2016年7月16日土曜日

余裕のない顔は情けない

ここ数日、義兄の葬儀にはじまり、事務仕事がたまりにたまっているのに
荷物作りで、手が回りませんでした。
その間に、数々の商談をこなさなければなりません。
余裕のない私の顔は
あきらかに、悪人の顔です。
話し合えばわかることを、上から目線で言われたように、皮肉ってとってしまう。
私の一方的な感情で、相手はさぞかし不快な思いをしたことでしょう。
反省です。60も過ぎて大人気ない。
私の真実を知ることもなく、その相手の奥様から一冊の本とお手紙が届けられました。
いつも、私のブログを読んでくださっている奥様です。
私が原田マハさんの本の感想を書いたこと、そしてモネの絵が好きなことを知って
届けられた本でした。もちろんその前に「読んでおられますか?」とお電話で聞かれていました。
優しい文字は真面目な性格を現わしています。
感情的な私と対照的な方です。
この歳になり、他人の、それも私よりふたまわりも年下の方に
教えられてしまいました。人の真心と気遣いを・・・・・・。

言い訳です。
忙しすぎて、正しい判断ができなかったのです。
日本の食品業界の弱いところです。
過酷な暑さの中、必死に頑張るスタッフに
適正?な賃金も払えないのです。
油揚げを値上げしたくても、なかなか踏み切れません。

保育園、介護士の賃金問題がニュースで流れていました。
それ以上に、食品会社、まして小規模なところは
申し訳ないと思う程度の賃金です。
その上、税金、年金の天引きで手取りの賃金はさらに少なくなります。
余裕もなく、賃金も低い、これでいいのだろうか
反省と疑問が残ってしまいました。

それでも栃尾の油揚げを待っていてくださる方々の
エールに支えられていることに、感謝感謝です。
ようやく、いつもの自分を取戻しつつ・・・・・・。

2016年7月11日月曜日

義姉の涙

義兄の通夜はとても多くの人たちが参列して下さり
びっくりしました。
人柄が偲ばれます。余計なことは言わない。いつも穏やかで
笑っている顔しか知りません。
67歳で現役で働いていたのも
納得です。
山の服と山の写真がたくさん棺の中に入っていました。

義姉の顔が震え、ハンカチで押える涙に
参列者のすすり泣きを誘っていました。

今日はお葬式です。
9時出発はバタバタしなくて、時間に余裕があります。

青い空に向かって咲いている
ムラサキクンシランの花は
まっすぐに伸び、優しくて人に好かれる「義兄の花」です。
この花が毎年咲く季節になったら
義兄を必ず想いだすことでしょう。

2016年7月9日土曜日

中学生、職場体験二日目、喜んだ事は?






二日目は工場見学からはじまりました。

3人とも三角巾にエプロン姿がかわいい。
社長について工場へ
豆撰では昔ながらの生搾り製法で豆乳を作っている話を聞き
大きな箸を使い、栃尾の油揚げを揚げる体験をして
私の仕事場に戻ってきました。
感想を聞いてみました。
「なんでも早いです」 と答えが返ってきました。
熟練、技、仕事の厳しさを彼らなりに学んだようでした。

その後は、難しい話はさておき
学校のことを中心にサザエおばさんとおしゃべり。
というよりもサザエおばさんの一方的な質問攻撃でした。
勉強はお得意でないらしい。私もそうだった。
そこで、一番好きな授業を聞いてみました。
声を揃えて
生徒たち「体育です」
サザエおばさん「あら、私と同じね。別にお得意ってわけではないけど
数学や理科よりずうっと楽しかったわ。その次は?」
生徒たち「美術です」
サザエおばさん「あらまあ、また私と同じね」
生徒たちは少し顔の筋肉が動きました。
そこで、突っ込みのサザエおばさん「ねえ、マンガ本読んだりとか映画とか観る?」
生徒たち「・・・・・・・。」
サザエおばさん「ゲームするよりもマンガ本読んだり、映画見た方が頭良くなると思うよ」
生徒A「俺、マンガ本よく読みます」
生徒B「僕、映画観ます」
もう、顔の緊張感は全くなく得意顔でした。

中学生のみなさんありがとう
栞、たくさん折ってくれてありがとう。シール貼りもいっぱい貼ってくれてありがとう。
評価は4段階と言うことだったので、どの項目も最高の「4」をつけました。
信じられないような顔をして
「ここに名前を書いてください」と、私は大きく名前を記入すると
ちょっと恥ずかしそうでしたが嬉しそうな顔になっていました。

2016年7月8日金曜日

七夕の夜に迎えが来てしまいました。

7月7日、夜7時過ぎ机に向かって仕事中
私の心臓が、小刻みに振れ、その瞬間胸に手を当てると
一瞬、暗闇に襲われ、
心臓病の再発かと不安になりました。

その直後に義姉からの緊急電話が入りました。
「危篤状態だと病院から連絡が入ったので・・・・・・。」

その後、バタバタと帰り支度をすると
再び義姉から電話
「病院には来ないでいいから、家に来てください」

義兄、義姉の家に急ぐ
家で待つこと1時間以上

布団を敷き、お供物のごはんの確認、片付け等を夫と共にしました。
その時、見つけたのは3月に入院したその時のままのカレンダーでした。

ようやく自分の家に戻った義兄は

眠っているようでした。
あの世にはまだ到着していないらしい。
魂はまだ現世に存在し、別れの時を静かに待ち
その顔は安らかで、人生を全うした満足感が漂っていました。

枕経のお布施のことから方丈様には「お茶の替りにコップ酒を出すように」と
細かく遺言していたそうです。

病院からの死亡届には
19時17分と記されていました。

私の心臓が振れた時間でした。

義兄の息子は豆撰で働いています。息子を頼むということだったのかもしれません。
そう考えると、涙が頬を濡らすのです。

2016年7月7日木曜日

中学二年生3人職場見学に








昨日に引き続き2日目の職場見学です。

市内の中学2年生3名、男子です。
事務所の脇を通り工場に向う瞬間
手を止め、私は大きな声で「おはようございます」と
挨拶すると、びっくりしたのか3人とも
昨日の10倍くらい大きな声で
おはようございます」とかえってきました。

それから社長に連れられ工場へ
豆乳の作り方
豆撰独自の製法「生搾り」の説明や
生地の作り方を熱心に聞いていました。
その眼は輝いています。
この体験を通して「ものつくり」の大変さと
栃尾の伝統食品に興味を持ち
栃尾の油揚げを伝え続ける大きな力になってくれること
願って・・・・・・。

さあ、今日一日何を感じてくれるのだろうか
楽しみです。

かれらの感想は次回に・・・・・・。

2016年7月5日火曜日

こんなに嬉しいことは久しぶりです。






「生きていて良かった」くらいの感激でした。

豆撰の駐車場に一台の車、ナンバーは姫路でした。
テーブルに座っておられるのは私くらいか少し年上かしら

「お客様、わざわざ姫路からお越になられたのしょうか?」と
お尋ねしてみました。
すると
「実は、20年くらい前に一度来ているんですよ、
翼の王国に豆撰さんの記事が載っていて、それで
あんまり、美味しい油揚げだったので、いつか家内を連れてきたかったんですよ。
やっぱり、来てよかった!美味しいよ」とおしゃべりが続きました。
私は20年も前のことを覚えていてくださったことに
もう興奮してしまいました。
「20年も前なのに、こんなに嬉しい事はありません。本当にありがとうございます」と
お礼を述べると
旦那様は
「実はね、この建物も気に入ってね、ケヤキがいいね」と豆撰の建物まで褒めていただきました。
話は弾みました。

奥様の嬉しそうな笑顔と優しい旦那様に
「写真を撮らせていただいてよろしいでしょうか」と
お願いしました。

ここ数日、滅入っていた気持ちにスポットライトが当たったようでした。
頑張ってきて、良かったとこみ上げるげる涙を抑えきれなくなりました。





2016年7月1日金曜日

やっと気がつきました。

どうして気がつかなかったのでしょうか。

父の命日は明日。7月2日です。
その日について想いをブログに、記憶をたどって書いて
読み返しているうちに
ようやく気がついたのです。

義兄の病状は芳しくなく
運命の日も近いようです。
私には何も出来ることがなく
ただただ、可哀想でなりませんでした。

義兄の悔いは、計り知れないと思うと
言葉が見つからなかったのです。

感謝の言葉がたくさん、たくさんありました。
大工さんだった。お店の厨房流し台、
実家の流し台、全部手配していただきましたね。
週に一度は、栃尾に来て義母、義父に顔を見せていただきましたね。
そうそう、
あの頃は、手作業で田植え、稲刈りでした。
みんなで応援に来てくれましたね。

いっぱい、いっぱい感謝することがありました。
兄さんありがとうございました。

明日、病院へ行って
感謝したことを
いっぱい、いっぱい話します。