暮の最終日曜日に先生は逝ってしまったそうです
今日は先生のお葬式でした。私の66年前の先生です。私も先生と同じ道を少し歩きました。
先生は96歳で天に召され棺の中では、羽ばたいて天に昇っているようでした。
父の同級生 父は先生より22年も前に先に逝ってしまったけど、きっと迎えに出てこの世もいいもんだと切切と訴えているだろう。
紅白を聴きながらこっくりこっくりを繰り返し夢の中で今年を振り返っていた。
今年の今日を忘れないだろうか
日日是好日
炉の季節になると(11月から始まるらしい)
お茶のお稽古もなんとなく「お茶」のお稽古気分が高まる。何故だろうか?お茶の世界とは縁遠い我が家であるが、子供にとっては大きな囲炉裏(子供の頃はひなたと言っていた。天井から下ろされている鍵様(長い竹に鉄瓶や鍋を吊るすもの)一般的にはどう言うのかちょっと思いつきません。忘れるのです、思い出せないのですね。そのひなたでお湯を沸かしたり。大根や頭(ズキの根っこ)を煮ます。味噌と鯖缶を入れ味付けをします。子供の味にはほど遠く青臭く大根は大根の味なのです。大鍋で煮るわけですから家族6人がそれを毎日食べました。数日過ぎてようやく平らげたと思うとまた母は煮ます。
役目がずいぶん違います。がなんとなく懐かしくて暖かい温もりを風情を炉のお点前に感じます。炭がおきて湯が沸くと釜なりがします。この音を松風ということを知る。そうそう孝子さんはこの季節になると「閑座聴松風」の軸をかけていたことを思い出す。同じ年のお茶の先生の教えを当時は素直に聞けない生徒だった。
亡くなってはじめて彼女こそ茶人だったと思う3年が過ぎていく。
日日是好日
一足早くお正月のお花を活けてみました。先生のご指導のもとです。
「先今年無事芽出度千秋楽」
まず今年めでたく千秋楽
残すところあと数日に「好日日記」に記されていたこの言葉を思い出しています。
自分の意識の持ち方次第でめでたくもあり、めでたくもない。現役引退で心の空洞はなかなか埋めることはできないが、それ以上に気がついたことがある。ひとり娘とその家族についての記憶がない。記憶喪失ではない。仕事と引き換えに家族の行動、何をしていたのかわからないのです。
70歳にして家族の素顔を知ったようなものです。これに似た事象の多いこと。はたして、まずはめでたく千秋楽を迎えていいのだろうか?
日日是好日
涙の種類は沢山あります。嬉しい時、悔しい時、悲しい時。昨日のフギュアスケートの男子3人の涙にばばさんも思わず涙する。
今朝
どうしても思い出すたびに涙が出てしまう。と呟くと、夫は一言忘れる事だと言う。
90歳の直木賞作家の阿刀田高氏のエッセイがテレビで紹介された。無理をせずに思い出しながら日常を楽しむのだそうだ。90歳にならないとそうはなれないのだろうか。まだ71歳はクヨクヨもする。こんなはずではなかった。もっと他にやることがあるはず。
年をとるのは嫌だけど90歳になったら自然に生きられるらしい。90歳になったら楽しくなるか?
日日是好日
今年の冬至は12月22日。一年で一番昼が短く夜が長い日
かぼちゃはなんきんとも言うらしく「ん」がつく食べ物をこの日に食べると「運」がつくらしい。
またこの日に柚子湯に入る習わしは邪気を祓うらしい。
好日日記にはやたらに二十四節気という言葉が出てくる。季節の移り変わりに野花の種類も変わりお点前も変わる。どうして覚えられないうちにお道具が変わるのか?やっと覚えた頃に変わるから、初心者にとっては難儀である。その難儀こそがお茶の世界かもしれない。繰り返されて次のその季節になると、おぼろげに思い出す。ピアノも同じである。譜読みができたからと言ってその曲が弾けるわけでもない。まして通しで弾くとなると緊張の塊である。指が震えて心臓の鼓動が聴こえて不安の大文字が頭の中で踊り。とにかくなんとか間違いを繰り返しても弾くことができたとしても、新しい曲に取り掛かると以前の記憶は宇宙の果てに飛んでしまって、しばらく楽譜とにらめっこをする。今度生まれる時は神童と呼ばれたいとある女優さんの言葉を思い出す。夫曰く神童に生まれていないのでできないのが当たり前とのこと!まったくその通りだが、
できてもできなくてもいいでしょう。残り少ない人生なのだから。柚子を見つけなくてはならない。
日日是好日
冬一年で最も昼の時間が短く、夜の時間が長くなる日です。2025年の冬至は12月22日です。この日を境に太陽の力が回復し、運気が上昇すると考えられています。
冬至は二十四節気の一つで、太陽が最も低い位置を通るため、昼の時間が短くなります。この日は「一陽来復」とも呼ばれ、陰が極まり陽に転じる節目とされています。
日本では、冬至に特定の食べ物を食べたり、柚子湯に入ったりする風習があります。
冬至とは、一年で最も昼の時間が短く、夜の時間が長くなる日です。2025年の冬至は12月22日です。この日を境に太陽の力が回復し、運気が上昇すると考えられています。
冬至は二十四節気の一つで、太陽が最も低い位置を通るため、昼の時間が短くなります。この日は「一陽来復」とも呼ばれ、陰が極まり陽に転じる節目とされています。
日本では、冬至に特定の食べ物を食べたり、柚子湯に入ったりする風習があります。
2025年の冬至は*12月22日(月)*です。この日にかぼちゃを食べたり、柚子湯に入ったりして、健康を願うのが一般的です。
日日是好日の続編 森下典子著「好日日記」
従姉妹がこの本を勧めてくれた。早速アマゾンで購入。本当に便利な時代になった。本屋にも行かず欲しい本が大抵翌日に届くのだから。
お茶のお稽古を始めて早5年目。それこそ若き時代に宗徧流那須先生の門を叩いたもののお茶のことはもちろん四季の移ろいや禅語になど全く関心を示さず、正座に耐えることで自分を鍛えてみようかと言う浅はかな気持ちだった。だからお茶の意味を全く理解できないうちにリタイアした。それから40年以上の時を経てもう一度お茶のお稽古をはじめたのです。年をとってからのお稽古はお点前の順序などはなかなか覚えられない。ましてお床の軸の読み方など覚えられるはずもない。毎年繰り返されるその季節にあったお道具や軸、お菓子にうら覚えの未熟者である。しかし覚えなくてもなんとなくでいい。私はそのなんとなくを楽しんでいるのです。
さて「好日日記」は教本ではなく、その直々に合わせ季節の変わりとお茶の魅力がわかりやすく挿絵とともに綴られている。人生相談日記のようにも感じられる。なるようになりますあなたの人生です。まだまだ急がなくてもと言っているようです。半分を読んだところで、今日はお稽古日です。冬至が近いのですっ飛ばして冬の候を読む。冬至について夫に尋ねると明石が基準だからこの辺は本当は10日ほど早いと教えてもらう。へーそうなんだ。知らなかった。
この一冊はどのページに飛んでもいいドラえもんのどこでもドア風の人生本のようだ。
日日是好日
ピアノをはじめて早4年目に入りました。レッスンした曲はさくらから悲愴、愛の讃歌、愛の夢などなど十数曲ありますが、レッスンの道のりと並行して人生の道のりもあります。ピアノに没頭できる日もあれば1ヶ月もピアノに触らないこともあります。それは娘家族のところに行くからです。イタリアは遠くて、ピアノはもちろんありません。家族と一緒の時間を優先すると個人的なことはおあずけになります。もう一つピアノを弾く気力が失われた理由は仕事を辞めたことです。無気力状態、絶望感。もうピアノも触りたくないと心は鬱。数ヶ月過ぎ私の心を救ってくれたのはピアノとお茶のお稽古でした。お茶につきましてたはまたの機会にしましょう。
さて、そんな中で課題曲ドビッシー「夢」を諦めず一年も練習してきた自分を褒めています。何度も楽譜を置きピアノの扉に鍵をかけてしまったりしました。が、ようやく譜読みと曲想がわかってきました。とはいえ、なかなか指が動いてくれません。ペダルを踏む右足のタイミングがぜんぜん合わなくて、流れが途切れたりまた反対に踏まずに次の小節へ翔ぶテクニックができないのです。練習を繰り返しているのにどうして私にはできないのだろうと落ち込むこともあります。それでも一生懸命頑張ればなんとかなると自分に言い聞かせて師走を駆け回っている老女です。そして寄り添ってくれた夫とN子に感謝しています。
日日是好日