2026年9月17日木曜日

曼珠沙華が映してくれました

曼珠沙華

彼岸花とも言う曼珠沙華が天を仰いで懐かしいセピア色の映画を映してくれました。


彼岸花の咲く頃は稲刈りの真っ最中です。父の引くリヤカーには稲がいっぱい積まれています。3メートル、いえそれ以上だったかもしれません。だって電線に私の小さな手が届きそうになるのです。しっかりと紐で縛られた稲の大山の上に上ると手を伸ばせば柿の実も取れそう。何よりも空が近くなって心臓がドキドキするくらい楽しいのです。夕焼けの空にはカラスたちが家路を急いでいます。

するとリヤカーを押す母が歌います。「からなぜなくの、カラスは山に.......。」母はいつも童謡を歌ってくれました。父がリヤカーを引き母が押す、私は高台に上っています。幸せの記憶。


日日是好日

2026年9月12日土曜日

世界の中心で愛をさけぶ

 2004年公開の映画です。22年前という事は私は50歳の時です。朝から晩まで、寝ている時でさえ仕事中心の生活だったから、大好きな映画もこの頃は観られず。そんな昔を思い出しながら大沢たかお主演「世界の中心で愛をさけぶ」を観ました。

今では豪華キャストの初々しい、まだお尻に青さが残っているような若い新人俳優、森山未來さん、長澤まさみさんの演技は心が透明で嘘のない物語を作ってくれたような気がしました。

また懐かしいベテラン俳優山崎努さんによって映画に拍車がかかる。何より、怒ったり、傷つけあったりしない清楚で無垢でお互いを大切にする愛おしさたっぷりの作品でした。恋する人が病に倒れてしまう運命のシーンで涙が溢れても、なぜか悲壮感に埋もれることのない物語が私には心地よかった。

青春時代をとっく過ぎて老年期に入っている夫婦の会話は「1人になったらどうしよう」お互い長年連れ添っても終焉は別々に迎えなければならない。

精一杯一緒に生きられる限り思いやって日々を生きたいものと教えてくれたこの映画にありがとうございました。と感謝したい。

日日是好日

2026年9月10日木曜日

Tシャツが乾くまで 洗濯物が少なくなって

 久しぶりにドラマにハマった。時間帯を気にせず目覚めたらNetflixで見る。CMがなくてその時間は集中してドラマに釘付けになる。この気持ちなんとなくわかるな、こんなことありえない。と様々な憶測や自分の経験を探ってみている。

どうしても結末が知りたいのですが、想像もできないなと最終回を楽しみにして。

今朝もいつものように、畑に行く前に洗濯機を回すはずが、汚れ物は少なくて迷ってしまった。

家族が5人から4人に減って、2ヶ月が過ぎたら家族は2人だけになって、その2日後に友達が来て、小旅行に行って、そして昨日その友達も帰ってしまって、洗濯物は極々少なくなっていました。

これってドラマのような寂しさと安堵の気持ちかもしれません。さて最終回は?

日日是好日

2026年9月3日木曜日

夏の庭

 三國連太郎主演 1994年作品 「夏の庭」

あの日は父が病院から帰ってきた夜だった。私はそばにいたかったが妹家族に遠慮して家に戻って眠った。「礼子早くきてくれ。水が溢れて大変だ」と父の声で目が覚め、私は急いで父の眠る実家に駆けつけた。すると仏壇に飾った花瓶から水が漏れて畳が濡れていた。そして廊下から見える庭の池に水色の小さな蝶が待っていた。蝶は何度も私を見つめて「ありがとう」と言っているようだった。あれは紛れもなく父の魂だったと確信している。

この映画のラストシーンはまさに父の再来のようだった。

3人の小学生と孤独な老人の心のふれあいが情緒的に描かれている。スイカを食べるシーン、コスモスが咲き誇るまでの過程と子供たちの心の成長がなんとも言えない優しい気持ちにさせてくれる。

老人と子供たちの感情を通して生きることと死への問いかけだろうか。それとも戦争の無惨さ、責任を問うているのだろうか。


三國連太郎の演じる老人に近づいている私には生きることと死に近いていることが同時進行していて複雑な思いであった。

戦争が遠い過去にならなければならないのに、だんだん戦争が近づいているように感じるこの頃。孫のこれから先は一体どんな時代になるのだろうか。生きることが大切で楽しい時代になってほしものだ。

日日是好日

夏の庭 The Friends』

公開:1994 年  監督:相米慎二
時間:113分  製作国:日本
勝手に評点:★★☆☆☆2.5

夏の庭 The Friends』

公開:1994 年  監督:相米慎二
時間:113分  製作国:日本
勝手に評点:★★☆☆☆2.5

2026年8月30日日曜日

また逢う日まで

 足がつって目が覚める。ベッドが横の一列に4台並んでいる。入り口から2番目のベッドに夫と孫がくっついて寝ている。

今年、イタリア家族の帰省で一番驚いたことは孫の夫に要求するくっつきである。夫と一緒にお風呂に入る。夫と一緒に寝る。夫に馬乗りになったり肩車をしてもらい、かつてないスキンシップを求めてきた。

9歳の壁に突入した孫は私には扱いにくい存在となり、些細なことで言い合いを繰り返した。昨日もそうだった。夕方成田に向かう前に私の実家の家族に挨拶に行って帰ってきた孫のふくれた顔と娘の瞳に寂しさが隠れていた。孫はすぐにソファに寝転んだ。私は成田に行く前に台所の掃除やら洗濯をしていた。すると「静かにして掃除はいつでもできるでしょう!私は疲れているの、休ませて」と例の調子で叫ぶ。いつものようにカチンときて言い返したかったが最後の日である。そこは抑えて私はまだ新幹線に乗るまで2時間あると時計を見て確認する。そして、馴染みの喫茶店に行くことを決断する。店主のMさんは久しぶりの私の登場でご自分のことやら私の友達の近況を話してくれる。そして2ヶ月も滞在していた娘と孫の帰省の難儀さを労ってくれた。細かいことは話さなかったが、明日イタリアに帰るから今日は夫と成田まで見送りに行くことを話す。

孫の暴言に、その場から逃げ出した自分の情けない気持ちがコーヒーを苦くて渋い味に変えていた。メールが届いていた。「ほとぼりが覚めたら帰ってこい。孫が外で待っている」私がメールを見たのは発信されてから1時間も過ぎていた。

もう時間だから帰ろうと思ったところに今度は携帯が鳴る。夫からである。家を飛び出したことを後悔する。

家に戻ると孫は理屈を並べて私を批判する。「みんなにお姉ちゃんだからと言われ疲れていた。ちょっと休みたかった」などなど。「私がババを追い出したみたいでさ」と言い訳と自分なりの反省文を並べ立てる。こんなことは一例に過ぎない。喜怒哀楽の宝庫のような約2ヶ月の滞在だった。

新幹線でもババ攻撃は続き、「ママとジジの隣に座りたいの」と私を排除する。こっちはこっちでうるさくなくて本が読めると密かに微笑む。それでも気になるのか、お茶は?パンは?寂しくないか?と後ろに1人ポツンと座っている私に声をかけてくる。私は「いらない」と首を横に振る。孫の瞳は寂しそうに曇っていた。

東京に着き、ちょっと贅沢な鰻重をいただく。愛知産だった。臭みがなく身は薄いが外はパリッと中はジューシー。これは豆撰の油揚と同じではないかと思った。

ベッドでは屁理屈も言わないまだあどけない痩せっぽちの孫が布団にくるまっていた。

帰りの新幹線はガラガラだった。そして老夫婦ふたりは無言であった。


日日是好日

2026年8月16日日曜日

八月の狂詩曲

  FBの五藤利弘監督のおすすめを見て観賞する。

夏はお盆と重なって長岡、長崎、広島の空襲で亡くなった人の御霊に手を合わせる。日本人のみならず、世界中の人が戦争と平和について考える大切な季節だとあらためて想う。

名監督の数々の映画の中で、戦いシーンのない戦争映画の一つかもしれない。若き日の吉岡秀隆さんは初々しさの中に彼独特の表現力を感じる。黒沢監督に可愛がられたという伊嵜光則さんの素直な演技がいい。

どの俳優さんも八月の終戦記念日にそれぞれの役割以上の想いを詩っているように思えてくる。

人間には当方もない感情が小さい時からあるのではないだろうか。幼い時に受けた悲惨な想い出は声に出せないほどの悲しい感情でいっぱいになるだろう。それが原爆犠牲者なら、なおさら。

些細なことで家族がギクシャクする。許せない感情と許せる感情は大きく揺れ動く。親であっても、子供であっても、孫であってもそうであろう。

戦争体験者が貝になる気持ちもわかるような気がする。

平成3年に製作された時代は今のようにAIがなく、なにもかも教えてくれる時代ではなかった。だからだろうか描写やセリフが生の声に聞こえてくる。生の演技は心に響く。72歳を目前にこの映画を通して、私は私の感情をどうコントロールできるであろうかと思うと自然と涙が滲んでくる。

人間は生身だから悪いこともする。いいこともする。声に出せない反省もするだろう。

感情はその人の立場、経験によって随分違うだろう。

戦争と平和を考える。そして家族とは何かを考える。

YouTubeで配信されています。

若き日のリチャードもなかなかよかったです。


日日是好日


八月の狂詩曲』(はちがつのラプソディー)は、1991年平成3年)5月25日公開の日本映画である。黒澤プロダクション・フィーチャーフィルムエンタープライズ製作、松竹配給。監督・脚本は黒澤明カラー

2026年8月12日水曜日

おかあさんの被爆ピアノからコンサートまで

 8月9日

長岡ミライエにて孫とふたり「おかあさんの被爆ピアノ」を観にいく。映画が始まる前、9歳になったばかりの孫にとって平和活動をしている高校生大使の話や矢川さんの活動のドキュメンタリー、主演の佐野史郎さんのビデオレターは難しすぎ退屈と苦痛を訴える。孫の年齢を考えるとちょっとまだ早かったかと後悔してくる。五藤利弘監督のビデオレターは何回かお会いしていたから関心を示す。前置きに1時間を要して映画が始まる。映画が始まるとさっきまでの苦痛はとれたようだ。主人公の奈々子の行動は理解して観ていたことはその後の私との会話で知る。

おばちゃんのピアノが欲しかったんだよね。私もピアノ弾けないからと指を動かす仕草など。

奈々子さんの携帯は私のとおんなじと喜んだりする。

3年前の広島旅行の際、広島原爆記念館見学を少し思い出していたようだ。

でも映画と戦争、奈々子のおかあさんのお兄さんが死んだ原因までは理解できなかった。

会場の冷房と会場が椅子でなかったため上映の終盤で退場してしまった。ここまでが孫にとっては限界であろう。途中の退場(トイレ行き)で私は無理をしないことにする。

8月10日

日本橋公会堂にて「被爆ピアノコンサート」を娘と孫そして私の保育園時代の生徒の子供(大学生)と4人で鑑賞する。

被爆ピアノの演奏で始まる。本物の被爆ピアノの音は前日の映画の余韻と記憶で結構真剣に観ている。飯島さんの朗読と高校生のセリフとダンス、歌はミュージカル仕立てで興味関心を示す。

大人たちは当然このコンサートの主旨を理解した。前もって内容については一切話しておかなかったけれど。それが新鮮であっただろうと思う。2度目のこのコンサートを観てナレーションやら進行に、長年上演されてきた進化を感じる。続けることの意味と大切さが私自身のこれまでと重なってやり遂げなかった自分に自傷する。勇気と信念が足りなかった自分に。

谷川俊太郎さんの詩それにピアニストの息子さんが曲を作る。父がこの世にいなくなっても親子の共演は続くことに心が感じる。車椅子のソプラノ歌手の情熱が心に届く。高校生を導いている先生のピアノの伴奏は生きることの意味を宇宙より大きな強い心になって響く。

コンサートに来てよかった。意味がわからなくても、私がいなくなってもきっと思い出すだろう。

ババと一緒に聴いた被爆ピアノの音色を。

2026/8/11

娘と孫とご案内してくださったGさんと上った東京タワー。56年前一緒に上った同じ年の友は優秀で自慢の友だった。だが10年も前に他界した。

私は落ちこぼれでぼーっとしていたが夫は一緒に今生きているだけでいいと言われた事を思い出しながら。

日日是好日


2026年8月11日火曜日

尾瀬ヶ原はセピア色

 48年前の思い出の扉を開きながら、孫と娘そして老夫婦はまだ薄暗い4時半に尾瀬ヶ原に向かって出発する。

実は我々老夫婦の目的地は尾瀬沼だと思っていたら、娘のとった宿は尾瀬ヶ原に近い山小屋だったのです。それはもう仕方がない手遅れである。それが発覚したのは前日だったのですから。

気を取り直し朝ごはんは梅干しおにぎりに卵焼き、車中で食べるのもこれまた楽しみのひとつ。と思い2時から準備していたのに、目的地途中のトイレタイムで孫はあっさり「メロンパン」を希望する。コンビニによればなんでも買えるではないか。わざわざ早く起きて作らなくてもいい世の中なのだ。

それでも、孫以外は全員梅干しおにぎりをパクつく。やっぱり老人には合う。

初めての山登りに孫はウキウキ。

群馬沼田インターを降り片品村の尾瀬ロッジ専用駐車場に車を置く、乗り合いタクシーを探すけれどバス停にはひとっ子ひとりいない。まだ7:30にもならないのに。娘と私は焦ってこれは一体どうしたことか?とりあえず宿泊先のロッジに問い合わせる。と川の向こう側にタクシー乗り場が見える。。大勢の登山者の車あり。やれやれと胸を撫で下ろし7人乗りのタクシーに乗ることができました。タクシーを降り、宿泊先の尾瀬ロッジまで約1時間半歩く、坂道を下り木々の間を歩く、野鳥の合唱にせせらぎは指揮者、山のオーケストラに孫は大喜び歌ったり、老夫婦の前に行ったり後ろに回ったりと大はしゃぎで飛んだり跳ねたり。ようやく尾瀬ロッジに到着。半世紀も前はこんな立派なロッジもなかったと喜ぶべきか否かタイムマシーンに乗ったのごとく。ロッジに荷物を置きリュックにお昼のサンドイッチと飲み物を詰め龍宮小山を目指しいざ出陣。この道は黄色のニッコウキスゲのお花畑のはずなのに、見渡す草原は緑一面。紫の花とちょっぴりのコオニユリに私の中の記憶はまっぷたつに割れ、黄色の幸せ色はセピア色に変わり。仕方ない、時期がずれたのだと納得させた。それでも沼地でサンショウウオや大きなオタマジャクシ、トンボ、蝶の飛び交う自然界を孫は目を輝かせて満喫。便利社会生活に慣れた大人は昔の自然生活に懐かしさと心の癒しを求めてこの地に来る。この自然の中に本物の感動があると信じている。だから孫にこの自然の営みと美しさを伝えたいと思った。

龍宮小屋まで約2時間を要した。見渡す限りの草原には木がなく、太陽は燦々と私たちを照らし9歳の子どもにとっては疲れが出てしまう。山小屋に戻る事も考えたが、諦めない喜びを感じさせたかった。老夫婦は目的地龍宮小屋を目指す。孫と娘は尾瀬ロッジに戻っていいとわざと別行動の選択肢を伝える。半べそをかきながら、渋々老夫婦の後について歩く。途中柵が巡らせてある。昔はなかった柵に首を傾げる。遠くに黄色かかった草原が目に入る。キスゲかなとふと思ったが、側まで来るとそれは大ぶりのシダだった。半世紀前と違う。何かが違う。感動が違う。ようやく目的地の竜宮小山に着く。心配していた食べ物があった。リュックの中のサンドイッチだけでは足りなかったからです。私と孫はカップラーメン、夫と娘はカレーライスを頼む。このカップラーメンを最高に美味しいと最高の笑顔を見せる孫。そこにはもう半べそはない。

山小屋の外に長い椅子とテーブルがいくつか置いてある。燦々と私たちを照らしていたお日様は陰り始め風が頬を撫で体を冷やしてくれる。これが尾瀬だ。尾瀬沼までは歩けないがここも別天地である。トンボと戯れる孫を見ながらベンチでウトウトする。何も考えない。考える必要がない。自然の中に自分を置くだけである。

元気を取り戻した孫は、観光ガイドになりきって「ここは危ないです。気をつけて歩いて下さい」というのも来る途中昔話に夢中になり私は転んでしまったからです。『ババは子供の頃はぼーっとしていた』と話すと宿題は疲れる。嫌いだと言いはじめる。『ババは疲れるほど勉強しなかったから嫌いにならなかった』と話すと笑う。大きくなってからはどうだったと聞かれ、私は昔を振り返っていた。夫も娘も知らない私の想い出をだから言葉に出せなかった。だから、木道の木と木の間が空いていることに気づかずぼーっとして歩いて転んでしまった。

尾瀬ロッジに戻るとお風呂があった。山小屋でお風呂である。3年前のネパール事情を思い出す。1週間お風呂とは無縁の汗くささだった。夕食には生ビールもある。ググーと一口。天国である。子熊が出没したらしく登山客はワイワイガヤガヤ。玄関入り口にて怖いもの見たさで目を凝らしている。しばらくすると花火の音と煙が上がって熊を追い払ったようだ。就寝。山の夜は早い。

朝5時

うっすらと朝やけが始まる。朝靄の中散歩する。至仏と燧ヶ岳からだんだん白樺林に立ち込める霧。自然こそ雄大で美しいものはないと思う。水芭蕉のみは熊に食べられている。大好物だそうだ。昔は食べなかったらしけれど。

朝食を済ませビジターセンターで尾瀬ヶ原の復習。この尾瀬ヶ原はカモシカに食べられニッコウキスゲが全滅の危機に。柵はカモシカからキスゲを守るためだった。カモシカは日光から移動して繁殖したらしい。半世紀の間に世界の歴史もずいぶん変わったように自然界もやはり変わっている。温暖化は自然を破壊し地球を変えていく。孫が大きくなったらどんな時代になるのだろうか。

尾瀬ヶ原の記 2026/8/6


2026年7月31日金曜日

寂しさの隣り

 イタリア家族の水入らず東京旅行は今日が最終日。「これから鎌倉に行きます」とメールが来ました。

せっかく日本に来ていて、私達老夫婦(親)と過ごさない4日間。大勢の家族にちょっと疲れていたので、老夫婦にとっては恵みの雨のような。でもちょっとそれは変でしょ!だって日本に来ているんですから、家族が一緒にすことが当然でしょ!と言いたくなって、その言葉を飲み込む老夫婦でした。

明日午後に長岡駅に迎えに行きます。

私たちはウキウキだけど娘婿殿は明日自国イタリアに戻ります。

きっと孫も娘も寂しいでしょう!一番寂しのは婿殿かもしれません。でもイタリアに戻ればご両親が待っています。

家族って不思議です。一緒にいたら窮屈です。離れていたら無性に心が空っぽになるのですから。


日日是好日

2026年7月28日火曜日

心の休館日

 イタリアから婿殿が栃尾に来て早10日、今日から4日間イタリア族3人は東京旅行へ

この日を待ち望んでいました。というのもイタリア族は老人ふたりにとって、領域を侵し、私たちの生活パターンが見事に崩してしまっているからです。孫のために庭にミニトマトを植え、美味しそうに数珠つなぎに熟している。さぞかし収穫を喜ぶと思いきや、「ババとってきて」と収穫拒否。習字のお稽古は自主的にするが、道具はそのまま。浴衣の帯がきついと言っては泣き、ババの方が泣きたいよ!日本語が達者の分、理屈は中学生並み。と日々家族間の怒ったり、なだめたり、見え見えに褒めて見抜かれたりです。

さて、さぞかし今日は自分生活ができるとウキウキだったのですが、豆撰のシール貼りやら、シーツなど洗濯5回、掃除は飛ばして、洗濯機が回っている間にシール貼りをしながら「90歳何がめでたい」を観る。佐藤愛子さんの波瀾万丈な一生も90歳はめでたく、めでたい。と感じる。それにはそれなりの才能がある(小説家)。ただの老人は71歳にして心も頭の中も蜘蛛の巣でいっぱいなのです。

本心を言えば孫は置いて東京に行ってもらいたかった。だが孫は親がいいに決まっている。ババはおばばっ子だったからこの感情がないのである。

お昼ご飯は夫もいなかったので、あまりものを大皿にまとめて(おから、サラダ切り落とし肉を炒め)電子レンジでご飯を温めて、烏龍茶でいただく。ひとりは寂しい。

自由ではないか、あれほど練習したいノクターン20番を練習したらいいでしょうに!横目でピアノを見つめて、やめる決断。明日にしよう。なんだ孫と変わらないこの後回し性格。だって難しいんだよね。とひとりごと。

はよう帰ってこいよー。という気持ちになってきた??

日日是好日

2026年7月22日水曜日

三世代同居の難しさ

コロナ騒動が終わりを迎えた3年前からイタリアと日本の家族は一年のうち、イタリアに12分の1、日本に6分の1は家族が一緒に生活しています。

短期間の同居前は家族愛100%の希望を抱いて、心ワクワクドキドキです。

でもです。実際に同居となると範囲の共有線でたびたび衝突が起きます。孫にとってはトイレから座敷まで自分の範囲なのです。食べ物に関してはさらに大きな問題が生じます。なんとか野菜も食べてもらおうとババは四苦八苦。お体裁に一口を口にして「ジジの作る人参は美味しいね」

この時期は野菜中心の老夫婦です。きゅうりにユウゴ、ジャガイモ、2人では消費不可能。妹家族や友達に配ってやれやれと野菜の消費に四苦八苦。

それからです、朝畑から戻り2回洗濯機を回し、午後からも2回回す。エネルギーは2倍、熱量と動力の負担は老婆にはいい運動?と思いせっせと物干し場2階に通います。でもです、72歳目前は疲れるのです。おまけに孫の散らかし方は異常です。もう片付けはやめにしました。

生活を共にすることは家族団欒の上に忍耐力の増加とストレスの増加となるようです。まあこれが幸せってものなのでしょうか?

さてさて、今日はどんな一日になりますか?

今日の目標

否定語と反対語に気をつける。

午後からはお茶のお稽古、なんと素晴らしい時間を迎えられるのです。(私の自由時間)

さあ、元気を出して!

  日日是好日

2026年7月19日日曜日

信じられない行動

 ⭕️⭕️時にご飯できます。

5分前までリビングに滞在していた夫

ご飯ができたのに

来ない。

ご飯の5分前に何をするの?

冷めている。

15分後に食卓へやってくる。

どう言う心理?????


孫とハリーポッターを観る。

ババは字幕

孫は字幕無し(英語)

ここで孫は優位につく

いや

漢字が読めないからだろう????

2026年7月12日日曜日

グロリアサの花が一輪咲きました

 グロリアサを私に置いていきましたね。

同年齢の恩師に私は尊敬と競争心を抱いていました。歳は同じなのに40年以上熱心にお茶お稽古と知識を詰め込んでいましたね。お茶のお稽古に誘ってもらって、あなたがいなくなってもお稽古を続けています。わからないことだらけです。72歳目前です。あなたのお茶人生の100分の1もありませんが、続けています。あなたのおかげです。利休さんのことは当然ですが、美術関係、歴史、日本の文化などの知識の宝庫を教えてもらいましたね。きっと何万分の一しかまだ教えてもらえなかったでしょうね。

お点前はもちろんですが、お茶を習うことで、当然お道具に関心を持ち、お茶碗、お釜、などをメルカリでちょっとずつ求めた私でした。

今振り返ると全く意味のないことだったようです。お茶についての知識も勉強もせず、ただただ100年も早いわと言われるようにあなたの真似がしたかっただけかもしれません。尊敬の底にはできもしない競争心があったのかとふと自分を振り返ります。

でもあなたのおかげで今も続けています。

先日のお稽古で先生によく覚えましたねと褒められました。それは先生のおかげです。と素直に言えました。でも竹台子に皆具、大海茶入れなどの用語とお点前はまだまだ覚えられません。

これでいいのです。覚えられなくても続けていれば、と思うのです。

それでいいでしょう?同年齢の先生へ。


日日是好日

2026年7月11日土曜日

台風の目は

 澤和樹の音楽ってこんなに楽しい!

を昨日リリックホールにて鑑賞する。ここのところ普段耳慣れないバイオリンの音色をちょっと背伸びして聴くババさん。

ベネツィアから始まって、今年、四回目です。

3回のコンサートも私にしたら「すごい」と思った。自分の弾いた曲でさえ「なんだか聴いたことあるみたい?」と情けない音楽音痴鑑賞者である。

だいたいクラシックはケーキで言ったらウェディングケーキ。私はショートケーキです。人間に例えたら雅子さま。ずいぶん長い橋がかかっていて、ネパールで渡った吊り橋をヨタヨタと渡るようなものです。

ところがです!びっくり澤和樹氏が奏でる音色は、透明です。まるで石垣島の海のようにすんでいます。G線上のアリアの一音がビビっと心に染み込んでくるのです。バッハに出会ったような!バイオリンの音色などわかるはずもない私なのに、清らかな響が心に届く。素晴らしい!の一言でした。

さだまさしさんはおしゃべりが得意中の得意。作曲の才能はただものではないとあらためて認識。でも歌は澤和樹氏の方が上手でした。ごめんなさい。そしてバイオリンの共演?競演?では、無知の私にも違いがはっきりとわかりました。

いい音楽を聴き心が癒されたひとときでした。

さてはて私は

何をする人ぞ

台風親子は姪っ子達と日光へ、台風の目が戻ってくる前に、お掃除、洗濯、読書、ピアノ練習でもしましょうか?

日日是好日




2026年7月1日水曜日

あと3時間で日本の地

 7月1日

2時に目が覚め

ストロベリームーンとか?を見る。太陽と地球と月の関係。これは親子の関係だろうか?太陽が親なら地球が子供で月は孫みたいなもの?

月よりかぐや姫のように舞い降りてくるたったひとりの孫が後4時間もすれば日本に着陸する。嬉しいようで、やかましい存在である孫。ブラジルに負けた昨日のサッカー報告に「ババ 日本🇯🇵 まけた。もう おしまいだ」とメールが届いたばかりなのに今日はイタリアから飛んでくる。便利便利便利な世の中である。さて、このババはどこまで孫と仲良くできるやら、きっと我慢の連続になるであろう?孫はもう直ぐ9歳である。ババは72歳が近づいている。地球と月の距離は変わらないと同じく孫との年の差は絶対に変わらないのである。

日日是好日




2026年6月20日土曜日

「銀河鉄道の父」鑑賞

 Netflixの1番のおすすめに「銀河鉄道の父」菅田将暉さんが出演しているようなので観る事にする。

若い頃のメーキャップで登場する宮澤賢治の父親役の役所広司さんにちょっとこの人誰と思うほど若作りしていた。だんだん年を重ねていくたびに役所広司さんと確信する。

テーマは褒められたい子ども、褒める父親の愛情を掘り下げていくことではないだろうか。序盤かやの中で母親が夫に「賢治はお父さんに褒められたいのです」というようなセリフがある。そしてラストには父親として「たくさん褒めてきたではないか」と賢治の書き残した詩を空で泣きながら賢治に話しかけるシーンは涙無くしてはみられない。

保育園に勤務していた時代は注文の多い料理店など数々の童話を読み聞かせしたことを思い出す。また教科書で学んだ「雨にも負けず、風にも負けず」を思い出す。

懐かしい想い出は宮澤賢治こそ日本のアンデルセンだったに違いないと思った。

この映画の見どころは風景にある。故郷の情緒豊かな自然、降りしきる雪の切なさ。賢治の人を作った家とお祖父さんの家の昔の佇まいはこの物語を盛り上げている。風景ひとつで映画の価値観を左右すると久しぶりに「いい映画」に出会えたことがたまらなく嬉しくて嬉しくて。つい、夕食に招待した人にこの映画を観てもらった。

お花を活ける時もお茶のお稽古をする時もピアノのレッスンも風景がある。映画こそ風景が物語を美しく仕上げるものかとあらためて感じる。

風景を感じる年になった。老いていく日々だがそこには感謝がある。

不治の病は今ならば完治可能に違いないと涙がとまらなくて。

日日是好日

2026年6月12日金曜日

最高の人生の見つけ方

 久しぶりの映画鑑賞

邦画でも同じタイトル映画があった事を思い出しながら

「ショーシャンクの空に」のモーガン・フリーマン

「恋愛小説家」のジャック・ニコルソン

このふたりの共演とタイトルに惹かれて鑑賞する。

性格も経済力も真逆な老人が命の期限を知り残りの人生をどう生きるか?リストを作り、ひとつひとつを消化させていく流れである。私も命の期限を知ったら、動けるうちに旅をしようと密かに長年考えている。果たして病を背負っての旅は可能かどうか疑問に思っていた最中のこの映画。

映画の2人は映画の中の人だから

昨日同級生が亡くなったそうだ。50の会の時に会ったのが最後だった。70を過ぎると同級生とのお別れも増えてくる。

私の人生はどうだったのか?残りの人生をどう生きるか?褒められたり、人の役に立つことが果たしてあるだろうか?

映画の終わりには家族との絆が描かれていた。

ラストは富豪の秘書が雪山に埋葬するコーヒー豆が最高の人生を作り上げていた。秘書は彼らのために、そして彼らは秘書に想いを伝えた。

主演2人の陰で支えた他人の秘書に「ありがとう」と言いたい。

日日是好日

2026年6月9日火曜日

夫のセンス

 雨降り

畑仕事はおやすみ

掃除に夫の衣類の片付けをする。

結婚して45年も過ぎようとしているのに

夫の衣類の出し入れを今までほとんどしてこなかったことに気づく。そうだ夫は自分で洋服も買っていた。だからセンスのない洋服を着ていたのだろう。公務員時代はスーツ姿だったので気に止めていなかった妻である。

一緒に出かける機会が多くなった今日では、夫の方から「この格好でいいか?」と聞かれる。それなりにアドバイスするけど、夫の白髪姿にどんな格好が似合うのか?妻もしかりである。夫婦共に老人中の老人である。

日日是好日


2026年6月7日日曜日

一言に物申しますが

 「歯磨き粉買ってきたのか」と少なくなっているチューブを手に取って夫はいいます。

「ごめんね、わすれた」と妻は言う。と同時に心の中で「毎日コメリ通いしてるじゃん、自分で買ってきたらいいじゃん」と思うわけです。


日日是好日

野花から学ぶ人生かな

家の周りの緑の絨毯(田植え後の風景)に映る木々や鱗雲を眺めなら、散歩を楽しむ日常です。今朝は5時起き、散歩で見つけたアザミやジキタリス(狐手袋)、ヤハズススキを摘んで、庭に咲く夏椿を水盤にさしてみましたが、なかなかうまくできません。そこで後ろにあしらった夏椿を左に傾けて、もう一本アザミを加えてみました。するとなんだか収まりが良くなったように思えて、ひとりでうなづいていました。

ちょっとしたことで景色が変わります。小さな出来事で、くよくよして心が折れそうになる私に、ちょっとした加減で気持ちは変わるものだ教えてもらったようです。そして栃尾には自然がいっぱいあることがとても嬉しくなりました。


日日是好日