2015年7月29日水曜日

親子



娘が誕生したその日から母になった。
いえ、お腹の中にいる時から母になった。
男の子だろうか、女の子だろうか
誰に似て生まれてくるのだろうか
お腹の中では、
あなたは見えなかった。
それでも
海よりも、空よりも
大きな大きな想像と期待を持って
毎日、語った。
あなたが歌が好きになるようにと
興味のなかったクラッシクのレコードをまわした。
あなたが生まれる時に、苦しくないように
私は毎日
運動をした。
あなたと対面して
ホッとした。
海よりも
空よりも大きな喜びだった。

もみじのようなしわしわの指を数え、五本、足の指も五本。
もう何も望まなかった。
ホッとして、助産婦さんに
「ありがとうございました」とお礼を言った。
そして、もういいですよと
眠りについた。
母になって、嬉しかった。
もっと嬉しかったのは
愛する人の子供を授かったことだった。
忘れていた。
海よりも空よりも
嬉しかった時の気持ちを。
今からでも間に合うでしょうか
この気持ちが伝えられるでしょうか

大きな花がたくさんたくさん咲きました。
アジサイの花は枯れていきます。
ムラサキシキブの花は咲きそう。

2015年7月25日土曜日

夕暮れ前の道院高原へ


真夏のこの時期に道院高原に行くのは初めて。
鐘タタキの池を過ぎ、高原の沼に立つ。
ここから望む守門が大好き。
6月の忘れもの、アジサイがまだ咲いている。
帰りはお日様が降りて
沈む一歩手前、運転している私の目に差し込むその光は強すぎて
前が見えないくらいだ。


棚田が大きく手をひろげている。
まるで、人間の小さな心を包み込むようだ。
昔からこの光景は変わらず繰り返され何百年たつのだろうか。
そして、この先この風景が続いてほしいと願う。
青々とした棚田を過ぎると
大きな大きな大木。大木の脇の石垣の上に建つ
祠は「ほだれ様」

この場所もいい。
栃尾の風景は飾らない。ありのまま。
それがいい。

娘と義母と私。親子三代で同じ風景をみる。
義母、私がこの世にいなくなったら
娘はこの場所に立ち私たちを想いだしてくれたら
それだけでいい。

朝活に風立ちぬ

早くに目が覚めたのには理由がありました。
昨日、いただいた枝豆とトウモロコシを放置していたこと。
娘と約束した「休日」の過ごし方。
仕事場の机の上の書類の山。
この3点が気になって、時計を確認したら
まだ4時を回ったばかり・・・・・・。
そして実行したのは上記の3点ではありませんでした。
先日借りてきて観ていなかったDVDの返却日は本日です。
「ふふーん、そうか今観ればいいのか」
朝食には枝豆をゆで、「まめごはん」にして
トウモロコシは蒸せばいい
あれこれ手際よく、家事をこなしながら
DVDを開く。
風景描写が素敵である。
さすが、ジブリ映画かと思わせてくれる始まりです。
セリフが始まりは少なかったので
映像を追いながら、家事を続けます。
中盤からストーリーは純愛に変っていきます。
もちろん、飛行機づくりの夢と希望を果たしながら
話は進みます。
時々、夢を見るシーンがありました。
私も、よく夢をみました。頭の中で空を飛び、かけまわる
冒険の世界。私の場合は幼少期から低学年まで、それで
終わってしまいましたが・・・・・・。夢の規模は天と地の差ですが
夢を抱いていた頃が懐かしく、あのころの自分が好きだと思った。
終盤は切なく哀しい
設計図を持ち込み、仕事をする主人公の手と
病弱な妻が手を握っていてと哀願するシーンは
自然と涙があふれてしまう・・・・・・。
もう、たまらなく哀しくなりました。
ラストシーン
戦火から焼野原になった映像
そして、愛を育んだ自然の地で見る主人公の夢
幻の妻がささやく言葉「生きてください」に
感動というより寂しさの方が大きく私の心に残りました。

風立ちぬ・・・・・。
世の中の評価は千差万別でしたが
私にはとても心に残る映画でした。

最後に吹き替えの俳優陣を追うと
この作品にこめる監督の想いが想像以上に感じられました。
映画も本も、どの作品も私にとってはいつも新鮮で「想い」を感じさせてくれます。
次回はなにをみようかな?

今朝の朝活は満点でした。

写真は栃尾の豆畑です。
私たちはこの豆畑に夢を託しています。









2015年7月24日金曜日

二日続けてお弁当を忘れました。


昨日のお昼休みに原信にお買いもの。お買いもの前にトイレによる。
大きな鏡が私の全身を映してくれる。
首から腰までのスタイルに驚きをかくせない。
前から見ても横から見ても私の幅まるで同じ。
丸太のようだった。
そのショックから、まず食事の量を減らすことを決意。
朝食後に私の前に笹団子が置かれている。
娘「朝は食べてもいいんだよ」とあざ笑うがごとく・・・・・・。
「私の目の前に、こうしたものは置かないでよね」と
食べたい気持ちを抑え、我慢我慢。
よって、お弁当は野菜中心の「卯の花」と砂糖控えめの
「栃尾の油揚げの煮付け」を用意する。

庭を散策すると「ゴーヤ」が私のごとく成長している。
雨模様ではあるが今はあたっていない。
自転車での通勤を決意。
川の流れは勢いがあり、濁っている。
川原の花、ゆり、あじさいはもう終わりである。
途中、セキレイに出会う。
2羽である。夫婦かもしれない。
いつもの通りに出るといつもの「あの子」がいない。
ちょっとがっかり
熱でもでたのだろうかとちょっと心配。
豆撰に到着。豆撰のプランターの花たちも
雨に濡れて、ちょっとカッコ悪い。
手入れ終え事務所に入る。
机の上は昨日のまま。
だりこっぺいである。
どこから始めたらいいのやら・・・・・・。
あ、あれ、あれ
またやった。昨日に続き2日目
お弁当を忘れる。夫に電話する。
夫、何も言わず「ああ」とあきれたような返事。

2015年7月22日水曜日

トワイライトささらさや

非現実的な話がどんどん進む映画でした。
そして、結構映画に引き込まれ、いつの間にか映画を楽しんでいるのです。
楽しむという言葉より懐かしいと言う言葉の方が合うかもしれません。
主人公のサヤが未亡人になるところから始まるのですから、ミステリーなのか
喜劇なのかわからないうちにどんどん進んでいくからです。
進むとは進展や内容の変化ではありません。
サヤの夫演じる大泉洋の、のりうつり場面は
繰り返され、同じパターン。でも進むのです。
その中で、サヤの赤ちゃんは笑ったり、泣いたりの繰り返しです。
夫が赤ちゃんを抱きかかえ、たかいたかいをする動作に、
赤ちゃんが初めて歩いた瞬間に
一緒にDVDを観ていた夫の感じていることを私も感じている。
忘れかけていた「想い」、それはもう一人一緒に
観ていた娘への想いです。
大人になってしまった娘に対して抱く悲しみ?を私と夫は
噛み締めながら観ていたのです。
と思っています。
夫に確認したわけではありませが……。
さて、映画も終盤
父親と息子の長い間わだかまり、誤解が溶けていくあたりは少し
むずかゆい感じでした。
それでも、ささらの街に住む
おばさんの温かい気持ちには笑顔になります。
サヤが
目一杯の演技で
悲しみの涙を流すラストに、いつもなら涙が溢れるはずなのに
この映画には涙がながれませんでした。
ただただ、懐かしさだけが心に残ったのはなぜでしょうか?

2015年7月21日火曜日

母親の役割


一緒に住んでいない実母は
妹夫婦と一緒に生活しています。
私は36年前に今の家族の一員になりました。
つまり私にとって家族は2つ存在するわけです。
この2つの家族にはそれぞれの決まり事や風習があります。
なかなか新しい家族の味になれなかったことを思い出します。
また、実母は商売をしていましたので
家事は大変だったと思います。
3度の食事つくり、洗濯に掃除
よく頑張ってきたと今なら、実母を褒めてやりたい。認知症になる前に
感謝の言葉を伝えたかった。
新しい家族は兼業農家です。
季節によって、忙しさが違います。
義母はこまめな人です。一日中、動き回っている人です。
テレビを見ながらも何かしている人です。
今も90歳なのに、しっかりとしています。
最近は耳が遠くなって、聞こえないのが少し寂しいようです。
子供から見た母親像はそれぞれ違います。
いいところもあればいやなところもあって当たり前の家族。
ところが、今度、私は3つ目の家族?と出会うのです。
3つ目は 家族とは言わないかもしれません。
なぜなら、一緒に生活をしていないこと。異国に住んでいるから・・・・・・。
それでも、私の頭の中では家族なのです。
私が母を想う気持ち。母である私が娘を想う気持ちには少し時差があるようです。


今朝はいつもより5分遅い時間に家を出ました。
いつもならスイスイと走る自転車通勤なのに
5分の時間のずれが自転車を止めること4回
後ろからくる車に気を遣うことも数回

考えながら走って
豆撰に到着。
少しの時差は大きい。

写真はムラサキクンシラン
花の向こうに青々と成長している稲
デジカメをのぞく時の一瞬は何もかも忘れる。

2015年7月20日月曜日

7月の3連休は

暑い日が続きます。
雨も上がり、ムシムシの午前中だったのですが
午後からはジリジリの暑さに変ってます。
もしかして.梅雨が明けたのかしら?
18日からの3連休は大忙しです。
お中元の贈り物、
お店に「アツアツ油揚げ」を食べに来てくださる
大勢のお客様をお迎えして、てんやわんや。
還暦を過ぎた私もお店で一生懸命
「いらっしゃいませ」とおばさん笑顔でお出迎え。
若いスタッフは接客で大忙し。
おあばさんは一日中荷作りに励みました。
慣れない仕事に、ちょっと限界を感じ
ただ今、デスクワークに切り替えたところです。
思い出しました。
15日に借りてきたDVDは3本。
まだ1本も観ていない。
22日に返さねばならないのだが
はたして、何本観れることやら ・・・・・・。
途中に一本の電話
「油揚げが本社に届いてしまいました」
ガガ-ン。酸欠になっているかも私の脳みそ君。

トマトの美味しい季節
トマトと油揚げのスープはいかがでしょうか?



2015年7月17日金曜日

おはようの声が弾む

久しぶりに、自転車通勤しました。
刈谷田川沿いを走ります。
小雨が降っていたので、スピードアップです。
堤防から金町通りに入ると
集団登校の小学生の群れにいつも出会います。
その小学生を見送る3歳から4歳くらいの男の子に
この道を通ると会います。
私はにっこり笑顔で大きな声で
「おはよう」と声をかけていました。
今日は一週間ぶりの再会です。
彼は私をみつけると彼の方から
にっこりとほほ笑み
「おはようございます」と大きな声です。
私の通るのを待っていたようです。
私もいつもよりさらに大きな声で
「おはよう」と朝の挨拶をしながら
走り抜けてきました。

2015年7月16日木曜日

基本的生活習慣の次に

もう、27年も前のことですから、その記憶が正しいのかわからない。
まして、今の保育指針がどうなっているのか調べたこともない。
ただ、当時の保育指針には、子供たちが小学校にあがるまでに
ひとりで食事ができる。ひとりで排泄できる。洋服がひとりで着れる。
など
生活習慣を身につけさせてやることだったように覚えています。

文字が読める、書けるは
保育指針にはないのです。
わたしは、基本的生活習慣を身につけ、友達と
遊べる子供であることを目標としてきました。
子育ての、基本部分です。
ここまでがわたしのやりたい事であり、私の役割でした。
子供達の中には、いろいろな子供がいます。
それぞれの能力には多少の差が見られますが、
たいていの子供達は基本的生活習慣を身につける事が出来ました。
それから小学校に、中学校と進級し、大学までと
時代とともに学生生活は長くなっているようですが
その教育過程と課程で、どう成長し、どこまで理解して
社会人になっているでしょうか
保育園時代と違って、かなりの個人差が感じられます。
わたし自身を振り返り、還暦を過ぎても
見えないことがたくさんありすぎて、これから先、残りの人生を
どこまで、いろいろなことを知ることができるだろうかと(知ってもすぐに忘れてしまいますが)
日々思います。そして、ああもっと勉強しておけばよかった。となるわけです。
知りたいという意欲と
知ってほしいと願う気持ちが今の子供たちにかけているような気がしてならないのは
わたしだけでしょうか?
母親、父親、兄弟、先生、ものをつくる人など、それぞれに役割があり、それを伝え
「わかってほしい」と願う。
人と人の関わりから生まれるのは「意欲」「夢」「希望」・・・・・・。




2015年7月15日水曜日

ライオンキングを思い出しながら






本日は劇団四季「ライオンキング」の一万回公演だそうです。

わたしが観たのは10年くらい前。
舞台と会場に響く
歌声に、感動したことを思い出します。
舞台装置にも圧倒されたことを思い出しました。
そして昨日
若いスタッフと話したことは・・・・・・・。
アフリカに住む人々にとっては自然が一番で、電気なんか必要ないのでは。
電気を知ってしまった私たちにとっては
どんなものより必要だけど、彼らは知らない。知らないのに、知らされる。
それなのに、あんなに危険なものを
他国に売り込む
日本人って、哀しいね。
人の命よりも 経済優先の政治家さんに
あきれる話。
それから福島のことも話しました。


集団的自衛権についても話をしました。
戦争は絶対嫌だと力を込める。
もう、時計の針は21時をまわった 。


一生懸命私の話を聞いてくれる彼女たちに
「ライオンキング」を観に連れて行きたいものだ。

写真は7月より豆撰で働いてくれている
Mさんが持ってきてくれたお花です。
彼女は明るい。
そして声に優しさがある。
いい人が豆撰のメンバーになってくれた。
嬉しい。



2015年7月14日火曜日

わたしの朝活




広い駐車場
短いねじりばなの集まり
長岡の景色

この場所にあの日も朝早くに
やってきた。
父は「早起きだな」と微笑む。

並んで長岡の街をみる。

「今年はこの場所で長岡花火が見らるかな」
とぽっつりと言う。

父は長岡花火はみることができなかった。

2015年7月13日月曜日

地球にひとつだけのもの





豆撰スタッフの息子さんは小学二年生です。

昨日彼はお母さんにこんな質問をしたそうです。
「ねえ、ママ!ママの会社豆撰って、日本にいくつあるの」
「ひとつだけよ」
「じゃあ、世界中ではいくつあるの」
「ひとつだけよ」
「じゃあ、宇宙の中でいくつあるの」
「ひとつだけだよ」
こんな会話が弾んだそうです。
そして
「ママ、豆撰ってすごいんだね」
「だから、忙しいの」

いつも帰りの遅いママの仕事を妙に納得したのだそうです。

そうか、なるほどと私もなんだか嬉しく、すごいことに納得。

2015年7月11日土曜日

思い出ぼろぼろ

40年くらい前のことです。
園庭で、5歳児とかけっこ。
わたしは絶対に負けません。
全速力で5歳児と競争をするのです。
雨が降れば、相撲をとります。
わたしは絶対に負けません。
跳び箱、でんぐりかえし、椅子取りゲーム
鬼ごっこ、絶対に、手を抜かないわたし。
雪合戦も同じです。
本気のわたしにあなたはいつも本気で向かってくる。
敵わないと知っているのに。
わたしが「やめた」と言っても
やめないで向かってくる。
わたしも本気、あなたも本気。
タイムマシンに乗ったように思い出す
困難に立ち向かう勇気を
体で知って欲しかったから。

年月がすぎても
気持ちは変わらない。

2015年7月10日金曜日

ものつくりをする人の信念


 

今日はある会社からの依頼でネット販売導入についての
インタビューがありました。
苦労した点はと問われ
「・・・・・・・。」
苦労したのかもしれませんが
過ぎてしまうと結構忘れているものです。
これからネット販売をしようとされる方にアドバイスはと問われ
「ものつくりをする人の信念をつたえることかしら」と
答える私。

システムを組む役目はその道の業者さん
そして私たちはシステムを組める能力はありませんが
ものつくりに対する「想い」「情熱」はあります。
その想いを伝え妥協しないことだと思っています。

組み立て屋さんとかみ合わない場合がよくあります。
そんな時
あきらめず、納得するまで言い続けるわたし。
自分を分析すると、かなりの強情かもしれません。

強情な心も花とおしゃべりすると
やわらかくなりそう・・・・・・。



2015年7月8日水曜日

本当の理由とは

この本が読みたい理由があった。
読んでいるうちに、その理由は変わっていた。
この人を愛した理由があった。
愛しているうちに、その理由が変わっていた。
この仕事をしようと思ったのには、その理由があった。
この仕事をしているうちに、その理由が変わった。
生きていくには理由があるはずだ。
生きていくうちに、理由が変わっていく。
不思議なことだ。
たわいの無い理由も、驚くほどに進化していく。
大抵は、自分の都合のいいように、変わる。
周りから見られて、カッコいいように変わる。
還暦をすぎると、
理由はもっと変わる。
だから、時々
初心に戻ってみる。

そして納得する。
理由が変わっていくことも、生きていくことと同じである。
理由が変わるのは当たり前であることを。

合歓の木の歌

朝早くに、榎トンネルを通りぬけると

走る車の上をさわやかな緑の枝とやわらかい
ピンクの綿毛のような花を咲かせている合歓の木が追う。
35年前
私に舞い降りた 綿毛の命のようだ。
若かった夫婦に
授かったばかりの命に、感動も喜びも味あう暇なく・・・・・・。
死と生のはざまで揺れる命、恐怖感だけが私の頭をいっぱいにする。
安静と点滴で命をつなぎとめるための
長い期間、ベットの上だけの生活は辛く苦しい。

お隣さんでは私と同じ体験をしている人の
泣き声が耳に入る。

注射をされるたびに
この子は正常に生まれるのだろうかと
不安で涙がいっぱいあふれる。

やっといただいた命
まるで合歓の木の花のようだった。
大切に大切に命を守ってきた。

合歓の木トンネルを通ると
優しい風が吹き
枝が揺れる

あの時
この子のために頑張ろうと思った。




2015年7月7日火曜日

七夕記念日








七夕記念日になりそうな今日。

家の周りを回ってみる。
7・13水害で家を失って
ここに引っ越し。
小さな庭に小さな木を植えました。
クヌギ、ナナカマド、モミジ、エゴノキ、キンモクセイ、ユキツバキ
など……結構たくさんの種類を植えたものです。
私の背丈くらいだった木々は10年で私の2倍の大きさに成長しています。
そうそう、そういえば娘がドイツに旅たつ前の年だったかもしれない。
早いものです。
年月の過ぎるのは実に早い。
早くていやだなあと思って過ごしてきましたが
さすがに、還暦を過ぎると
「早くってもいいさ、どうにかなるだろう」の気持ちに変化。
だって、あんなに苦しくって、生きているのさえいやだったことを
今は忘れかけているのですから。
この木々たちは
年に一度帰国するかしないかの娘を迎え
何を話しかけてくれるのだろうか

今日は七夕
そっと願いを短冊に書きましょう
「娘と婿殿が仲良く過ごせますように」と。



2015年7月6日月曜日

家族のつながり

娘がドイツへ渡り、イタリアへ、そして外人婿殿とふたりアメリカに渡った。
今は、娘ひとりで少し長い日本の生活をしている。
全く血のつながりのないイタリアに住むご両親は、メールや写真を
よく送ってかすようだ。時々電話も来ている。
不思議です。日本ではあまり考えられないことです。
親との同居が見られなかくなった日本の家族間では、どんなつながりがあるのでしょうか。
実母、実父との連絡をとりあっても、別居している義母、義父と毎日取り合っている家族は
少ないような気がします。
離れているから、心配というより、お互いの
近況を報告することで、信頼と家族の愛が深まっていくのでしょう。
言葉のわからない私は
「チャオ」と挨拶し、笑顔を送っているだけですが・・・・・・。
娘の新しい家族は日本にはみられない
温かみが感じられます。
日本人は、もちろん私を代表に
人からどう思われるかばかり気にしてしまいます。
かれらは、思ったことをストレートに表現するのです。
家族間だけでなく友人、同僚においても同じ考え方かもしれません。
 もう一度
家族のつながりを考えてみることも大切な子育てかもしれない・・・・・・。

2015年7月5日日曜日

早起きさんがふたり



従妹で豆撰のスタッフのよう子さん。
孫のそら君 が
「ばばちゃんがいい」と駄々をこねて
ご一緒の出勤。
後でじじちゃんが迎えに来るとのこと。

あらまあ、今日は実母も 早起きです。
「手をつないでお散歩してきてよ」と私のお願いに
ふたりともにっこり。
認知症の母は4歳のそら君を想い
4歳のそら君は認知症の私の母を想う
ふたりとも優しい心。

見守るわたしたちは笑顔になる。

2015年7月4日土曜日

花蓮に想う

 花蓮に想う
今日から五藤利弘監督映画「花蓮」が
大阪で上映されます。
私はこの映画を三度見る機会がありました。
観るたびに感想が変わります。
いつかはFBのお友達とこの映画について
それぞれの想いを語りあったことがありました。
その時、話題に上らなかった私なりの「想い」を
少し書いていみます。
ヒロインのカレンはタイ人です。
カレンと重なる娘を想う母の気持ちが痛いほど伝わるのです。
この映画には一度もタイのお母さんは登場しません。
画面には登場しない役でも、この映画には重要な
役割があると思うのです。
遠い国から日本に来て、知り合った青年とのはかない恋。
遠い国に行ってしまった私の娘と重なっていたのです。
一回目を観たときは、カレンの切なさが心にしみる・・・
あの子はどうなのだろうか?異国の人と結婚するのだろうか
カレンのような悲恋を味あわせたくないと
母親の複雑な想いを感じて観ていたのです。
そして
二回目の観賞…その時、娘は異国の人と結婚していました。
放浪の旅人のような娘の選んだ人生の伴侶。
素敵な伴侶に巡り合えた娘に、いつも幸せになってね。
と願っています。
三回目は・・・・・・・。
自分の経験と重ねたり、想いを膨らませることのできる
作品作りをする五藤監督のもち味が十分に伝わる映画だと
思いました。



2015年7月2日木曜日

天国のパーティーでは

生きているものの全てには命の限りがあります。
人間もその生き物の一つです。
いつか最後の日がきます。
還暦を過ぎると
結構たくさの方の死に直面します。
特に、肉親、血のつながり、友達の死は
言葉には表せない、虚しさと悲しみで生きている私たちの
心を締めつけてしまいす。
今日は父の命日
私のお友達のおかあさんのご命日も明日。
ふと思ったのです。
天国では
天国へ来た記念日があって、その日はかれらの第二の誕生日なのです。
今月の天国誕生日会があって、知らない人同士が繋がるのです。
「お宅の息子さんとうちの娘は下界で仲良しだそうですね」
「そうらしいですね、あの子はいつも忙しくて、
私のお墓詣りがしたいって言う割に来ないのよ」
「いいえ、息子さんはうちの娘と同じですよ、いつもあなたのこと
想っています」なんておしゃべりしているのです。
たぶんそうに違いない……。

2015年7月1日水曜日

父の命日を前に





明日は父の8回目の命日です。
命日の1週間前に
ドイツに行ったばかりの娘を一時帰国させました。
意識のあるうちにと呼び戻したのです。
呼び戻すということは
当然、父は自分の命の最後が近づいていることに気づいてしまうでしょう
私と妹はどう説明したらいいのか
考えに考えたはずなのですが
今は思い出せません。
緊急手術の前に
孫たちの顔をひとりひとり見つめ
「若いということは可能性がある。やりたいこと、夢に向かって進みなさい」と
遺言のように語りました。
あれから、この家も3度にわたる土砂災害を経て
今日があります。
孫たちもそれぞれの夢に向かって歩いています。
妹夫婦 と私は豆撰で一生懸命働いています。
苦しいことの方が多いけど、うれしいこともたくさんあります。
仏壇に手をあわせると
涙がとめどなくなくこぼれてしまいました。