2013年9月11日水曜日

母と手をつなぎ歌う



里の秋
頬をなでる風に秋を感じる今日この頃です。
栃尾の山里を老母と廻りながら
口ずさむ歌・・

静かな静かな里の秋
お背戸〔せど〕に木の実の落ちる夜は
ああ母さんとただ二人
栗の実煮てますいろりばた

この歌の秘話を読みました。
終戦後、昭和20年「外地引揚げ同胞激励の午後」と題して放送されたそうです。
戦争が終わって、無事に本土の土を踏みしめた
兵士の皆さんを迎える歌だったそうです。
この歌をうたいながら、老母の手を引き歩くと
なんだか涙がこぼれてしまいました。

2013年9月10日火曜日

県民を守る信念

県知事の泉田さんのインタビュー記事を見つけ
読むと泉田さんの知事として、県民を本当に守らなければならないという
信念を感じました。
記事内容はhttp://iwj.co.jp/wj/open/archives/100574

今経済は2020年に開催決定の東京オリンピックに向かって
どんどん動きはじめているようです。
私も2回目の東京オリンピックを楽しみにしている一人です。
しかし福島の問題が一国のリーダーが世界へ向けて発信した東京オリンピックの
プレゼン内容で一番守らなければならない事は
「福島」と国民の命を守ることではないでしょうか
信念を一日でも早く行動実行して、国民、世界の人を安心させて
オリンピックへ望んでほしいと願うのは
日本国民、世界の人の願いだと思います。

そして、今の子供たちが夢をもち
政治に関心をもち
未来を作り上げてほしいものです。



2013年9月8日日曜日

1964年オリンピックを思い出す

1964年、東京オリンピック開催の年、私は12歳。
4本の細い足が支えるブラウン管つきの厚い白黒テレビを
一家6人で見入る。
テレビを前に、父の声は大きく、特に重量挙げの三宅選手に送る
声援はすごかったように思い出します。
バレーボールの金メダルは、スポーツ少女にとっては花形。
女子は、こぞってバレー部に入部していました。
スポーツは好きでしたが、
背が低いといういいわけとスポーツをやり通す根性のなさを今さら悔いても仕方ない。
はだしの王者アベベの偉業はすごかった。
東京オリンピックは靴を履いていたようですが・・・
ローマの時のエピソードは学校でも教えられ、その精神の強さを
子供心に感じました。
オリンピックの経済効果はすごいものがあったはずですが
子供の私にとって、東京オリンピックは強い根性を持つ事と
愛国心を教わったよう気がします。
今こうして思い出し てみると
あの時22歳の叔母はもういない、父もいない、もちろん明治生まれの祖母もいない。
一緒にテレビにかじりついた人がいない・・東京五輪決定の号外の歓喜に反して
なんだか妙に切なく涙がにじみます。
2020年の東京オリンピックは夫と娘夫婦と一緒にテレビを見たい
と7年後を想像しています。

2013年9月7日土曜日

介護の楽しみ方

昨日は朝日村へ
帰りの空き時間に、先日「夢コンサート」で買ってきた
三善英史さんの本「おかあさん、もっと生きて欲しかった」を読みました。

こんなに読みやすい本は久しぶりです。
本を読む時間の少ない私にとっては読みやすく、大きな文字は最高にありがたい。
一気に読み上げました。
それは三善英史さんの歌を聞き、彼の人柄にふれたからです。
そして、今私も彼のたどった道を歩いているからです。
今日は仕事が気になって仕方なかったけど、若い人に任せ
私は実母を連れて、コスモスでも見に行こうかと思っています。
介護の名前をかりて、ちゃっかり私も私探しをしたり、休息を楽しもうとしているのです。

写真は昨日の朝日村です。


2013年9月6日金曜日

朝日村へ

豆撰で使っている大豆は新潟産100%です。
産地は平成22年から始めた地元栃尾産大豆と創業以来変わらず使っている
朝日村の大豆の2種類のみです。
どちらも、有機肥料を主体に安心と安全な豆作りに取り組んだものです。
今日は長年、おいしい豆を作っていただいている朝日村へ行ってきます。

おいしい栃尾の油揚げ作りの原点は
畑を耕し、豆作りをしてくださる農家の方々のおかげです。
農家の方々への感謝のきもちをお伝えする事、
そして、今年の収穫状況を 把握する事は栃尾の油揚げ作りに欠かせない仕事のひとつです。

2013年9月4日水曜日

熱き心に

昨夜、長岡市立劇場にて 「夢コンサ-ト」を観劇。お芝居と歌の2部構成でした。
往年のスター、小林旭さん、松方弘樹さん、浅岡ルリ子さんたち大勢の方が出演されていました。
なつかしい歌声に耳を傾け、隣席は同年齢ですが、知らない人たち。なのに、
待ち時間、休憩時間には楽しくおしゃべり・・
これは同年齢という「安心」の切符を手にしているからでしょうか
そして、舞台では、私より10歳も年上なのに若々しい芸能人の皆様でした。
余裕で自分のお仕事を楽しんでいるように感じてきました。
私も10年後は「仕事」を楽しむ余裕のある人生をおくりたいものです。

2013年9月2日月曜日

育児放棄〔ネグレクト〕


保育園に勤め始めた頃、30年以上前でしょうか

母子家庭、父子家庭の子供たちの中には
お風呂に入れてもらえない、朝ごはんは食べさせてもらえない
もちろん洋服は着替えない・・こんな状態の子供たちは
とてもかわいそうでした。
お母さんが恋しくて恋しくて、お母さんのぬくもりがほしくて
いつも私のそばを離れなかった記憶があります。
今に比べたら、問題の度合いが違うかもしれません。
その頃は、育児放棄という言葉で子供のお父さん、お母さんを批判するより
「お父さん一人だから大変だよね 」と親を気遣って
いろいろなアドバイスをしていたようです。

その子供にとっては大切な大切な親なのです。
親に笑顔がなくても、保育園へのお迎えがどんなに遅くなっても、子供は
小さな体全身でお迎えを喜んでいました。

最初から放棄しようと決めていたわけではないはず・・
相談する人も、頼れる人も、友達もなく・・だんだん「どうでもいい 」から放棄が始まって行く。
育児放棄という大きな問題にならないように
転んだら「大丈夫?」と声をかけてやる、大人も子供も老人も大丈夫?の一言を待っているのではないでしょうか。