48年前の思い出の扉を開きながら、孫と娘そして老夫婦はまだ薄暗い4時半に尾瀬ヶ原に向かって出発する。
実は我々老夫婦の目的地は尾瀬沼だと思っていたら、娘のとった宿は尾瀬ヶ原に近い山小屋だったのです。それはもう仕方がない手遅れである。それが発覚したのは前日だったのですから。
気を取り直し朝ごはんは梅干しおにぎりに卵焼き、車中で食べるのもこれまた楽しみのひとつ。と思い2時から準備していたのに、目的地途中のトイレタイムで孫はあっさり「メロンパン」を希望する。コンビニによればなんでも買えるではないか。わざわざ早く起きて作らなくてもいい世の中なのだ。
それでも、孫以外は全員梅干しおにぎりをパクつく。やっぱり老人には合う。
初めての山登りに孫はウキウキ。
群馬沼田インターを降り片品村の尾瀬ロッジ専用駐車場に車を置く、乗り合いタクシーを探すけれどバス停にはひとっ子ひとりいない。まだ7:30にもならないのに。娘と私は焦ってこれは一体どうしたことか?とりあえず宿泊先のロッジに問い合わせる。と川の向こう側にタクシー乗り場が見える。。大勢の登山者の車あり。やれやれと胸を撫で下ろし7人乗りのタクシーに乗ることができました。タクシーを降り、宿泊先の尾瀬ロッジまで約1時間半歩く、坂道を下り木々の間を歩く、野鳥の合唱にせせらぎは指揮者、山のオーケストラに孫は大喜び歌ったり走ったり老夫婦の前に行ったり後ろに回ったりと大はしゃぎで飛んだり跳ねたり。ようやく尾瀬ロッジに到着。半世紀も前はこんな立派なロッジもなかったと喜ぶべきか否かタイムマシーンに乗ったのごとく。ロッジに荷物を置きリュックにお昼のサンドイッチと飲み物を詰め龍宮小山を目指しいざ出陣。この道は黄色のニッコウキスゲのお花畑のはずなのに、見渡す草原は緑一面。紫の花とちょっぴり、コオニユリに私の中の記憶はまっぷたつに割れ、黄色の幸せ色はセピア色に変わり。仕方ない、時期がずれたのだと納得させた。それでも沼地でサンショウウオや大きなオタマジャクシ、トンボ、蝶の飛び交う自然界を孫は目を輝かせて満喫。便利社会生活に慣れた大人は昔の自然生活に懐かしさと心の癒しを求めてこの地に来る。この自然の中に本物の感動があると信じている。だから孫にこの自然の営みと美しさを伝えたいと思った。
龍宮小屋まで約2時間を要した。見渡す限りの草原には木がなく、太陽は燦々と私たちを照らし9歳の子どもにとっては疲れが出てしまう。山小屋に戻る事も考えたが、諦めない喜びを感じさせたかった。老夫婦は目的地龍宮小屋を目指す。孫と娘は尾瀬ロッジに戻っていいとわざと別行動の選択肢を伝える。半べそをかきながら、渋々老夫婦の後について歩く。途中柵が巡らせてある。昔はなかった柵に首を傾げる。遠くに黄色かかった草原が目に入る。キスゲかなとふと思ったが、側まで来るとそれは大ぶりのシダだった。半世紀前と違う。何かが違う。感動が違う。ようやく目的地の竜宮小山に着く。心配していた食べ物があった。リュックの中のサンドイッチだけでは足りなかったからです。私と孫はカップラーメン、夫と娘はカレーライスを頼む。このカップラーメンを最高に美味しいと最高の笑顔を見せる孫。そこにはもう半べそはない。
山小屋の外に長い椅子とテーブルがいくつか置いてある。燦々と私たちを照らしていたお日様は陰り始め風が頬を撫で体を冷やしてくれる。これが尾瀬だ。尾瀬沼までは歩けないがここも別天地である。トンボと戯れる孫を見ながらベンチでウトウトする。何も考えない。考える必要がない。自然の中に自分を置くだけである。
元気を取り戻した孫は、観光ガイドになりきって「ここは危ないです。気をつけて歩いて下さい」というのも来る途中昔話に夢中になり私は転んでしまったからです。『ババは子供の頃はぼーっとしていた』と話すと宿題は疲れる。嫌いだと言いはじめる。『ババは疲れるほど勉強しなかったから嫌いにならなかった』と話すと笑う。大きくなってからはどうだったと聞かれ、私は昔を振り返っていた。夫も娘も知らない私の想い出をだから言葉に出せなかった。木道の木と木の間が空いていることに気づかずぼーっとして歩いて転んでしまった。
尾瀬ロッジに戻るとお風呂があった。山小屋でお風呂である。3年前のネパール事情を思い出す。1週間お風呂とは無縁の汗くささだった。夕食には生ビールもある。ググーと一口。天国である。子熊が出没したらしく登山客はワイワイガヤガヤ。玄関入り口にて怖いもの見たさで目を凝らしている。しばらくすると花火の音と煙が上がって熊を追い払ったようだ。就寝。山の夜は早い。
朝5時
うっすらと朝やけが始まる。朝靄の中散歩する。至仏と燧ヶ岳からだんだん白樺林に立ち込める霧。自然こそ雄大で美しいものはないと思う。水芭蕉のみは熊に食べられている。大好物だそうだ。昔は食べなかったらしけれど。
朝食を済ませビジターセンターで尾瀬ヶ原の復習。この尾瀬ヶ原はカモシカに食べられニッコウキスゲが全滅の危機に。柵はカモシカからキスゲを守るためだった。カモシカは日光から移動して繁殖したらしい。半世紀の間に世界の歴史もずいぶん変わったように自然界もやはり変わっている。温暖化は自然を破壊し地球を変えていく。孫が大きくなったらどんな時代になるのだろうか。
尾瀬ヶ原の記 2026/8/6
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