2020年2月18日火曜日

ゲルニカ



原田マハさんは私の一番好きな作家さんです。

去年の暮
蔦屋に行き
原田マハさんコーナで
「暗幕のゲルニカ」を手に取り購入。

だが、本を読む時間を作ることなく数か月が過ぎました。

先日、仕事で東京に行くことになって
新幹線の中で
何を読もうかと本を探す。
読みかけの「暗幕のゲルニカ」が
散らかり放題の棚から1冊。
そしてカバンの中に詰めようとしたら
同じ「暗幕のゲルニカ」が入っていた。


それから数日後
松田祥子ガラス展で開催された大正琴のコンサートに行く。
その楽曲のなかで心に残った
「アルハンブラの想い出」
スペインの宮殿のことらしい。
その説明をご一緒した先輩が語ってくださった。
何十か国も旅をしている先輩の瞳は輝いていた。
さぞ素敵な宮殿であろうと想像する。
物悲しく哀愁が漂う曲・・・・・・。

スペインはピカソの故郷 「ゲルニカ」である。
本の中に描かれているゲルニカの街と
アルハンブラの想い出の曲が交差する。

コンサート終了後に一気に読み残しを完読。

元気なうちに是非行ってみたい国はスペインになった。


2020年2月16日日曜日

映画 教誨師をみて



聞きなれない言葉「教誨師」大杉蓮主演

長岡アジア映画祭主催である。
友達を誘って観に行く。

教誨師と死刑囚のかかわり
重く苦しい題材だ。
観たい反面、観たくない気持ちも心の奥にはあった。

叔父が末期がんと宣告され

ある病院に足を運んだ。
そこでは治療はしない。
患者の心に寄り添った看護をするだけだ。
対応してくれた主任さんは
とてもいいひとだったことを今でも覚えている。
ふと教誨師と病院の主任さんが重なった。


なぜ、生きるのか。
わからない。
わからないことが生きることなのだろうか。

六人の死刑囚と教誨師の対話に
どこにでもいそうな人間が大変な罪を
犯してしまうのはなぜなのか。

考え込んでしまいます。
教誨師の佐伯の過去にも
重い気持ちになってしまう。


叔父は最期に「ありがとう」と言った。




2020年2月13日木曜日

本場のタピオカで豆乳タピオカ作りました。



お友達から、本場のタピオカと太いストローを
いただきました。
なんとタピオカの原材料はイモの一種。
だから結構重い。
この重いタピオカをお土産に飛行機に乗せて
持ってきてくださったお友達に
感謝が2倍になりました。

タピオカと一緒に自筆のレシピが添えてあります。
本当に気配りの先輩です。

出来上がったタピオカは大粒のキャビアのようでした。

私のひらめきは、豆乳に蜂蜜を入れ
1分電子レンジで温める。
そしてタピオカを入れます。

お好み焼きランチの後、
デザートにいただきました。
もちろん太いストローでチュウ ーチュウ ー。
モチモチした触感と豆乳でなんだか「健康」になった気分。
それから、お土産の黒ニンニクも いただき、
元気もりもり。

コロナであろうがインフルエンザであろうが
豆乳タピオカと黒ニンニクパワーで吹き飛ばして
しまうことでしょう。




2020年2月12日水曜日

栃尾で育った八木典章さん



「私の歩んだ道 ミクロ世界への挑戦」と題した
八木典章氏による新春栃尾商工会講演会。

今回は、異次元世界のテーマと決めつけて
参加希望はしなかった 。


講演当日の朝、
ある方から油揚げの注文の電話が入りました。

「すごい人なのよ、礼子ちゃんも覚えているでしょ」
もし電話がなかったら、私の知らない人と思い、
講演会に行かなかったであろう。


その人は
隣の町の男の子のことでした。
「一緒に遊ぼう」と山の家の玄関にいました。
幼い頃私は、同世代の子供たちと遊ぶことを
好まない内向的な子供でした。
だから、その時、遊んだかどうかの記憶は
ありません。

油揚げのご注文をしてくれた方は
89歳のおばあさん。
私が保育園に通った60年前の、すみれ組の先生です。
永橋先生とおっしゃいます。


講演会のはじまりは
保育園時代の思い出からでした。
永橋先生から見せてもらったエジソンの紙芝居が
運命の道を開いたと話す。
「なぜと考えること、人の役に立つことをしよう」と
若干5歳の彼は思ったというのです。
同じ空間に存在していた私にとって
同年という気軽さと興味本位で
講演会に足を運んでしまったことがとても
恥ずかしくなりました。

高校、大学そして東芝マテリア株式会社にて
超電導の研究までの講演内容は難しすぎるからこそ
研究とその成果はすごいことだと
目を丸くして拝聴していました。

研究成果についてこちらで https://www.toshiba-tmat.co.jp/product/am_other.htm#sec1
https://www.toshiba-energy.com/info/info2019_0415.htm



栃尾が生んだエジソンに拍手を贈ることが
できたことは、私の人生の宝物のような気がしました。
60歳還暦のお祝いの時、その偉人は私の前にきて
「僕を覚えていますか」と言ってくれたことを
今想い出しています。

写真は今日の栃尾です。












2020年2月9日日曜日

日報抄と叔母

80歳を迎えた叔母の若かりし頃・・・・・・。

朝早くから夜遅くまで
タイプライターを打ち、法律書を片手に
頑張っている叔母に私は幼いころから憧れていました。
イタリア映画によく出てくるワンシーンを想うのです。
タイピストは女性にとって、働く女性の代名詞でしたから。
もう一つ叔母が素敵だと思うことがありました。
それは、おしゃれだったことです。
背が高く、やせ型です。
老人といわれる年になっても
ピンクや黄色の洋服をさりげなく着こなすセンスは
一流でした。

そんな叔母もキャリアウーマンから遠ざかり
お茶のお稽古やボランティア活動に
人生の役割を置き換えて楽しんでいました。
私自身、お茶のお稽古に通うようになったきっかけは
叔母の影響もあったと思います。
「お茶を点てるから、遊びに来て」と
認知症の母と私を誘ってくれたある日。

「私もね、認知症になるといけないから、
毎日かかさず、日報抄を書き写しているのよ」 と
10冊以上の大学ノートを私に見せてくれました。

その時から3年が過ぎ
叔母も少し認知症がはじまり、
一人暮らしは大変だからと
老人ホームに入所しました。

今でも叔母の息子は老人ホームに入所した
叔母のために新潟日報をとってくれています。

今日もきっと
日報抄を大学ノートに写していることでしょう。

2020年2月8日土曜日

表参道ネスパス新潟館に




表参道ネスパス新潟館にて2月6日から9日まで豆撰出店
豆撰店頭でしか買えない、豆乳おからコロッケ、
油揚げバーガー、とちおだんご、油揚げロール巻き
などを販売しています。
お近くの方は是非お立ち寄りください。



私は実に暢気なもので、お友達のなかよし姉妹の

応援をいただき総勢7人で

「テーブルウェア・フェスティバル2020」見学。

園田芙美子作「遠い海」ガラスの器は

お友達のお友達作品です。

器の底は深い海の色になっていて吸い込まれそうな

美しさです。

亡き叔母を連れて行った沖縄闘病旅行が

映画のシーンのように浮かんできました。


青い海を見つめて、潮風に吹かれる髪を抑えながら

『きれいだね』と遠い海を見つめていた叔母は

57歳でした。



さて本命、表参道ネスパス新潟館にいざ参上、


妹と息子と妹のお友達が一生懸命頑張ってくれています。

感謝感謝です。

そして、お友達のお友達からたくさん買っていただき

感謝感謝でした。



コロナウィルス騒動の最中です。

ちょっと不安もありましたが

それほどでもない東京日常に少しホットして

帰ってきました。
















2020年2月5日水曜日

ゴミをはく人

川沿いを歩き街中に入る。

空はどんよりとしていて

今にも雨が落ちそうだ。

後にも先にも歩いている人はわたしひとり。

遠くから、箒をもつ老人が見える。

その老人は流雪溝のふたをあけて

塵取りに入れたごみを流す。

老人はゴミ収集場所ち散らかったゴミを

善意で集めていたのであろう。

だが、それをなぜ流雪溝に流すのか

憤りを覚えるが、わたしは素通りしている。

きれいな川が自慢の栃尾なのに・・・・・・。

2020年2月4日火曜日

「祝の島」




雪が久しぶりに積もった。

節分に降らなかったから、きっとこの後も

そうたくさんは降らないだろう。

それでも、数センチの雪は

栃尾を静かにする。


いつものように出勤し、机の上に

「またお願いします」と書いてあるB4サイズの封筒が

おいてあった。

長岡アジア映画祭実行委員会代表のSさんの

上手とは言えないが彼の顔を思い出させる字である。


早速開いてみる。

「祝の島」である。監督纐纈あや・・・・

この監督作品「ある精肉店のはなし」は強烈な映画だった。

だから今回も観たいと思っている。

 パンフの最後に

『いのちをつなぐ暮らし。 
 祝島にはそのヒントがたくさん詰まって居る』

と書いてあった。

この一言になんとなく心が明るくなった。

静かな栃尾にも陽はあたっているはずだと思った。







2020年2月3日月曜日

大豆のパワー



三日坊主の私が続けていることがあります。

毎朝生搾り豆乳スムージを飲み始めて

かれこれ、2年が過ぎます。

妹はおからパウダーを毎朝コーヒーに

入れて飲むそうです。

その効果なのだろうか、

私はこの二年間インフルエンザにかかっていません。

妹も同じです。

大豆製品はウィルス予防に免疫力アップに

是非お勧めしたいものです。

また、この季節に

おすすめしたい飲み物に豆乳甘酒。

豆乳3に甘酒1の割合がおすすめです。

今日も大豆パワーで頑張ろうと思った次第です。











2020年2月1日土曜日

ノーウェアボーイ ひとりぼっちのあいつ

ビートルズフアンからいただいたDVD。

どこにしまったかしらと探しているうちに

いつのまにか忘れていた。




先送りしている「おてがみれしぴⅣ」を今年は

作り上げようとちょこちょこ自宅で仕事ですと

看板をあげ帰宅している私。

ところが、

パソコンに向かっては、閉じ、また開くの繰り返し。

そのできない仕事の隙間に入ってきた誘惑は映画。


今年に入って、映画館で3本。

「お帰り寅さん」 「ジョジョ・ラビット」

「ラストレター」

パソコンから1本。

「スキャンダル」

そして

コロナウィルス対策のマスクを探していたら、

「ノーウェアボーイ ひとりぼっちのあいつ」を発見。

やっと胸のつかえがとれ、家事も仕事もほったらかし

自室に閉じこもってってすぐさま鑑賞。

ビートルズ好きでもなく、ましてやジョン・レノンについて

何も知らない私なのに。



ジョン少年にはふたりの母がいる。

生みの母と育ての母をもつ少年の葛藤を

自分に置き換えることはできない。

私には母は一人しかいないから。

少年が世界的なミュージシャンとしての成長は

生みの母のDNAを受け継いだから。

物語の後半に起こった交通事故には

予期しなかったことだけに

心が震えて、わたしの心臓は高鳴ってしまった。

その瞬間私は、

まったく映画に関係のない人を想った。



映画とは不思議だ。

自分の好みで観る映画もある。

宣伝にひきつけられて観る映画もある。


友が勧めてくれた映画にはその人の影が見えるような

気がする。









2020年1月29日水曜日

山の家で特別ゲストを迎える。










新しい出会いのはじまり。


冬季間、山の家に足を運ぶことはないのです。

ところが、今年は栃尾の街には雪がありません。

お友達のおもてなしは守門岳をご馳走に

栃尾の街をながめての、おしゃべり。

食事も終わり、コーヒータイムで

私もやっとおしゃべりの仲間入り。

すると

菅子さんの驚きの悲鳴

「礼子さん、何かが通った・・・・・・。」と

後ずさりしているではありませんか。

庭の渡し板の下をくぐりあっちこっちと散策している
 
この突然の訪問者に都会のお客様はびっくり仰天でした。


この山の家は2004.7.13豪雨災害の前は

小さな森でした。

胡桃の木、松の木、梨の木、イチョウ

柿の木は5本もありました。

だから、リスやイタチは常連客であり幼いころの

私の友達でした。

ということで、この日の特別ゲストは

かわいいイタチさんでした。

残念ながら小さな訪問者をカメラに

収めることはできませんでした。









2020年1月26日日曜日

在庫はますます増えていく世のなか

新聞もネットも

口をそろえたように

在庫問題を取り上げています。

そりゃあそうでしょう、この暖冬では

長靴も不要、長いコートもなくてもいい。


15年前は5人家族だったのに

娘が海外に勉強に行くと我が家から脱出し

家族は4人になった。

それから義父が倒れ、施設へ

そして、昨年は思いもしなかった義母が

4時間の入院生活で他界。

その2年前には愛猫が逝ってしまった。

今年は二人家族となり、

ご飯も1日おきに、たったの2合を炊きます。

小さな一軒家ですが、5人家族用にそれなりに

部屋はあります。

今ではリビングと寝室のみ使用。

その他の部屋はなんと物置に化してしまいました。

部屋の在庫も散らかるだけで困ったものです。

在庫問題の行きつくところは核家族と人口減少に

他ならない。











2020年1月23日木曜日

雪のない栃尾なんて信じられません。






昨日はお天気。

山の家でおもてなしが続きました。

長くつを履いて行ったのに、あまりのお天気で

つい間違って、サンダルで帰ってきてしまいました。

そこで長くつを取りにいってきました。

山への道には枯れた松の葉がぎっしり、

風にとばされた杉っ葉もたくさん落ちていました。

この時期に、まさか竹箒をもって山道や駐車場を掃くなんて

ありえないことが今年は起きているのです。

ひと汗かいたので、母の指定席ベンチにこしかけ

守門と栃尾の街を眺めました。

母の顔が浮かびます。

1月1日から面会禁止になっています。

病院でインフルエンザ患者がでたからです。

「まっているかな」とつぶやく私。

なぜか山の家に来ると、昔を思い出します。

この季節、母は糸繰を回し、蓆を編んでいました。

父はご近所の方を集めて藁で縄を編んでいます。

藁をたたく音が聞こえてきました。トントントントン・・・・・・。

にぎやかな笑い声も聞こえてきます。

雪の季節は父も母もみんな家にいるのです。

小さなこたつには私の長くつが乾かしてあります。



山の家へのお問い合わせは豆撰0258-53-2014まで








2020年1月20日月曜日

昭和の味 栃尾の味





「赤こがね」ができるまで・・・・・・。


栃尾に住んでいる方ならだれでも知っている栃尾名物といえば「あぶらげ」です。

あぶらげは「ジュー」と音がするくらいのアツアツに醤油をかけて

アチチチと食べるのが一番おいしいことは栃尾人ならみんな知っています。

ところが、通常あぶらげやさんは朝が早い仕事です。

夜も明けないうちから黙々とあぶらげをあげます。

つまり、揚げたてのあぶらげは早起きさん以外は食べられませんでした。

だから、あぶらげといえば昔から「煮つけ」だったのです。

口の中にジュワーと美味しい出汁が広がります。

これこそ、栃尾の母ちゃん、ばあちゃんの味でした。

あぶらげの煮つけは最高の栃尾郷土料理でした。

ところが

あぶらげの食べ方をお客様に尋ねると

「焼きます」と10人中10人が答えるのです。

でも、でも昭和生まれのおばさんにとっては

昭和の味、栃尾の味と言えば

やっぱり「栃尾の油揚げ煮つけ」なのです。

そして、もう一つ栃尾の油揚げ煮つけに欠かせないものがあります。

それは、昔から鰊です。

山間部に位置する栃尾では魚は手に入りにくい高級素材ですが

みがき鰊は庶民の魚で手に入りやすかったのです。

昭和の味、杤尾の味を意識して焼く油揚げから

懐かしい味「赤こがね」の誕生となったのです。


「赤こがね」誕生から、早15年が過ぎます。

その間に、少しづつ「赤こがね」の人気も上昇、杤尾人はもちろん

豆撰フアンのお客様にも支持され、おかげさまで売れる商品、

おいしい商品として定番になりました。


昨年末は製造が間に合わずお届けできないご迷惑をおかけいたしましたが、

今日からお店でもネットでもお買い上げできます。

なにとぞ、よろしくお願い申し上げます。



調味料素材にもこだわり安心安全な油揚げの煮つけに「赤こがね」

「赤こがね」を使えば簡単炊き込みごはんもできます。






2020年1月19日日曜日

久しぶりに歩いたら街の家々が変わっていました。

雪のない冬道なんて摩訶不思議だ。

刈谷田川も西谷川も雪がありません。

川向うにはきちんと整列した除雪車が並んでいます。

赤茶けたススキの間をゆっくりと、優雅に泳ぐ鴨たち。

私が追いかけられているのかサギは私の前を

スイスイと低空飛行。

めずらしくセキレイもちょこたんちょこたんと石渡。

川を過ぎると金町通。
 
ここも空き地、あそこも空き地。空き地は赤茶けた草むら。

栃尾には景観条例がないのだろうか。

シャッター通りだ。

雑貨屋やお菓子屋など昔のお店が並んだら面白いだろうに

この通りだけは車は禁止っていうのもいい。

いろいろな妄想を楽しみながら豆撰にたどりつく。



2020年1月18日土曜日

ショートケーキの時代からぜんざいの時代へ

早起き夫婦の会話

夫「はじめてショートケーキを食べたのは中学生だったな

金持ちの友達のうちで食べたな」

妻私「そう、私は小学二年だった、

お金持ちの家に遊びに呼ばれたら、やっぱりおやつに出たよ」

あの頃のショートケーキはお金持ちの食べ物だった。

朝、久しぶりに温泉旅行の帰りに我が家によってくださると

お友達からメールがはいった。

久しぶりにお会いするから

嬉しい、おやつには何がいいかなと妹に話すと

「配達の帰りにケーキ買ってきてやるわ」と

私も金持ちではないがショートケーキを買える年になった。

でも、しばらく考えていたら

夫の丹精込めた小豆がまだあることを思い出す。

お金では買えない手作りのものでおもてなしをしようと思った。









2020年1月16日木曜日

古着のきもち




私のお友達であり人生の大先輩は
豆撰山の家で「キルト展」を昨年快く引きうけてくださった方です。

キルト展終了後も交流を続けさせていただいています。

時々、素敵な古い着物で作ったお洋服や巾着を
プレゼントしてくださいます。
お茶のお稽古やお茶会にオンリーワンの巾着とお洋服は
同席した仲間たちから褒められます。
私が作ったわけでもないのに
私は得意顔でこういう言うのです。
「私のお友達が作ってくれました」と。

イタリアに住む娘から
「Mの赤ちゃんの洋服とおもちゃを送ったよ」
と連絡が入りました。
娘とMはいとこ同士ですが姉妹のような関係です。

イタリアから送るのですから
送料を考えたら、日本で買った方が安上がりです。
でも、私は娘の気持ちと受け取るMの気持ちが
心から嬉しくなるのです。




2020年1月15日水曜日

しまじろうのたまごボーロ



イタリアに住む孫から

「ババ卵ボーロ全部食べちゃあった」と

画面の向こうで話す日本語。

「ババ、おくるね」

「ありがとうババ」と愛想のいい笑顔がかえってくる。

随分成長している。日本語も上達している。

「ババ悪い子になって・・・わたしがおこるから」

彼女は怒られる側からおこる側にまわり

優位にたちたいらしい。

「ババだめよ、ノー」と大きな声で怒ってみせる。

得意な顔である。

それがまたかわいい。

今日は朝から荷造りをしました。



2020年1月13日月曜日

ほぼ日刊イトイ新聞に栃尾のあぶらあげが登場

ほぼ日刊イトイ新聞をほぼ毎日読む私。

今日はびっくり仰天
「栃尾の油揚げ」と「ハラマキ」が登場している。

「ハラマキ」を作っている会社は豆撰のすぐそばである。
そしてハラマキ製造会社の社長さんは豆撰をいつもごひいきにしてくれています。

興奮冷めやらぬうちに
社長の奥様に直接電話。
実は奥様は私の保育園生活時代の大先輩 なのです。

これは縁であり「多様性」というものではないだろうかと
思った次第です。



もしかして糸井様は豆撰の栃尾の油揚げお召し上がり 
になっているかしら?







2020年1月12日日曜日

冬なのにいいお天気








こんなに雪のない栃尾はあったかしらと思うような

良いお天気。まるで春のようでした。

今日は、いつもお世話になっている

お客様をお迎えして

豆撰のお料理と先日の初釜で覚えてきた汁椀を準備。

ゆずで作る松葉をそえて、里芋にゆり根、人参そして

豆撰自慢の絹揚げを入れてみました。

もちろんあつあつの栃尾の油揚げは

三種のたれで食してもらう。

栃尾のだんごにロール巻き、

デザートは豆乳プリン。


お帰りの誉め言葉は

「一番おいしいのはあげたての油揚げですね」

とお客様の声でした。

ちょっと頑張った汁椀はどうだったのだろうか?



2020年1月10日金曜日

病名は白内障だった

加齢ととも視力は低下していくのは当たり前

最近夜の運転は恐怖だった。

もっとも、若い時から車の運転は苦手、

苦手なうえに方向音痴である。

極力人の世話になって、車に乗せてもらう私である。

そしてパソコンに向かっている時間がかなり多いのだから

視力は低下、特に左目は眼鏡をかけても

見えにくい。

そこで眼鏡屋さんに行く。

4年前に視力検査をした時よりかなり進んでいる。

とても親切な眼鏡屋さんです。

眼鏡を売ろうとはしない。

まずは眼科に行ってくださいとある眼科さんをご紹介していただき

お手紙も書いてくださった。

その時から私の想像力がはじまって

この日も、もちろん車の運転は妹です。

眼鏡屋さんを出るなり

「失明する病気かもしれない」と落ち込んで妹に話す。

妹は「だから眼科に行くんでしょ、まずは診察してもらわないとね」

そりゃあそうだ・・・・・・。

目が見えなくなる

そりゃあ困った話だ。十年後だろうか

その前に行きたいところにいかねばならない。

だんだん不安が不安でなくなって

暗闇の生活を想像したら、もう大変パニック症候群。

二日後の昨日診察に行く

その結果は白内障でした。




私の性格をよく知っている妹と夫は

「だから、あわてなくてもいい、結果が出ていないのに人に言えば、

人に心配させるだろう」

と言いながら、心配してくれていたことにありがとうでした。

親愛なるお友達の皆様ご心配をおかけいたしました。

ごめんなさい。











2020年1月7日火曜日

美味しさのヒミツはちょっとした手間





昨年末から、はまってしまった「おこわ」作り。

といっても難しくはない。

電気釜一つで

簡単に素早くできるのだから

主婦にとっては大助かりである。

そしてもう一つのヒミツは

豆撰の油揚げ専門だし醤油にあります。

国産材料にこだわった

まろやかな旨味と甘味が「おこわ」の味つけに

ピッタリです。

ちょっとだけ、ひと手間かけたら、

美味しいものが

作れると思います。

そのちょっとだけはいつかきっと大きな愛情に

変わる日が来ると信じています。







2020年1月5日日曜日

家で仕事してます。さみしいものです。

リビングを独占して

大風呂敷をひろげています。

今までのつけがまわってきて頭をかかえている自分。

それにしても、こもっての仕事は集中はできるものの

どこか、さみしいものです。

豆撰にいたら、スタッフやお客様そして電話にメールと

人とのかかわりは多く、退屈することもないのですから。

もう一人の同居人は自室に閉じこもって

食事以外はリビングには顔をだしません。

これが空気の存在というものでしょうか?

仕方がないので、2分間オカリナを吹いて

2分間腹筋運動をする。

そろそろ夕食の準備でもしましょうか。

2020年1月4日土曜日

夫婦でお友達



私はリビングでふくらんだおなかをさすりながら

腹筋についてネットをみる。

毎日2分だそうだ、やってみる。

できない。ふっくらとしすぎたと反省。

夫は自室で高校サッカーを観戦。

別々の部屋で別々のことをする夫婦。

これといった会話もない、

共通の話題と言えば「孫」の自慢のみだが

それも数分で終わる。


退屈な夫婦に夫婦のお友達ができた。

旦那様は調律師、ギターからピアノまで弾いてしまう。

つまり修理してしまう。

奥様は大正琴の家元である。

いろいろなところでコンサートを精力的に開催しておられる。

一言でいえば、次元の違うすごい夫婦である。

夫婦なんて空気みたいだが

夫婦と夫婦4人が一緒になると

退屈な夫婦に「会話」が生まれる。

夫婦のお友達ってなんだか居心地がいい。








2020年1月3日金曜日

寅さんに会ってきました。



今日でお正月休みはおしまいです。

昨年は義母が亡くなっているので

お年始はなし。初詣もなし。

お客様をお迎えすることもないので

おせちもなし。

こっそりと出かけたのは

「お帰り寅さん」を観に映画館に足を運んだこと。

大スターは永遠に生きる。

回想と現在が違和感なく映る。

技術の進歩なのだろうが

原作のつなぎ方に驚かされる。

たくさんの映画を世に送り出している監督。

山田洋次作品の中でやっぱり「男はつらいよ」が一番好きだ。

それも今回の作品に惹かれたのはなぜだろうか?

寅さんの甥っ子満男の娘の素直な演技がとてもよかった。

どのシーンにも涙が流れてしまう。

寅さんの50年にお帰り・・・・・・

きっと私は私の人生を映画とともに振り返っていたからだろう。

でも、批評はいらないと思った。

前を向き、過ぎた日は思い出だけ。

年初めにいい映画に出会えた。


1月4日から豆撰仕事始めです。

皆様今年もよろしくお願いいたします。