2015年2月21日土曜日

緊張の一日


昨日のNHK取材に出演したお調理上手な二人は手さばきはよく、
お料理が得意なお二人さん 、ところが苦手なことはおしゃべりです。
緊張のあまり、言葉が出ません。
時々、私の顔を見て、助けを求めます。
撮影終了後の安堵の顔は憔悴仕切っていました。
緊張でコチコチだった撮影ですが、気取らない温かさは、
皆さんに伝わると思います。
2月24日午後6時10分NHK新潟ニュースの中で放送予定です。
是非ご覧ください。

2015年2月19日木曜日

明日はテレビの取材があります















明日はNHK新潟テレビの取材があります。
番組名「新潟ニュース610」
コーナー名「産地の晩ごはん」

県内各地の食材の作り方の秘密や、こだわりの製法を紹介する他、その食材を
使ったオススメのレシピを紹介する番組です。

早速予行練習をしました。
NHKさんの希望レシピの再現です。
4点の予定、その中のひとつ「サクサク栃尾の油揚げコロッケ」を作りました。
新人スタッフを含めみんなで早速試食です。
それぞれが「美味しい」「イケます」と笑顔満点。
さて、明日はどうなることやら・・・・・・。

皆様に一足早くレシピをお知らせいたします。

番組放送日時はわかり次第お知らせいたします。




2015年2月17日火曜日

冬を探しにこられた人

日曜日は曇り空でした。
東京からわざわざ、栃尾の冬がみたくてお出でになったそうです。
天気予報は雪だったから、これはいいぞと栃尾に着てみたら 、
雪は降らず、吹雪もなく、がっかりされておられました。
60回も、この栃尾の冬を見てきた私は
「冬は苦手です」とつい口にしてしまいました。
でも、冬が見たかったお客様の気持ちを考え
「来年は1月にお越し下さい。降り積もる雪が見られます」と
慰めました。
油揚げと守門揚げ、バーガーを召し上がって帰られたお客様を見送りながら
冬は春の前、冬が来なかったら
あたたかい陽だまりも、鳥の詩も、風の語りも
想うことができない・・・・・。かもしれない・・・・・。
こんな写真を期待していたのかな?



2015年2月16日月曜日

自分の中の予定変更の意味

少し疲れが溜まっているのか
早起き、朝活が苦にならない私でしたが
今日ばかりは朝活に大きな言い訳を作ってしまいました。
朝食と簡単お掃除を終えた後に
体重増加の危機を感じ
先週から以前やっていた「カーヴィダンス」の再開を決意したはずなのに
時計の針が6時30分を指しても、動かない私。
朝は、こんなに忙しいのだから、仕方ない。今日からカーヴィダンスは
夜の予定に変更 しようと、
私ひとりの問題ですから・・・・・・。
簡単に予定変更を決めている自分に懺悔。

写真は屋久島の無農薬栽培の「たんかん」です。
豆撰のお豆腐がないと生きられないとおっしゃってくださる
静岡の70歳から80歳くらいのお客様から
「新潟じゃあ、たんかんはないでしょ、ビタミンをとってがんばって
美味しいお豆腐と油揚げを作ってくださいね」 と毎年贈っていただいております。
皮はジャムにします。
味は、甘くて、ちょっとすっぱくって「からだにいい」感じです。
どうずり(なまけもの) な私の脳を活性化してくれそうです。

2015年2月14日土曜日

2泊3日の仕事と読書と観光3

2月11日、宮島を後に
東京へ急ぎます。東京に向かう電車の中では
もちろん、先日からのつづき、村上春樹著「海辺のカフカ」の読書です。
大鳥居が海に浮かぶ何とも言えない神のいる世界は
「海辺のカフカ」に登場する、ナカタさん、佐伯さん、さくらさん、星野さんたちが
小説の中では現実なのか、カフカが想像しているのか。
最後まで読み終わっていない私の想像はますます膨らみ、
もしかして、私は宮島「厳島神社」に行ったことも
この本を読み始めたことも
最初からわかっていたことかもしれないと妄想して読んでいました。
すると、
隣の席で読書をしていたはずの娘が
「お母さん、富士山だよ」と弾んだ声。
窓の外に映る富士は1月に日本平で見た富士をはるかに超える
大きさで私たち親娘を喜ばせてくれました。
「今まで観てきた富士で2番目に美しいよ」と私は
娘に呆れられるほど、何度も歓喜の言葉を繰り返しました。
ここで読書は一休み。
東京について、東京駅で食事をしました。
それには、理由があります。いつも私のバックアップをしてくれている
青年と娘の初対面を図るためです。青年と娘は私にとって
とても、とても大切な人だからです。
私が大切に思っている人同士が、FBだけのお付き合いでなく
お互いに顔を知り、良い関係を保ってほしいからです。
小説の中でも、登場人物同士が目には見えない糸でつながっていく、そんな感じでしょうか。
3人で楽しくおしゃべりして、美味しいものを食べ
また会うことを約束して、駅の改札口でわかれました。
この時,青年からサプライズをいただきました。
記念に娘夫婦にとふたつのお茶碗。

私には「逆バレンタインだよ」とチョコレートの
プレゼントいただきました。
さあいよいよ広島の旅は終わります。
東京から長岡間では読書の続き・・・・・・。
そして、今日は土曜日、娘はイタリアの家族のもとに
私は、結末が気になって仕方のない「海辺のカフカ」を読み終わる。
旅もいい。読書もいい。
そして、私は私である。


とても、とても嬉しかった。


2015年2月13日金曜日

2泊3日の仕事と読書と観光2

「海辺のカフカ」を読むことは、朝早く目が覚める私には
ビジネスホテルで何も出来ない個室の中で
有意義な時間を使うのにもってこいでした。
カフカは家出をして、高松でいろいろな人に出会う。
想像の世界なのか、夢なのか現実なのかは私にはまだわからない。
ほぼ、この上巻を読み終えた後に
世界遺産「厳島神社」に向かう。
フェリーから見えてくる大鳥居は何だか私が思っていたより
小さく見える。少し気持ちの中で「これなの?」と沈んでしまいます。
すると、カラスが頭の上でささやく
「想像の世界と現実の世界のちがいでしょう、あなたはまだ目の前で見ていない」と・・・・・・。
さて、フェリーを下り、人の流れにそって歩く
朝9時半、陸の上に建つ大鳥居はカラスの言った通りです。
奈良の大仏とほぼ同じ高さの大鳥居は静かな細波を後ろに
壮大にそして、幻想的である。
平殿に入ると、紀元節の祭りが厳かに.行なわれていました。
雅楽の調べは心に和をもたらし、宮司たちの古式にそった、お供え物の数々。
御供えが終わると「舞」が 始まりました。
この場面から私はもう妄想の世界です。平家の時代に行ってしまいました。
私の前の踊り子は祇園女御となり、もしかしたら清盛は
本当に白河上皇とこの祇園女御の子供だったのではと想像している私。

仕事で広島に行った私にとって、この宮島への観光時間は短く
4時間です。幻想と妄想の世界はこれくらいにとどめ、千畳敷、五重塔へ駆け足です。
千畳敷は秀吉時代に遡りました。柱、彫り物、広さ、建物を外から眺めると、
京都の清水寺を連想させました。
そして、床の一枚一枚に何千何万何百人の足跡が残されていました。
床の木目の磨り減った窪みにそっと手をふれると、戦国時代に歩んだ人の魂の足音が聞こえてきます。
宮島の町を廻る時間はなく
ここは現実、今のうちに「アナゴ飯」をどうしても食べてから帰らなければなりません。
厚い木のふたつき丼には柔らかいアナゴがのせられ、上品な味になっていました。
私と娘は大満足。
時間を気にしながら帰り道を急ぎました。
目の前の大鳥居は海に浮かぶ。この光景には「世界遺産」を強く感じました。
本当はこの世界遺産をゆっくり堪能し、私の妄想世界へ入りたかったのですが
フェリーの出発時間は早く、妄想は中断。
駆け足でフェリーに乗り込みました。
続きは次回へ。

2015年2月12日木曜日

2泊3日の仕事と読書と観光1

広島には仕事で行きました。
上越新幹線から東海道新幹線へ乗り継ぎ6時間の長い電車の旅が始まりました。
日頃読めない本の上下2冊を持ちこみました。

本の中には「ナカタさん」という猫語が話せる人が繰り返し登場してきました。
仕事先は広島の郵便局さんです。
説明会場に着くと、塀の上に「ナカタさん」のお友達猫が乗っているではありませんか。
私は早速猫さんに御挨拶、私も今回持参した本に出てくるナカタさんのように少し
猫語が話せるような気がして・・・・・・。
「あなたは海辺のカフカから抜け出していらっしゃったのですか?」
そっと近寄ると、私の言葉がわかったのかどうか、逃げることなく
私と目を合わせ、
「いやあ、まあね、あんた新潟から来たのかい、ご苦労さんだね」と
私かデジカメを取り出すと、「私は写真は嫌いだよ」とあっちを向いてしまいました。
この写真の猫さんとの挨拶が終わってから会場に入りました。
仕事の事はとても、とても大切なことですが、ちょっとここでは省略いたします。後ほど
書かせてもらいます。
本は電車の中で上巻の2/3ほど読み終えていました。
さて、広島といえば原爆ドームです。一番最初の見学地でしたが
なんと、改修中でした。
ドームの前に資料館へ
この資料館はとても、とても怖くなり、恐ろしくなり
途中で観光案内ガイドのテープを切ったり早送りしたりしました。
何故なら、資料館のなかで「白血病」になってしまった写真が
私には、切なくとても人事に思えなかったからです。被爆者の体の
斑点模様が痛々しく目には入ります。そして、亡き父を思い出し胸が苦しくなりました。
原爆投下の時、広島にいたわけではありません。 父は当時15歳くらいでした。
その父が74歳で命を落とした、その原因のひとつが
「悪性リンパ腫」だったのです。
写真の斑点と父の斑点がどうしても重なり離れません。
一緒に同行した娘は「どうして、お母さんは妄想するの、全く関係ないとは言わないけど」と
叱られましたが・・・・・・。目に見えない放射能はきっと父の体を蝕んだ1つであるかもしれない。
それから、資料館を進むに連れて、原子力の威力や投下してしまった国
その他、戦争、テロなどのことが頭の中にいっぱいになり、パニックの海となりました。
続きは次回へ。