2026年10月19日月曜日

ハミングツアーで大事件

お日柄も良く、紅葉狩りを満喫した一日でした。ところが、私たち老夫婦にいつものように(いえ、いつも以上に)愕然とする出来事が起きたのです。

荒川サービスエリアのトイレに立ち寄り、バスに戻ったときに事件が発覚しました。慌てて添乗員さんを呼び止め、ことの次第を説明します。バスの中には45名ものお客様がいらっしゃいます。夫は小さな声で事情を説明し、私も驚きと怒りに近い感情で、大きな声を出したくても出せないまま車内に佇んでいました。

そんな私たちを乗せて、バスは走り続けます。添乗員さんはすぐに携帯で管理事務所に電話をしてくれました。息を呑みながら結果を待つ間、夫は生きた心地がしなかったことでしょう。しばらくして、私の携帯が静かに震えました。画面を見ると、末尾が「110」の番号。警察からです。なぜ私の携帯がわかったのかも、丁寧に説明してくださいました。

「はい、妻です。ただいま旅行中でして……。今日は取りに伺えませんので、明日伺います。お礼もしたいので……」

日本は本当に素晴らしい国です。届けてくださった方は、お名前も告げずに立ち去られたとのことでした。そういえば私も25年前、沖縄でタクシーにバッグを置き忘れた際、ホテルに無事届いたことがありました。改めて日本という国の素晴らしさを実感するとともに、私たちはなんて幸運の持ち主なのだろうと、すべての人に感謝しました。まさにバスの中で起きた、我が家の「踊る大捜査線」でした。

事件も無事に解決し、バスは丸池様へ。湧水の池はエメラルド色に輝き、湧き出る水が美しい波紋を作っています。まわりの木々はおとぎ話の魔法にかかったように手足を広げ、今にも池を歩き出しそう。ひょっこりとその陰から7人の小人が出てきそうな、小さくも神秘的な池でした。

鳥海山五合目では、赤いナナカマドの実が珊瑚礁のように輝き、青い空と調和してまるで「山の宝石」のようでした。標高2,236メートルの鳥海山は、富士山の如く悠々と聳え立ち、私たちを出迎えてくれます。そして左手には日本海、遠くには小さな飛島が見えます。山にいながら海まで見渡せるなんて、なんと贅沢な旅でしょうか。

日日是好日

2026年10月16日金曜日

熟柿 これでいい

 これでいいのです。

人生の道は自分で選びその道をまっすぐに歩く人もいるでしょう。

でも大概は環境によって道は決まるような気がする。政治家の子は政治家になり、医者の子は医者になり親の職業を継ぐことが定められた道のように。あぶらげ屋の子はあぶらげ屋になるように。

突然の事故により人生の道が180度変わってしまうこともある。

読みはじめから底なし沼のようにどんどんとぬかる道を歩く羽目になっていく主人公のかおりさん。たった数秒の出来事で人生は狂ってしまう。もちろん望んでなんかいない。小さな命を宿していた、かおりさんは数秒前までは女性としての最高の幸せを感じていたはずだったのに。

人を跳ねてしまったことから人生の歯車は狂いはじめる悲惨な道を歩くかおりさんに小説と現実とが交差して、なぜなぜと私自身がかおりさんに乗り移り、不安と恐怖心で頭がいっぱいになってしまった。テレビや映画と違う読み手次第の想像力の発揮は読書の醍醐味だろうか?

17年の長い年月の中、我が子に対する母性愛はどんどん膨らみ、我が子のためにだけ働く姿に、神様許してあげてください。助けてあげてください、と祈りながらページをめくっていました。

ひき逃げとは私の想像を遥かに超えた罪と罰。悲しみと離婚を強要したかおりさんの夫に深い怒りを感じまる。本当の愛はなかったのか?

幾多の困難の末に我が子との再会場面もなかなか難しい問答が繰り返されていた。それでも血の通った母は母であり目には見えなかった糸で結ばれていたのでしょう。夫の不正心を知ることでひとりで背負った罪と罰は熟柿していく。17年と言う長い年月を思い願った我が子との再会、かおりさんの全てを受け入れてくれる男性の登場に読者である私も救われたような気持ちになりこれが熟柿の意味だったのかと読み終えて胸の苦しみが薄れていく。

日日是好日



2026年10月12日月曜日

豆撰大感謝祭

 恒例の豆撰感謝祭が10月10日より始まりました。

初日はおぼろすくい 2日目は煮付けあぶらげすくいを楽しんでもらいました。

晴天に恵まれたこの2日間はお客様の笑顔が満開でした。作り手も笑顔です。

皆様のおかげです。感謝感謝です。今日は特大あぶらげ無料サービスの日です。

皆様のお越しをお待ちしております。

日日是好日


2026年10月9日金曜日

駒ヶ岳ロープウェイに乗って

 10月に入った途端に朝の気温の低いこと。半袖から長袖に変えてもまだ寒く台所のエプロンは袖のあるかっぽう着にしました。

今日は10月6日 ハミングツアーで中央アルプス「千畳敷カール」へ。朝3時半に起きおにぎりと卵焼きを作りました。コーヒーを淹れポットに。ペットボトル、プラスチック製品は極力使わない、なるべくゴミを出さない精神に近づく努力をしているのです。

6時半に家を出発。長岡高速道路専用駐車場に車を置き、テレビを見ながら朝食タイム。車の中でテレビを見るなんて便利な世の中になりました。

ハミングバスは高速を走る。空は灰色雨雲が覆っています。いつまでも薄暗くて旅行気分は低迷。夫曰く「長野は晴れる」とスマホで確認しています。これまた便利な世の中になりました。刻一刻と天気予報を調べることができるのですから。

ランチは駒ヶ岳ロープウェイ手前で信州牛、豚、鳥肉のすき焼き。鍋の恋しい季節にぴったりのランチ。それにしても、あの猛暑はどこに行ったのかこれも便利な世の中の弊害でしょうか。(温暖化)

ロープウェイまでは路線バスに乗り替えて。しらび平駅(標高1662m)まで、曲がりくねった狭い山道です。山側には大きな石や崩れ止めの網がところどころ見られて、まるで危険地帯です。ここで地震が起きたら我々は全滅だとちょっとだけ脳裏をかすめたのは私だけだったかしら。

しらび平駅から7分30秒間のロープウェイに乗って千畳敷駅へ向かう。途中は白いおばけに見舞われ、あたりはまたもや灰色の世界。これでは紅葉を楽しめやしないと心まで曇ってしまいました。ところがです。あの狭い空間でほぼ40人が声を揃えて「わー」の大合唱です。白い煙はスーッと流れて宝剣岳(2931m)の峰々が手を広げ「ようこそ」と迎えてくれたのです。緑と黄色と赤のキャンバスです。幸せと感激を一度に味わってワクワクしました。

千畳敷カールを約40分足らずで一周、まだまだ歩けるではないか。

もし機会があればてっぺんまで登りたいと思ったほどです。

日日是好日

2026年10月2日金曜日

最後の忠臣蔵

 年末になると必ず「忠臣蔵」番組が放送されます。なんとなく古めかしい感じがしていましたが

今回は年末ではありませんが主演役所広司さんの名前に誘われて拝見しました。


『忠臣蔵として有名な赤穂浪士の吉良邸討ち入りでは46人が主君に殉じ切腹するが、二人の男が生き残った。討ち入り前日に逃亡した瀬尾孫左衛門(役所広司)と、討ち入りを後世に伝えるため逃がされた寺坂吉右衛門(佐藤浩市)。正反対の運命を背負う二人が16年ぶりに再会。瀬尾はなぜ討ち入りから逃げたのか、寺坂は元同志が抱えてきた秘密を知る。

『四十七人の刺客』などで知られる池宮彰一郎の同名小説を、テレビドラマ「北の国から」シリーズの演出を手掛けた杉田成道が映画化。赤穂浪士の吉良邸討ち入り事件で大石内蔵助率いる四十六士が切腹して主君に殉じた中、ひそかに生き残った二人の男の知られざる物語を描く。討ち入り前夜に逃亡した瀬尾孫左衛門に役所広司、討ち入りを後世に伝えるため逃がされた寺坂吉右衛門を佐藤浩市が熱演。そのほか山本耕史、笈田ヨシ、伊武雅刀、安田成美ら演技派が脇を固め、『赤い糸』の新鋭、桜庭ななみも名を連ねている。』公式サイトよりコピー


あらすじは先の読める淡々とした展開ですが、映像に惹き込まれるのは、やっぱり役所広司さんの存在感の凄さだと思います。蔵之介の忘形見を演じた庭場ななみさんの凛とした振る舞いと武家娘として育てられた品格の中に優しさと強さが程よく似合っていました。また終盤に登場した田中邦衛さんのくしゃくしゃの顔に居心地の良さみたいな、ホッとする暖かさこそ天才的な持ち味だとあらため感じます。まだまだご活躍されるはずと思うと込み上げてくるものがありました。俳優さんは亡くなっても画像はいつまでも残り、映画の中で生き続け感動を与え続けてくれます。そして羨ましさえ感じるのです。

この映画のラストシーンは苦手ですがその前の赤ん坊の時から育て上げ、寄り添ったシーンがこの映画の中で一番私の心に残りました。そして、使命だけでは育てられない深い愛情物語だと私は感じております。

日日是好日


2026年9月28日月曜日

ピアノレッスン日

 月1のピアノレッスン日

6人の仲間たちはソプラノ歌手熊谷真梨子先生に学んでいます。

先生は我が家に出張して来てくださいます。10時からはじまります。私は、お掃除を済ませ「よーし練習しようか」とピアノに向かったところに「ピンポン」の音。すぐに一番バッターのMさんとわかります。「ちょっと早いけど練習させて」続いて2番バッターTさんも「ちょっと早いけど練習させて」と練習していない私を含めて当日練習をしようと涙ぐましい努力をする3人の生徒。ところがです。この3人、練習はそっちのけで1ヶ月分のおしゃべりに傾き練習もしないうちに先生がお見えになった次第です。

その後は順調に6人のレッスンは終了しました。まだまだ日があると鷹を括っていると、1ヶ月はあっという間に来てしまいます(何十回も、いえ4年以上の経験です)

レッスン途中もレッスン後も、老人生徒たちは口を揃えて「いいのよ、楽しければ、いまさら」と反省や向上心よりも年齢を武器に言い訳するのです。

レッスン後はおしゃべりランチの時間です。この日はミートソースのパスタと栗ご飯。ミートソースは野菜がしんなりしたら10分くらい煮込むとレシピ通りしたのですが、みじん切りにしたニンジンがすこし固めでした。やっぱり味見をきちんとすべきだったと反省。栗ご飯は栗を前日茹で、これは固茹ですべきところちょっと、いえ、ずいぶん柔らかくなりました。そこで栗だけを醤油と味醂で絡めサッと煮ておき、もち米を炊いてから栗を混ぜることにしました。これは怪我の功名で成功。夫から「うまい」と久しぶりのお褒めの言葉を頂戴いたしました。

70点ランチでしたがみんなの笑顔とおしゃべりで80点くらいに上昇したランチタイムでした。

日日是好日





2026年9月26日土曜日

湯けむりの宿 雪の花

 近すぎて越後湯沢に泊まる機会はなかった。

畑仕事の合間をぬってここ「湯けむりの宿 雪の花」に無事に到着する。

無事というと大袈裟のように聞こえるでしょう。

それには実は

まだ陽が昇る前の朝一番の仕事「冬瓜」収穫に行きました。冬瓜は来月の豆撰恒例の大感謝にプレゼント用として作っています。たった一本の苗からこの日までに230個は収穫しました。まだ30個くらい畑でゴロゴロしています。さて、今日の仕事はここまでと思ったところで「お父さん、今日の越後湯沢の泊まるところは何と言ったっけ?」と私が夫に訊ねると「なんだっけ、湯けむりとかなんとかじゃあなかったか?」とふたりとも宿泊旅館の名前を覚えていない。もちろん私のことです。メモを取るはずもなく、仕方なくちょっと慌ててスマホを開く。「越後湯沢 懐石」と検索すると「湯けむりの宿雪の花」が何ページ目かに出て来ました。これかもとなりまあまあ良しにする。なんとなくネットに映った「雪の花」の看板に見覚えがあったからです。

すったもんだはあったもののなんとか無事にお宿に着き「多田様ですね」と確認された時は胸を撫で下ろしました。

そして帳場で聞かれたことは「夕食のお時間は18時と20時どちらにいたしますか」私は、即答20時と応えたのです。私の頭の中の計算機は20引く12は6時となっていました。そうです海馬が萎縮しているのでしょう、どうして6という数字が正しいと打ち出されたのか摩訶不思議でした。

木のお風呂は心地よく畑仕事の疲れも取れいよいよ夕食です。いそいそと夕食会場に行ったわけですが、6時の予約には多田は無し。ああ!やった!20引く12は8だった。というわけで夫はカンカンに怒り百回以上と思えるほど私を責め立てるのです。私は千回以上と思えるほど謝って、缶ビールとおつまみを与え宥めすかし2時間をお部屋で過ごしました。

お夕飯は懐石風です。折敷からはじまり、焼八寸とゆっくりとお料理を楽しむことができました。8時まで時間があったのでサービスの3色だんごをいただいたせいでいつもよりもお腹がいっぱいになって、ダイエットはまたまた中止せざる得なくなりました。

朝のお風呂では湯けむりが行燈の灯りでうっすらと映ります。

湯けむりと雪の花の文字に偽りなく癒しのお宿でした。それからお宿からちゃんと返信メーセージが届いておりました。トホホホホ。

日日是好日




2026年9月25日金曜日

親愛なる八本脚の友達

【アメリカの作家シェルビー・バン・ペルトが2022年に発表したベストセラー小説を原作に、水族館で働く孤独な老婦人と、高い知能を持つミズダコ、人生に迷う青年が織りなす交流を描いた人間ドラマ。

海沿いの小さな町に住む老婦人トーヴァは、町の水族館で夜間清掃員として働きながら、かつて家族と一緒に住んでいた家でひとり暮らしを送っている。孤独を抱える彼女にとって、職場で飼育されているミズダコのマーセラスは大切な話し相手だった。そんなある日、キャメロンという青年が、ある人物を捜しに町へやって来る。車が故障し修理代が必要になった彼は、足を怪我したトーヴァの代わりに水族館で働くことになり、トーヴァや町の人々と交流を深めていく。】ここまでの文章は忘れないためにコピーしました。

タコは海に戻って死を迎えたかった。水槽から脱出。その手助けをトーヴァがする。バケツにはキャメロンが水槽に投げた母の残してくれた指輪が残っていた。それはトーヴァの亡くなった息子のものだった。つまりキャメロンはトーヴァの孫だったのだ。

センチメンタル的な人情童話のお話が心を和ませてくれる。70歳を過ぎたら、どうも忘れることが多すぎて自分で自分が嫌にいなる。

映画のタイトルはもちろん、小旅行に限らず日々の行動の記憶もままならない。上高地の地名が思い出せなかったり、昨日食べたものはまだ覚えていますが。記憶を司る海馬が狂い始めているのでしょうか?

娘の送ってくれた認知症予防にココナッツオイルがいいとか?とりあえずAmazonで購入する。

日々是好日 

2026年9月17日木曜日

曼珠沙華が映してくれました

曼珠沙華

彼岸花とも言う曼珠沙華が天を仰いで懐かしいセピア色の映画を映してくれました。


彼岸花の咲く頃は稲刈りの真っ最中です。父の引くリヤカーには稲がいっぱい積まれています。3メートル、いえそれ以上だったかもしれません。だって電線に私の小さな手が届きそうになるのです。しっかりと紐で縛られた稲の大山の上に上ると手を伸ばせば柿の実も取れそう。何よりも空が近くなって心臓がドキドキするくらい楽しいのです。夕焼けの空にはカラスたちが家路を急いでいます。

するとリヤカーを押す母が歌います。「からなぜなくの、カラスは山に.......。」母はいつも童謡を歌ってくれました。父がリヤカーを引き母が押す、私は高台に上っています。幸せの記憶。


日日是好日

2026年9月12日土曜日

世界の中心で愛をさけぶ

 2004年公開の映画です。22年前という事は私は50歳の時です。朝から晩まで、寝ている時でさえ仕事中心の生活だったから、大好きな映画もこの頃は観られず。そんな昔を思い出しながら大沢たかお主演「世界の中心で愛をさけぶ」を観ました。

今では豪華キャストの初々しい、まだお尻に青さが残っているような若い新人俳優、森山未來さん、長澤まさみさんの演技は心が透明で嘘のない物語を作ってくれたような気がしました。

また懐かしいベテラン俳優山崎努さんによって映画に拍車がかかる。何より、怒ったり、傷つけあったりしない清楚で無垢でお互いを大切にする愛おしさたっぷりの作品でした。恋する人が病に倒れてしまう運命のシーンで涙が溢れても、なぜか悲壮感に埋もれることのない物語が私には心地よかった。

青春時代をとっく過ぎて老年期に入っている夫婦の会話は「1人になったらどうしよう」お互い長年連れ添っても終焉は別々に迎えなければならない。

精一杯一緒に生きられる限り思いやって日々を生きたいものと教えてくれたこの映画にありがとうございました。と感謝したい。

日日是好日

2026年9月10日木曜日

Tシャツが乾くまで 洗濯物が少なくなって

 久しぶりにドラマにハマった。時間帯を気にせず目覚めたらNetflixで見る。CMがなくてその時間は集中してドラマに釘付けになる。この気持ちなんとなくわかるな、こんなことありえない。と様々な憶測や自分の経験を探ってみている。

どうしても結末が知りたいのですが、想像もできないなと最終回を楽しみにして。

今朝もいつものように、畑に行く前に洗濯機を回すはずが、汚れ物は少なくて迷ってしまった。

家族が5人から4人に減って、2ヶ月が過ぎたら家族は2人だけになって、その2日後に友達が来て、小旅行に行って、そして昨日その友達も帰ってしまって、洗濯物は極々少なくなっていました。

これってドラマのような寂しさと安堵の気持ちかもしれません。さて最終回は?

日日是好日

2026年9月3日木曜日

夏の庭

 三國連太郎主演 1994年作品 「夏の庭」

あの日は父が病院から帰ってきた夜だった。私はそばにいたかったが妹家族に遠慮して家に戻って眠った。「礼子早くきてくれ。水が溢れて大変だ」と父の声で目が覚め、私は急いで父の眠る実家に駆けつけた。すると仏壇に飾った花瓶から水が漏れて畳が濡れていた。そして廊下から見える庭の池に水色の小さな蝶が待っていた。蝶は何度も私を見つめて「ありがとう」と言っているようだった。あれは紛れもなく父の魂だったと確信している。

この映画のラストシーンはまさに父の再来のようだった。

3人の小学生と孤独な老人の心のふれあいが情緒的に描かれている。スイカを食べるシーン、コスモスが咲き誇るまでの過程と子供たちの心の成長がなんとも言えない優しい気持ちにさせてくれる。

老人と子供たちの感情を通して生きることと死への問いかけだろうか。それとも戦争の無惨さ、責任を問うているのだろうか。


三國連太郎の演じる老人に近づいている私には生きることと死に近いていることが同時進行していて複雑な思いであった。

戦争が遠い過去にならなければならないのに、だんだん戦争が近づいているように感じるこの頃。孫のこれから先は一体どんな時代になるのだろうか。生きることが大切で楽しい時代になってほしものだ。

日日是好日

夏の庭 The Friends』

公開:1994 年  監督:相米慎二
時間:113分  製作国:日本
勝手に評点:★★☆☆☆2.5

夏の庭 The Friends』

公開:1994 年  監督:相米慎二
時間:113分  製作国:日本
勝手に評点:★★☆☆☆2.5

2026年8月30日日曜日

また逢う日まで

 足がつって目が覚める。ベッドが横の一列に4台並んでいる。入り口から2番目のベッドに夫と孫がくっついて寝ている。

今年、イタリア家族の帰省で一番驚いたことは孫の夫に要求するくっつきである。夫と一緒にお風呂に入る。夫と一緒に寝る。夫に馬乗りになったり肩車をしてもらい、かつてないスキンシップを求めてきた。

9歳の壁に突入した孫は私には扱いにくい存在となり、些細なことで言い合いを繰り返した。昨日もそうだった。夕方成田に向かう前に私の実家の家族に挨拶に行って帰ってきた孫のふくれた顔と娘の瞳に寂しさが隠れていた。孫はすぐにソファに寝転んだ。私は成田に行く前に台所の掃除やら洗濯をしていた。すると「静かにして掃除はいつでもできるでしょう!私は疲れているの、休ませて」と例の調子で叫ぶ。いつものようにカチンときて言い返したかったが最後の日である。そこは抑えて私はまだ新幹線に乗るまで2時間あると時計を見て確認する。そして、馴染みの喫茶店に行くことを決断する。店主のMさんは久しぶりの私の登場でご自分のことやら私の友達の近況を話してくれる。そして2ヶ月も滞在していた娘と孫の帰省の難儀さを労ってくれた。細かいことは話さなかったが、明日イタリアに帰るから今日は夫と成田まで見送りに行くことを話す。

孫の暴言に、その場から逃げ出した自分の情けない気持ちがコーヒーを苦くて渋い味に変えていた。メールが届いていた。「ほとぼりが覚めたら帰ってこい。孫が外で待っている」私がメールを見たのは発信されてから1時間も過ぎていた。

もう時間だから帰ろうと思ったところに今度は携帯が鳴る。夫からである。家を飛び出したことを後悔する。

家に戻ると孫は理屈を並べて私を批判する。「みんなにお姉ちゃんだからと言われ疲れていた。ちょっと休みたかった」などなど。「私がババを追い出したみたいでさ」と言い訳と自分なりの反省文を並べ立てる。こんなことは一例に過ぎない。喜怒哀楽の宝庫のような約2ヶ月の滞在だった。

新幹線でもババ攻撃は続き、「ママとジジの隣に座りたいの」と私を排除する。こっちはこっちでうるさくなくて本が読めると密かに微笑む。それでも気になるのか、お茶は?パンは?寂しくないか?と後ろに1人ポツンと座っている私に声をかけてくる。私は「いらない」と首を横に振る。孫の瞳は寂しそうに曇っていた。

東京に着き、ちょっと贅沢な鰻重をいただく。愛知産だった。臭みがなく身は薄いが外はパリッと中はジューシー。これは豆撰の油揚と同じではないかと思った。

ベッドでは屁理屈も言わないまだあどけない痩せっぽちの孫が布団にくるまっていた。

帰りの新幹線はガラガラだった。そして老夫婦ふたりは無言であった。


日日是好日

2026年8月16日日曜日

八月の狂詩曲

  FBの五藤利弘監督のおすすめを見て観賞する。

夏はお盆と重なって長岡、長崎、広島の空襲で亡くなった人の御霊に手を合わせる。日本人のみならず、世界中の人が戦争と平和について考える大切な季節だとあらためて想う。

名監督の数々の映画の中で、戦いシーンのない戦争映画の一つかもしれない。若き日の吉岡秀隆さんは初々しさの中に彼独特の表現力を感じる。黒沢監督に可愛がられたという伊嵜光則さんの素直な演技がいい。

どの俳優さんも八月の終戦記念日にそれぞれの役割以上の想いを詩っているように思えてくる。

人間には当方もない感情が小さい時からあるのではないだろうか。幼い時に受けた悲惨な想い出は声に出せないほどの悲しい感情でいっぱいになるだろう。それが原爆犠牲者なら、なおさら。

些細なことで家族がギクシャクする。許せない感情と許せる感情は大きく揺れ動く。親であっても、子供であっても、孫であってもそうであろう。

戦争体験者が貝になる気持ちもわかるような気がする。

平成3年に製作された時代は今のようにAIがなく、なにもかも教えてくれる時代ではなかった。だからだろうか描写やセリフが生の声に聞こえてくる。生の演技は心に響く。72歳を目前にこの映画を通して、私は私の感情をどうコントロールできるであろうかと思うと自然と涙が滲んでくる。

人間は生身だから悪いこともする。いいこともする。声に出せない反省もするだろう。

感情はその人の立場、経験によって随分違うだろう。

戦争と平和を考える。そして家族とは何かを考える。

YouTubeで配信されています。

若き日のリチャードもなかなかよかったです。


日日是好日


八月の狂詩曲』(はちがつのラプソディー)は、1991年(平成3年)5月25日公開の日本映画である。黒澤プロダクション・フィーチャーフィルムエンタープライズ製作、松竹配給。監督・脚本は黒澤明。カラー、

2026年8月12日水曜日

おかあさんの被爆ピアノからコンサートまで

 8月9日

長岡ミライエにて孫とふたり「おかあさんの被爆ピアノ」を観にいく。映画が始まる前、9歳になったばかりの孫にとって平和活動をしている高校生大使の話や矢川さんの活動のドキュメンタリー、主演の佐野史郎さんのビデオレターは難しすぎ退屈と苦痛を訴える。孫の年齢を考えるとちょっとまだ早かったかと後悔してくる。五藤利弘監督のビデオレターは何回かお会いしていたから関心を示す。前置きに1時間を要して映画が始まる。映画が始まるとさっきまでの苦痛はとれたようだ。主人公の奈々子の行動は理解して観ていたことはその後の私との会話で知る。

おばちゃんのピアノが欲しかったんだよね。私もピアノ弾けないからと指を動かす仕草など。

奈々子さんの携帯は私のとおんなじと喜んだりする。

3年前の広島旅行の際、広島原爆記念館見学を少し思い出していたようだ。

でも映画と戦争、奈々子のおかあさんのお兄さんが死んだ原因までは理解できなかった。

会場の冷房と会場が椅子でなかったため上映の終盤で退場してしまった。ここまでが孫にとっては限界であろう。途中の退場(トイレ行き)で私は無理をしないことにする。

8月10日

日本橋公会堂にて「被爆ピアノコンサート」を娘と孫そして私の保育園時代の生徒の子供(大学生)と4人で鑑賞する。

被爆ピアノの演奏で始まる。本物の被爆ピアノの音は前日の映画の余韻と記憶で結構真剣に観ている。飯島さんの朗読と高校生のセリフとダンス、歌はミュージカル仕立てで興味関心を示す。

大人たちは当然このコンサートの主旨を理解した。前もって内容については一切話しておかなかったけれど。それが新鮮であっただろうと思う。2度目のこのコンサートを観てナレーションやら進行に、長年上演されてきた進化を感じる。続けることの意味と大切さが私自身のこれまでと重なってやり遂げなかった自分に自傷する。勇気と信念が足りなかった自分に。

谷川俊太郎さんの詩それにピアニストの息子さんが曲を作る。父がこの世にいなくなっても親子の共演は続くことに心が感じる。車椅子のソプラノ歌手の情熱が心に届く。高校生を導いている先生のピアノの伴奏は生きることの意味を宇宙より大きな強い心になって響く。

コンサートに来てよかった。意味がわからなくても、私がいなくなってもきっと思い出すだろう。

ババと一緒に聴いた被爆ピアノの音色を。

2026/8/11

娘と孫とご案内してくださったGさんと上った東京タワー。56年前一緒に上った同じ年の友は優秀で自慢の友だった。だが10年も前に他界した。

私は落ちこぼれでぼーっとしていたが夫は一緒に今生きているだけでいいと言われた事を思い出しながら。

日日是好日


2026年8月11日火曜日

尾瀬ヶ原はセピア色

 48年前の思い出の扉を開きながら、孫と娘そして老夫婦はまだ薄暗い4時半に尾瀬ヶ原に向かって出発する。

実は我々老夫婦の目的地は尾瀬沼だと思っていたら、娘のとった宿は尾瀬ヶ原に近い山小屋だったのです。それはもう仕方がない手遅れである。それが発覚したのは前日だったのですから。

気を取り直し朝ごはんは梅干しおにぎりに卵焼き、車中で食べるのもこれまた楽しみのひとつ。と思い2時から準備していたのに、目的地途中のトイレタイムで孫はあっさり「メロンパン」を希望する。コンビニによればなんでも買えるではないか。わざわざ早く起きて作らなくてもいい世の中なのだ。

それでも、孫以外は全員梅干しおにぎりをパクつく。やっぱり老人には合う。

初めての山登りに孫はウキウキ。

群馬沼田インターを降り片品村の尾瀬ロッジ専用駐車場に車を置く、乗り合いタクシーを探すけれどバス停にはひとっ子ひとりいない。まだ7:30にもならないのに。娘と私は焦ってこれは一体どうしたことか?とりあえず宿泊先のロッジに問い合わせる。と川の向こう側にタクシー乗り場が見える。。大勢の登山者の車あり。やれやれと胸を撫で下ろし7人乗りのタクシーに乗ることができました。タクシーを降り、宿泊先の尾瀬ロッジまで約1時間半歩く、坂道を下り木々の間を歩く、野鳥の合唱にせせらぎは指揮者、山のオーケストラに孫は大喜び歌ったり、老夫婦の前に行ったり後ろに回ったりと大はしゃぎで飛んだり跳ねたり。ようやく尾瀬ロッジに到着。半世紀も前はこんな立派なロッジもなかったと喜ぶべきか否かタイムマシーンに乗ったのごとく。ロッジに荷物を置きリュックにお昼のサンドイッチと飲み物を詰め龍宮小山を目指しいざ出陣。この道は黄色のニッコウキスゲのお花畑のはずなのに、見渡す草原は緑一面。紫の花とちょっぴりのコオニユリに私の中の記憶はまっぷたつに割れ、黄色の幸せ色はセピア色に変わり。仕方ない、時期がずれたのだと納得させた。それでも沼地でサンショウウオや大きなオタマジャクシ、トンボ、蝶の飛び交う自然界を孫は目を輝かせて満喫。便利社会生活に慣れた大人は昔の自然生活に懐かしさと心の癒しを求めてこの地に来る。この自然の中に本物の感動があると信じている。だから孫にこの自然の営みと美しさを伝えたいと思った。

龍宮小屋まで約2時間を要した。見渡す限りの草原には木がなく、太陽は燦々と私たちを照らし9歳の子どもにとっては疲れが出てしまう。山小屋に戻る事も考えたが、諦めない喜びを感じさせたかった。老夫婦は目的地龍宮小屋を目指す。孫と娘は尾瀬ロッジに戻っていいとわざと別行動の選択肢を伝える。半べそをかきながら、渋々老夫婦の後について歩く。途中柵が巡らせてある。昔はなかった柵に首を傾げる。遠くに黄色かかった草原が目に入る。キスゲかなとふと思ったが、側まで来るとそれは大ぶりのシダだった。半世紀前と違う。何かが違う。感動が違う。ようやく目的地の竜宮小山に着く。心配していた食べ物があった。リュックの中のサンドイッチだけでは足りなかったからです。私と孫はカップラーメン、夫と娘はカレーライスを頼む。このカップラーメンを最高に美味しいと最高の笑顔を見せる孫。そこにはもう半べそはない。

山小屋の外に長い椅子とテーブルがいくつか置いてある。燦々と私たちを照らしていたお日様は陰り始め風が頬を撫で体を冷やしてくれる。これが尾瀬だ。尾瀬沼までは歩けないがここも別天地である。トンボと戯れる孫を見ながらベンチでウトウトする。何も考えない。考える必要がない。自然の中に自分を置くだけである。

元気を取り戻した孫は、観光ガイドになりきって「ここは危ないです。気をつけて歩いて下さい」というのも来る途中昔話に夢中になり私は転んでしまったからです。『ババは子供の頃はぼーっとしていた』と話すと宿題は疲れる。嫌いだと言いはじめる。『ババは疲れるほど勉強しなかったから嫌いにならなかった』と話すと笑う。大きくなってからはどうだったと聞かれ、私は昔を振り返っていた。夫も娘も知らない私の想い出をだから言葉に出せなかった。だから、木道の木と木の間が空いていることに気づかずぼーっとして歩いて転んでしまった。

尾瀬ロッジに戻るとお風呂があった。山小屋でお風呂である。3年前のネパール事情を思い出す。1週間お風呂とは無縁の汗くささだった。夕食には生ビールもある。ググーと一口。天国である。子熊が出没したらしく登山客はワイワイガヤガヤ。玄関入り口にて怖いもの見たさで目を凝らしている。しばらくすると花火の音と煙が上がって熊を追い払ったようだ。就寝。山の夜は早い。

朝5時

うっすらと朝やけが始まる。朝靄の中散歩する。至仏と燧ヶ岳からだんだん白樺林に立ち込める霧。自然こそ雄大で美しいものはないと思う。水芭蕉のみは熊に食べられている。大好物だそうだ。昔は食べなかったらしけれど。

朝食を済ませビジターセンターで尾瀬ヶ原の復習。この尾瀬ヶ原はカモシカに食べられニッコウキスゲが全滅の危機に。柵はカモシカからキスゲを守るためだった。カモシカは日光から移動して繁殖したらしい。半世紀の間に世界の歴史もずいぶん変わったように自然界もやはり変わっている。温暖化は自然を破壊し地球を変えていく。孫が大きくなったらどんな時代になるのだろうか。

尾瀬ヶ原の記 2026/8/6


2026年7月31日金曜日

寂しさの隣り

 イタリア家族の水入らず東京旅行は今日が最終日。「これから鎌倉に行きます」とメールが来ました。

せっかく日本に来ていて、私達老夫婦(親)と過ごさない4日間。大勢の家族にちょっと疲れていたので、老夫婦にとっては恵みの雨のような。でもちょっとそれは変でしょ!だって日本に来ているんですから、家族が一緒にすことが当然でしょ!と言いたくなって、その言葉を飲み込む老夫婦でした。

明日午後に長岡駅に迎えに行きます。

私たちはウキウキだけど娘婿殿は明日自国イタリアに戻ります。

きっと孫も娘も寂しいでしょう!一番寂しのは婿殿かもしれません。でもイタリアに戻ればご両親が待っています。

家族って不思議です。一緒にいたら窮屈です。離れていたら無性に心が空っぽになるのですから。


日日是好日

2026年7月28日火曜日

心の休館日

 イタリアから婿殿が栃尾に来て早10日、今日から4日間イタリア族3人は東京旅行へ

この日を待ち望んでいました。というのもイタリア族は老人ふたりにとって、領域を侵し、私たちの生活パターンが見事に崩してしまっているからです。孫のために庭にミニトマトを植え、美味しそうに数珠つなぎに熟している。さぞかし収穫を喜ぶと思いきや、「ババとってきて」と収穫拒否。習字のお稽古は自主的にするが、道具はそのまま。浴衣の帯がきついと言っては泣き、ババの方が泣きたいよ!日本語が達者の分、理屈は中学生並み。と日々家族間の怒ったり、なだめたり、見え見えに褒めて見抜かれたりです。

さて、さぞかし今日は自分生活ができるとウキウキだったのですが、豆撰のシール貼りやら、シーツなど洗濯5回、掃除は飛ばして、洗濯機が回っている間にシール貼りをしながら「90歳何がめでたい」を観る。佐藤愛子さんの波瀾万丈な一生も90歳はめでたく、めでたい。と感じる。それにはそれなりの才能がある(小説家)。ただの老人は71歳にして心も頭の中も蜘蛛の巣でいっぱいなのです。

本心を言えば孫は置いて東京に行ってもらいたかった。だが孫は親がいいに決まっている。ババはおばばっ子だったからこの感情がないのである。

お昼ご飯は夫もいなかったので、あまりものを大皿にまとめて(おから、サラダ切り落とし肉を炒め)電子レンジでご飯を温めて、烏龍茶でいただく。ひとりは寂しい。

自由ではないか、あれほど練習したいノクターン20番を練習したらいいでしょうに!横目でピアノを見つめて、やめる決断。明日にしよう。なんだ孫と変わらないこの後回し性格。だって難しいんだよね。とひとりごと。

はよう帰ってこいよー。という気持ちになってきた??

日日是好日

2026年7月22日水曜日

三世代同居の難しさ

コロナ騒動が終わりを迎えた3年前からイタリアと日本の家族は一年のうち、イタリアに12分の1、日本に6分の1は家族が一緒に生活しています。

短期間の同居前は家族愛100%の希望を抱いて、心ワクワクドキドキです。

でもです。実際に同居となると範囲の共有線でたびたび衝突が起きます。孫にとってはトイレから座敷まで自分の範囲なのです。食べ物に関してはさらに大きな問題が生じます。なんとか野菜も食べてもらおうとババは四苦八苦。お体裁に一口を口にして「ジジの作る人参は美味しいね」

この時期は野菜中心の老夫婦です。きゅうりにユウゴ、ジャガイモ、2人では消費不可能。妹家族や友達に配ってやれやれと野菜の消費に四苦八苦。

それからです、朝畑から戻り2回洗濯機を回し、午後からも2回回す。エネルギーは2倍、熱量と動力の負担は老婆にはいい運動?と思いせっせと物干し場2階に通います。でもです、72歳目前は疲れるのです。おまけに孫の散らかし方は異常です。もう片付けはやめにしました。

生活を共にすることは家族団欒の上に忍耐力の増加とストレスの増加となるようです。まあこれが幸せってものなのでしょうか?

さてさて、今日はどんな一日になりますか?

今日の目標

否定語と反対語に気をつける。

午後からはお茶のお稽古、なんと素晴らしい時間を迎えられるのです。(私の自由時間)

さあ、元気を出して!

  日日是好日

2026年7月19日日曜日

信じられない行動

 ⭕️⭕️時にご飯できます。

5分前までリビングに滞在していた夫

ご飯ができたのに

来ない。

ご飯の5分前に何をするの?

冷めている。

15分後に食卓へやってくる。

どう言う心理?????


孫とハリーポッターを観る。

ババは字幕

孫は字幕無し(英語)

ここで孫は優位につく

いや

漢字が読めないからだろう????