夜中の雨が気になりました。
いつもの雨の音と違って、速さを感じていました。
このなんともいえない雨の音は、7.13の大水被害で経験していました。
だからその時の音に似ていて、なかなか寝付けませんでした。
夜中の2時を回った頃、携帯が、けたたましく鳴り響きました。
長岡市の発信、避難地域の情報でした。続いて2回目の情報です。
とても眠れる状態ではありませんでした。 3回目は解除されたとの情報でした。
それでも心は乱れ朝を迎えると、早めの朝食をとり、豆撰へ向かいました。
その途中、橋のたもとから数メートルの道路が半分川に落ちていました。民家からは2メートルくらいあるのでしょうか交通どめのため、傍にはいけません。すぐに実家に走りました。実家は2回の大きな被害を受けておりましたが、今回は無事でした。
それからは長岡から栃尾に入るルートの遮断の情報が次々にありました。
市街地中心の谷内通りから本町などは泥の海状態になりました。
幸いにも水は引いて、朝方から夕方にかけて、泥の撤去作業が続きました。
森上地域は3件の土砂災害とのことです。
また美しい栃尾の棚田「一之貝」の被害も大きいとの情報もありました。
棚田に限らず、農業従事者の高齢問題が大きな栃尾にとって、とても深刻な問題となっていくことだと予想されます。
今回の雨は栃尾の西谷地区を襲ったようです。
これからもっと多くの被害情報が入ってくると思われます。
とりあえずは、命の被害のなかったことに安堵しております。
皆様に大変ご心配をおかけいたしました。
またお電話やメールをいただきましたこと厚く、
御礼申し上げます。
2013年7月29日月曜日
栃尾の石積そして近づく盆さん
親に先立った不幸をわびて、賽の河原で石積み、それを鬼が出てきて崩してしまう。子供たちは指から血を流しながら休みなく石を積む。一年に一度、地獄の釜も休むという8月7日。石積から一日だけ開放された子供たちにかわって、子供たちの霊を慰めるため現世の人たちが石を積む。栃尾に伝わる、素朴で心あたたまる、民俗行事です。
この時期と同じくして、栃尾では盆さんという行事が8月1日~8月7日にそれぞれのお寺で
行なわれます。
本来は先祖の御霊をお迎えし、ご供養のための行事だと思われますが、
私は、大人になるまで、お寺様が年に一度、檀家さんに、朝ご飯を振舞う日と思っておりました。
その献立は栃尾の油揚げと野菜の煮物。お漬物にお味噌汁です。今のように、食べ物の豊富な時代ではありませんでしたから、栃尾の油揚げの煮物は
ふわりとした甘さが口の中にひろがるご馳走でした。
年に一度、祖母に連れられて行く、盆さんは、楽しくって仕方なかったことを
懐かしく思い出しております。
そして、石積の季節、盆さんの季節が近づくに連れて、生まれてまもなく、この世を去ったしまった
私の妹「まりこ」を思い出します。母が私に見せた最初の涙でした。どうして母が泣くのか3歳の私にはわかりませんでした。
今日の一番の笑顔
朝8時、豆撰では油揚げの準備、お店の準備、お掃除などあわただしい朝からはじまります。
お店を開くのは8時半です。
今日は8時ころ、若い方が3人お見えになられました。
大きな男性の方が「まだですよね、あげたてたべたいんですが・・・」と
私に、にこやかにお尋ねになられました。
「申し訳ございません、もう少し待っていただけますか?30分くらいかかりますから
秋葉公園あたりをお散歩してきていただけないでしようか」と私は、お願いをしました。
快く、ご理解をいただきました。
30分後に再び訪れて下さった若い3人のお客様
話をしていたら、大きな男性は栃尾の方でした。夏休みに入り、帰省していたのかもしれません。
そして、
3枚のあつあつの油揚げをお出しました。
お連れの方は、「いつも栃尾に来ると、豆撰によるんですよ。この油揚げが食べたくって」と
笑顔満点で、お話してくださいました。
若い支持者の方、そして地元の支持者の方に感謝感謝のはじまりでした。
30分も待っていただき、ありがとうございました。
そして、写真もとらせていただきありがとうございました。
お店を開くのは8時半です。
今日は8時ころ、若い方が3人お見えになられました。
大きな男性の方が「まだですよね、あげたてたべたいんですが・・・」と
私に、にこやかにお尋ねになられました。
「申し訳ございません、もう少し待っていただけますか?30分くらいかかりますから
秋葉公園あたりをお散歩してきていただけないでしようか」と私は、お願いをしました。
快く、ご理解をいただきました。
30分後に再び訪れて下さった若い3人のお客様
話をしていたら、大きな男性は栃尾の方でした。夏休みに入り、帰省していたのかもしれません。
そして、
3枚のあつあつの油揚げをお出しました。
お連れの方は、「いつも栃尾に来ると、豆撰によるんですよ。この油揚げが食べたくって」と
笑顔満点で、お話してくださいました。
若い支持者の方、そして地元の支持者の方に感謝感謝のはじまりでした。
30分も待っていただき、ありがとうございました。
そして、写真もとらせていただきありがとうございました。
2013年7月28日日曜日
10年後のやりたいこと
昨日は、いつも行く喫茶店で知り合いの方に久しぶりでお会いしました。
彼女は私と同年齢です。3人のお子さんを育てられ3人とも独立なさっています。
そして、彼女は自分の夢を実現して、一人で事業を始め、今も続けておられます。
私の尊敬する生き方を実現、実行なさっておられます。
その彼女に「夢を持って、自分のやりたいことをみつけてみたら?」と
助言をいただきました。
そこで、考えてみました。
今日、私のやりたいことは
仕事をして・・日曜日は平日に比べ、とても忙しいのでちょっと気合を入れて・・終わったら、
外食で生き抜がいいなと思いつつ・・義父母が寂しい思いをするから無理かなもしれない・・
半年後のやりたいことは
とにかく、今手がけている豆撰の油揚げレシピやHPなどの完成をめざして頑張ること
1年後のやりたいことは
頭の中で、思考回路が停止しました。ちょっととばして、
2年後のやりたいことは
油揚げカフェ?一日1組限定で、栃尾の油揚げを食べてもらい栃尾散策を楽しんでもらう仕事?
それとも、栃尾には本屋さんがないので本屋さん
それとも・・仕事が忙しい親御さんの代わりに、子供たちを預かる
いやいや、娘の住むイタリアへ行く
など・・どうも現実的でないことが頭に浮かんできました。
10年後の私のやりたいことは
世界旅行
やりたいことは、書いていくうちに、先に行けば行くほど可能性が薄くなっていくようです。
もしかしたら、やっぱり豆撰で若い人の邪魔になりながら、
お店にいるかもしれません????
そして、グダグダと日記代わりにブログを書いていいるかもしれない・・。
彼女は私と同年齢です。3人のお子さんを育てられ3人とも独立なさっています。
そして、彼女は自分の夢を実現して、一人で事業を始め、今も続けておられます。
私の尊敬する生き方を実現、実行なさっておられます。
その彼女に「夢を持って、自分のやりたいことをみつけてみたら?」と
助言をいただきました。
そこで、考えてみました。
今日、私のやりたいことは
仕事をして・・日曜日は平日に比べ、とても忙しいのでちょっと気合を入れて・・終わったら、
外食で生き抜がいいなと思いつつ・・義父母が寂しい思いをするから無理かなもしれない・・
半年後のやりたいことは
とにかく、今手がけている豆撰の油揚げレシピやHPなどの完成をめざして頑張ること
1年後のやりたいことは
頭の中で、思考回路が停止しました。ちょっととばして、
2年後のやりたいことは
油揚げカフェ?一日1組限定で、栃尾の油揚げを食べてもらい栃尾散策を楽しんでもらう仕事?
それとも、栃尾には本屋さんがないので本屋さん
それとも・・仕事が忙しい親御さんの代わりに、子供たちを預かる
いやいや、娘の住むイタリアへ行く
など・・どうも現実的でないことが頭に浮かんできました。
10年後の私のやりたいことは
世界旅行
やりたいことは、書いていくうちに、先に行けば行くほど可能性が薄くなっていくようです。
もしかしたら、やっぱり豆撰で若い人の邪魔になりながら、
お店にいるかもしれません????
そして、グダグダと日記代わりにブログを書いていいるかもしれない・・。
2013年7月27日土曜日
西谷小学校の子供たちから
先日、西谷小学校の3年生と4年生の女の子ふたりが
豆撰に職場訪問にやって来ました。
その時の二人の感想文を先生が豆撰に届けてくださいました。
感想文には、
工場の暑さやたくさんの油揚げ作り、そして油揚げを何回もかえす動作に驚き、大変な仕事だと書かれていました。
先生は、「私も豆撰さんに、こられて良かったです。おかげでおいしい油揚げが食べられました。」と言って下さり、油揚げと豆乳タルトなどを買っていただきました。
油揚げ作りを見ていただくことは、子供たちの貴重な体験だけでなく
豆撰にとっても、日ごろの苦労や努力を知ってもらえることで
なんだか嬉しい気持ちになりました。
西田小学校のお二人さん、先生ありがとうございました。
ふたりの一生懸命書いてくれた感想文はお店に貼っておきます。
たくさんの人から読んでいただきたいと思います。
豆撰に職場訪問にやって来ました。
その時の二人の感想文を先生が豆撰に届けてくださいました。
感想文には、
工場の暑さやたくさんの油揚げ作り、そして油揚げを何回もかえす動作に驚き、大変な仕事だと書かれていました。
先生は、「私も豆撰さんに、こられて良かったです。おかげでおいしい油揚げが食べられました。」と言って下さり、油揚げと豆乳タルトなどを買っていただきました。
油揚げ作りを見ていただくことは、子供たちの貴重な体験だけでなく
豆撰にとっても、日ごろの苦労や努力を知ってもらえることで
なんだか嬉しい気持ちになりました。
西田小学校のお二人さん、先生ありがとうございました。
ふたりの一生懸命書いてくれた感想文はお店に貼っておきます。
たくさんの人から読んでいただきたいと思います。
2013年7月26日金曜日
言い訳の正当化
野菜サラダに魚を焼き・・・いつもの油揚げ入り具沢山味噌汁を作り・・かぼちゃを蒸して
やれやれ・・リビングに廊下、玄関掃除を終えたところで
あらあら・・・・御飯のスイッチ入れ忘れに気がつく。
リビングで朝食を待つ義母に、「まだ6時です。6時半過ぎには御飯が炊けます・・待てなかったら、冷凍の御飯をチンしてください」と言う私。
電気釜のスイッチを忘れた事は謝らず・・
素直に「ごめんなさい、釜のスイッチ入れ忘れてしまって・・6時半過ぎますけど待ってください」といえない自分の心は憂鬱な雨雲のようです。
素直でない58歳の嫁。
素直にならなければと・・・反省です。
やれやれ・・リビングに廊下、玄関掃除を終えたところで
あらあら・・・・御飯のスイッチ入れ忘れに気がつく。
リビングで朝食を待つ義母に、「まだ6時です。6時半過ぎには御飯が炊けます・・待てなかったら、冷凍の御飯をチンしてください」と言う私。
電気釜のスイッチを忘れた事は謝らず・・
素直に「ごめんなさい、釜のスイッチ入れ忘れてしまって・・6時半過ぎますけど待ってください」といえない自分の心は憂鬱な雨雲のようです。
素直でない58歳の嫁。
素直にならなければと・・・反省です。
2013年7月25日木曜日
朝の音
私は築100年以上の古い家に生まれ育ちました。
台所と居間は一緒で、20畳くらいの広さでした。
その部屋には二階がありません。囲炉裏があり、天井の柱はすすで真っ黒でした。
もちろん、今のようにシステムキッチンなどありません。
古ぼけた大きな食器棚に、古い皿とお椀がぎっしり詰まっていました。
水は井戸からくみ上げて使っていました。
幼かった私は、この台所から、「トントン、とんとん」と聞こえてくる、
包丁の歌で、目を覚ましました。
目を覚まし、荷屋に行けば、糠釜から「ぽっぽぽっぽ」と湯気の音がします。
私は、おこげのご飯の炊けるのを今か今かと待っていました。
母の作る、ごはんと味噌汁とつけもの・・特別な日は栃尾の油揚げの煮物に
玉子焼き・懐かしい想い出・・・
そして、時が流れ夫の元へ嫁ぎ・・
夫は
「お袋が朝、飯作って、礼子が掃除をして、二人の会話と笑い声で、目が覚める、俺はこの瞬間がうれしいよ」
とつぶやいた事がありました。30年も前のことです・・・。
台所と居間は一緒で、20畳くらいの広さでした。
その部屋には二階がありません。囲炉裏があり、天井の柱はすすで真っ黒でした。
もちろん、今のようにシステムキッチンなどありません。
古ぼけた大きな食器棚に、古い皿とお椀がぎっしり詰まっていました。
水は井戸からくみ上げて使っていました。
幼かった私は、この台所から、「トントン、とんとん」と聞こえてくる、
包丁の歌で、目を覚ましました。
目を覚まし、荷屋に行けば、糠釜から「ぽっぽぽっぽ」と湯気の音がします。
私は、おこげのご飯の炊けるのを今か今かと待っていました。
母の作る、ごはんと味噌汁とつけもの・・特別な日は栃尾の油揚げの煮物に
玉子焼き・懐かしい想い出・・・
そして、時が流れ夫の元へ嫁ぎ・・
夫は
「お袋が朝、飯作って、礼子が掃除をして、二人の会話と笑い声で、目が覚める、俺はこの瞬間がうれしいよ」
とつぶやいた事がありました。30年も前のことです・・・。
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