何かが違ってきます。

ページをめくるたびに涙があふれて文字が揺れ動きます。

でもそれは感動の涙です。

人生のばあちゃんはだんだん認知症になっていきます。

ここでは実母と重なり切なくなります。

そして、米作りを通して、それも自然農法で作る米作りは

ひきこもりの人生を立ち直らせる。父の母の愛をかみしめる。

良き仲間と出逢え、助け合うことがどんなに大切かを訴える。

最初から最後まで涙腺が緩むあったかい小説に感謝感激でした。

 

きっと、一枚の絵「緑響く」から「生きるぼくら」が誕生したのでは

ないだろうか。

この一枚を見に信濃美術館に行きたいと思いました。

本を読み、絵を見て、自然を愛でる日常に生きていてよかったと思いながら

今日はブログを書きました。

 

 


 



 

2020年10月12日月曜日

日常が戻ってきて・・・・・・。

創業祭&感謝祭無事終了しました。

皆様からお越しいただき、ありがとうございました。

 

今朝はいつもの朝を迎えました。

まだ夜が明けないので

先日買ってきた原田マハさんの「生きるぼくら」開きました。

序盤から気が焦るのです。

先が知りたい、どうなるの?

朝食準備を早くして、再び本に夢中になっていると

ピーピー楽しそうにアカゲラの夫婦二組がジシャの木に

停まって実を楽しそうに食している。

夫が畑から帰ってくる。老夫婦ふたりの朝食が始まる。

カボチャの煮つけに昨日の残りで簡単に済ませた。

そして再び本にかじりつく

忘れていた日常が戻ってきたような朝だった。

しかし、この後は大変

夫に「洗濯ものお願いします」とバタバタと仕事に来ました。 


 

 


2020年10月9日金曜日

山の家 灯りの集い



 昨日は山の家でワインを飲みながら「灯りの集い」をしました。床の間にステンドグラスの放つオレンジ色の灯りが四方に映って、なんとも言えない美しさを感じるのです。そして音楽が流れると目で楽しんでいた灯りが心に届くのです。

街の灯も昔のような夜景ではありませんが、ほのぼのとした柔らかな灯りは心をあたためてくれます。

昨日の余韻にひたりながら、後片付けをしていると値札のついた土鍋を見つけました。鍋の底を見るとIH対応の鍋でした。山の家はガスレンジです。父も母もそれがわからずに買ってしまったのでしょう。こんな些細なことの発見なのに、なんだかかわいそうに思えて涙が滲んでしまいました。父が亡くなって何年か、平成19年から指を折って数えました。

栃尾の町灯りをご一緒にいかがでしょうか?





2020年10月8日木曜日

子供たちの精神的な幸福度?

子供の幸せ度ってどんな基準でユニセフは決めたのだろうか。

 

娘が送ってきたメールに驚きはあまりなかった。

我が家には何十年も子供の存在がないけれど、

我が家の周りはほとんど核家族である。

学校に毎日通っているのに学習塾にも通っている。

家族構成と学習体制が私の子育て時代と全く異なっている。

それでも都会と栃尾では天地の差ほど子育て環境は違うようだ。

栃尾は自然がいっぱいある。山も川もある。

オモチャは自然の中にいっぱいある。

今ならどんぐり拾いや栗拾いで、いっぱいと少ないを学ぶ。

おばあさんやお母さんは栗ご飯を作る。家族が一緒にご飯を食べる。

自然は社会性も育ててくれる。

塾に通って、勉強ができて、

どれだけ優秀な日本のためになる大人に成長しているのだろうか。

この統計に疑問がないわけではないが、外れてもいないように感じる

https://news.yahoo.co.jp/articles/3ff8fd5343e0155469958390215561246d92887f

2020年10月5日月曜日

宇宙のように広い世界


 

茶事のお手伝いをする。

 

私のお茶の先生とは同じ高校の同窓生。

 

クラスは違っても顔なじみ。

 

時々和服姿で豆撰にお買い物に来てくれる。

 

品性のあふれるひとです。

 

そんなご縁で40年以上前にかじったお茶のお稽古に

 

通うことになったのです。

 

 

そして先日、茶事のお手伝いをもう一人の人生の大先輩と

 

ご一緒にする。

順番が大きな和紙に筆で書いてある。

 

挿絵も描かれてあり、素人のお手伝いさんにはとても

 

わかりやすく、できないながらも事を進めることができた。

 

失敗も数々・・・・・・。

 

汁椀に南瓜と冬瓜が用意されてある。椀に角切れされたその

 

2種を入れてしまった。1個ずつ入れ2回汁を出すことを再確認。

 

もうひとつは大失敗だった。お濃茶が始まったときに

 

お二階の茶室の釜の湯が沸いたかどうかを見に行って、

 

お湯はシュッシュウと沸いていた。

 

蓋を取ってみようかと迷ったが、結局取らずに来てしまって

 

「お湯は沸いていました」と報告。

 

これが大失敗、お湯は蒸発して半分になっていたのです。

 

なんとかお招きした先生たちと私たちお手伝い組の分のお薄を

 

点てることができたようでした。

 

こうして

 

失敗を繰り返し勉強させてもらうお茶の世界は

 

宇宙のように広く、66歳のかじり虫の勉強は

 

まだまだでした。