2026年1月5日月曜日

1月4日 過ぎます。

 元旦から3日が過ぎ、今日は4日である。元旦から今日まで夫以外の人と会話することがなかった。なんて侘しく哀しく、寂しいものかと思ってしまう。老夫婦2人も食事以外会話らしい会話もなく、それぞれが好きなことをしている。私は3度の食事を作り(作りだめしてあるおかずを並べるのみ)ピアノの練習をして、Netflixを見る。そうそうつまらない映画なのに心に染み込んで、これはなぜなのかと自問自答した「舟を編む」は面白かったのかそうでなかったのかよくわからない。がここ数日で得たものには間違いはない。それから

あれほど暇になったら本を読むぞと息込んでいたのに積み上げた本を横目に手付かずだった。

とブツブツ孫と娘に今の状況説明をする。とMたちがきていたじゃないの!ああそうだったお年玉をあげたんだった。いやはや忘れていた。認知症予備軍かな?

日日是好日

2026年1月2日金曜日

雪の中の栃尾と私

 雪が積もって、寒い朝を迎えました。雑煮を食べて晴れ間をみて、老夫婦の散歩。散歩道は綺麗に除雪されています。家家の玄関先には除雪車が積み上げた雪が膝上くらいまであります。老夫婦にとっては散歩の時間ですが、大抵の家では正月の時間なのでしょう。まだ誰も外に出ていないようです。まるで音のない世界を歩いているようです。

老夫婦は昔話をします。正月は餅と塩鮭、昆布巻きがご馳走だったとか、家が土間だったとか、貧乏自慢が続くのです。そしてあと何年ふたりで散歩できるかしら、介護施設や墓終いのことに落ち着くのです。

今日もばけばけのように「サンポ シマショウカ」

日日是好日 

今年はじめての手紙

 手紙が届きました。

お返事を書きました。


『新年明けましておめでとうございます。


今年初めての映画は「舟を編む」

辞書作りの難しさに編集の大変さを感じました。そんな中でこんなにつまらない映画がどうしてこんなに心に残るのかとても不思議です。


体も不思議なほど確実に衰えています。ネパールは奇跡の旅だったと思っています。

3月は沖縄離島巡りとイタリアに行く を予定しています。


動けなくなる前にと思って焦っているような。


こんな感じで正月を雪の中で感じて72年

さてさて

ぼちぼちゆっくりと歩こうか、行こうか?


慎ちゃん

もう少し私と一緒に歩いてくださいね。


皆々様にもよろしく

今度は何が食べたいですか?』


私は22歳彼は5歳 何十年経っても 同じです。


日日是好日

2025年12月31日水曜日

今年最後の出来事

 暮の最終日曜日に先生は逝ってしまったそうです

今日は先生のお葬式でした。私の66年前の先生です。私も先生と同じ道を少し歩きました。

先生は96歳で天に召され棺の中では、羽ばたいて天に昇っているようでした。

父の同級生 父は先生より22年も前に先に逝ってしまったけど、きっと迎えに出てこの世もいいもんだと切切と訴えているだろう。

紅白を聴きながらこっくりこっくりを繰り返し夢の中で今年を振り返っていた。

今年の今日を忘れないだろうか

日日是好日



2025年12月26日金曜日

松風

 炉の季節になると(11月から始まるらしい)

お茶のお稽古もなんとなく「お茶」のお稽古気分が高まる。何故だろうか?お茶の世界とは縁遠い我が家であるが、子供にとっては大きな囲炉裏(子供の頃はひなたと言っていた。天井から下ろされている鍵様(長い竹に鉄瓶や鍋を吊るすもの)一般的にはどう言うのかちょっと思いつきません。忘れるのです、思い出せないのですね。そのひなたでお湯を沸かしたり。大根や頭(ズキの根っこ)を煮ます。味噌と鯖缶を入れ味付けをします。子供の味にはほど遠く青臭く大根は大根の味なのです。大鍋で煮るわけですから家族6人がそれを毎日食べました。数日過ぎてようやく平らげたと思うとまた母は煮ます。

役目がずいぶん違います。がなんとなく懐かしくて暖かい温もりを風情を炉のお点前に感じます。炭がおきて湯が沸くと釜なりがします。この音を松風ということを知る。そうそう孝子さんはこの季節になると「閑座聴松風」の軸をかけていたことを思い出す。同じ年のお茶の先生の教えを当時は素直に聞けない生徒だった。

亡くなってはじめて彼女こそ茶人だったと思う3年が過ぎていく。

日日是好日


まずまずまず 今年も終わり近く

 一足早くお正月のお花を活けてみました。先生のご指導のもとです。

「先今年無事芽出度千秋楽」

まず今年めでたく千秋楽

残すところあと数日に「好日日記」に記されていたこの言葉を思い出しています。

自分の意識の持ち方次第でめでたくもあり、めでたくもない。現役引退で心の空洞はなかなか埋めることはできないが、それ以上に気がついたことがある。ひとり娘とその家族についての記憶がない。記憶喪失ではない。仕事と引き換えに家族の行動、何をしていたのかわからないのです。

70歳にして家族の素顔を知ったようなものです。これに似た事象の多いこと。はたして、まずはめでたく千秋楽を迎えていいのだろうか?


日日是好日



2025年12月21日日曜日

泣き虫

 涙の種類は沢山あります。嬉しい時、悔しい時、悲しい時。昨日のフギュアスケートの男子3人の涙にばばさんも思わず涙する。

今朝

どうしても思い出すたびに涙が出てしまう。と呟くと、夫は一言忘れる事だと言う。

90歳の直木賞作家の阿刀田高氏のエッセイがテレビで紹介された。無理をせずに思い出しながら日常を楽しむのだそうだ。90歳にならないとそうはなれないのだろうか。まだ71歳はクヨクヨもする。こんなはずではなかった。もっと他にやることがあるはず。

年をとるのは嫌だけど90歳になったら自然に生きられるらしい。90歳になったら楽しくなるか?

日日是好日