2020年11月17日火曜日

なまえのないねこ

 


「なまえのないねこ」の絵本を

私たち姉妹に絵本セラピストのEさんが読んで

くださいました。絵本が山のようにある車庫の

上の一室。この一室は子供たちだけでなく

大人の癒しの空間です。だから私たち姉妹はそこ

に行きたくなるのです。

昨日もスープとパン

コーヒーと銀座にあるウェストのクッキーを

いただきました。はじめて食べました。

銀座のお話は私たちにはおとぎの世界です。

この居心地の良い場所に座り、次から次に

おとぎ話のような世界の話を聞くのですから

いつも時間を忘れます。

この日に読んでもらった絵本の

ねこはなまえがほしくてほしくてたまりません。

けれどそれ以上に人とお話がしたかったのです。

女の子にメロンという名前をつけもらって

一緒に女の子のお家に帰ります。

Eさんの飼っていたねこの名前もメロンでした。

とそれはそれは嬉しそうに笑うEさん。

次回はセロ弾きのゴーシュを読んでもらおうか

な?









2020年11月14日土曜日

再びおかあさんの被爆ピアノを観ました。

 劇場では2回目の「おかあさんの被爆ピアノ」。おばちゃんの思い出シーンと折り紙のピアノに込められた想いは重要なシーンであることに気づく。おばあちゃんの笑顔にあふれる愛情が感じられる。そしておばあちゃんの広島被爆者へと繋がる。その事実は戦争の悲劇決して二度とやってはいけない事を訴えている。戦後生まれの母からその娘に伝わっていく。ピアノの音色がそれを物語っている。ピアノが奏でるAve Maria、「生きる」のブランコシーンを思い出す命短しの歌詞、シャボン玉とんだ屋根まで飛んだなど被爆ピアノコンサートを聴いているような錯覚におちいってしまう。どの歌も命の大切さを歌っている。主人公演じる佐野史郎さんのラストシーン「このピアノの持ち主だった方の娘さんとお孫さんです」と紹介する場面はこの映画の意味が全部詰まっているのではないだろうか。

いつまでも伝え続けなければならない被爆の犠牲と平和への願いはこの「おかあさんの被爆ピアノ」を観ている人たちの心に刻まれる。

とてもいい映画だった。



2020年11月12日木曜日

儲かったお天気にありがとうお日様!

 




11月も半ば、新潟栃尾で晴れの日は少ないのです。今日は本当に大儲け、ポカポカお日様ありがとう!夫の囲い作業も進みそうです。

ドウダンツツジがお日様に照らされて、それはそれは綺麗にお化粧!囲いで縛られるのはちょっと可哀そうです。

「ドウダンツツジは来週にしようか」と夫の言葉に私もドウダンツツジも喜んで「やった」とピース。雪さえ降らなければ囲いの仕事もしなくていいのにね。

でも降るとき降らないと大変なことも多いのです。田んぼの中の虫が死ななくて稲の成長に害が出てしまいます。自然の恵みは大切な栄養になります。雪だって必要ということです。

大儲けの一日外に出たい気持ちを抑えて、お歳暮のご案内封入を頑張っています。来週には皆々様にところお届けいたします。







2020年11月9日月曜日

「あなのあいたおけ}を読む



久しぶりに

孫のために絵本を読みました。

「お父さんビデオ撮って」と夫に依頼。

私はどんな声で呼んだらいいかわからない。

絵本セラビストのEさんの真似が

できたらいいけど

とても難しい。

それでも頑張ってみるババです。

1週間に一冊読んだら1ヶ月で4冊に

なります。

もし続けることができたら、半年で24冊

一年で48冊。

目標は半年です!いえ、やっぱり1ヶ月に

しましょうか?




2020年11月8日日曜日

人生をしまう時間が教えてくれたこと

 若い叔母を看取り、続いて実父、

叔父を看取った

介護の日々を思い出さずにはいられない。

そして今療養生活をしている実母を思い浮かべな

がらこの映画を観させていただきました。

医師団の素晴らしい活動に尊敬の気持ちでいっぱ

いになります。

患者一人ひとりにかける飾らない言葉の中に人生

をしまう時間の手助けと愛情を感じる。


叔母は57歳だった。在宅介護を希望して

嫁ぎ先で叔父や娘息子の看護を受けていた。

そ日は私が泊まっていた。

「どうか入院したいからみんなに話してほしい、

私を病院に連れて行って欲しい」と私に訴える。

叔母は病院の一室で家族、親戚に看取られ永眠

した。実父もそれから数年後に叔母と同じこと言

った。叔父もそうだった。

在宅介護のギリギリまで家族と一緒に過ごすこと

ができ、最期の時間は病院を選んだ私の肉親たち

だった。

だから、その人の人生をしまう時間は

それぞれ違って当たり前だと思う。

このドキュメンタリーは人生をしまう時間の選択

方法を考えさせてくれているのだと思った。

そして

この映画を観た日が私の誕生日と重なったことに

不思議な縁を感じた。

人生をしまう時間までどれくらいあるのだろう

か?

その時が来ることを恐れていた自分だったが、

恐れるよりも生きている今を大切にしなけれ

ばならないと強く思って映画を観終えた。

そしてこの日の夜に続きがありました。

人生の先輩でお友達の方の絵本の読み聞かせと

馬頭琴の演奏です。

心に訴える悲しい物語「スーホーの白い馬」

語りの間と間に嘶く馬頭琴の音色は素晴らしく

感動しました。

人生をしまう時間まではまだまだ先のはず。

この感動をもっと探したいと思いました。

コロナが収束したらモンゴルの草原を

走ってみたい。

映画と絵本と馬頭琴という最高のお誕生日プレゼ

ントをいただき皆様ありがとうございました。





2020年11月7日土曜日

お誕生日に想う



 

 去年の誕生日は、さほど気にならずまた歳をとってしまったくらいに流して過ぎたけれど、

今年の今日は少し違うようだ。数字の魔術にかかっている。

66を四捨五入すると70歳である。今までは60代だから、

それなりにまだ若いと思っていた。

70代となるとまさに高齢者の感じがする。

まてまて

トランプとバイデンは四捨五入すると80代である。超高齢者だろうに!

人生の経験者であり、頭脳明晰な人たちのはずだが、その言動は3歳の孫より聞き苦しい。

あんな高齢者にはなりたくないものだ。


昨日、孫の顔を描いて見せたら、その似顔絵は自分でないという。

どうしてと尋ねたら「かわいくない」と答える。

二枚目を描いてみた。口を笑っているように大きくしたら満足顔で

「いいよ」と言われた。3歳にして自分の考えがあるのだ。

(娘夫婦は絵がうまいのですがババは下手くそです )

四捨五入しても人生100年時代だからあと30年はあるかもしれない。

つまりまだまだである。

先は長いようだ。


孫との会話を楽しみ、ピアノを楽しみ、お茶のお稽古を楽しみ、

私に出来る仕事を楽しみ 、ブログを書き、

なんだか結構忙しい自分に気が付いた次第です。




2020年11月5日木曜日

脳トレに励んでいます。2日目。

 30年前は確かに

ピアノを弾いていたはずだ。

それなのに真っ白になっていた。

真っ白でも、子供なら簡単にリズムをとって

弾くだろうに、このババの指は動かず楽譜と睨め

っこである。

それでも右手と左手同時に動かすことは脳トレに

なりそうだ。まるで百マス計算ができないような

ものだ。

それでもなんとなく楽しいのはなぜだろうか?

仕事も忘れて、集中できるからだろうか?

練習時間を取るために、今朝は

朝食作りは手抜きにして、新聞はパス。

今後はたし算をするたびに家事の引き算を

しなければならないだろう!