2025年1月31日金曜日

メガネが逃げた

白内障手術後の視力は左右ともに⒈2に回復。ただし老眼は老眼のままである。

そこで、老眼用とサングラスを新しく購入しました。メガネは体の一部ですから多少のお金がかかっても仕方ないと自分を納得させています。

午後から新聞をちら読みし、ダスキンさんの「喜びのタネまき新聞」を読み、そうこうしているうちに畳屋さんが新しい畳の入れ替えに来てくれました。

20年も経つと畳も障子も襖も傷みます。私の顔なんて70年も過ぎているので、鏡には対抗心を抱き、なるべく見ないように心がけている。目は二重だったのがどうしてか一重になって、まぶたは落ちてしまっています。挙げ句の果て眼科で「痛くもないのですがいつも目の中がゴロゴロしています」と言ったら「白目にも皺が入るのでそれは仕方ないです」とあっさり、バッサリ言われ。畳はいいよなあ、新しく取り替えられるのだから。

さて、畳屋さんが帰ったのでピアノでもするかと、新しいメガネをとメガネケースを開いたら、メガネがない。カーペットの下、座布団の下、トイレ、ベッド、洗面台とありとあらゆるところを何往復もして探し回るがないではないか。ジジ様が間違って私のメガネを持って行ったに違いない。電話をすると「自分のメガネも忘れたんだ。人のメガネなんか持ってくるはずないだろう」 ではもう一度、午後からの自分の行動を追ってみることにする。まさかと思ったが一応娘の部屋を覗いてみることにする。どうして、ここにあるのでしょう。メガネはひとり歩きするのか?かくれんぼが好きなのか?するとメガネが言いました。「気をつけてください。畳は新しくすればきれいになりますが、あなたの認知症はどうにもなりません。私には足も羽もありません」

日日是好日




2025年1月29日水曜日

雪の花

 今日は夫と一緒に映画「雪の花」を観てきました。種痘を命懸けで子供らに接種させた実話です。

私の肩にもその跡が残っています。膿が出て包帯をしていた記憶があります。

登場する医師たちと村人の思いは三本の矢のように松坂桃李演じる笠原という町医者だけでは成し遂げることはできなかったことでしょう。偉大な業績を現代に伝える役割の映画かもしれません。俳優陣の力も大きく脇役に役所広司さん、吉岡秀隆さん、三浦貴大さん(五藤利弘監督作品花蓮に登場していたことを思い出しながら)たちの渋い演技が物語を進めて行きます。もう少し深掘りするシーンがあってもよかったかと思います。難儀をしたという見せ場が軽いような気がしたのは雪国に70年住み続けた栃尾人だからでしょう。子供を背負って吹雪の中を歩くシーンは名場面なのでしょうがちょっと軽く感じました。映像は少し曇りかかった撮影方法でしょうか、この映画の思いを表現するためにの技法なのでしょうが、個人的にはスッキリくっきりで俳優陣の顔がみたかったです。

ラストが見える映画は心が休まる反面、若者に伝わるだろうか、とふと思ってしまいました。

歴史を知る映画こそ若者に観てほしいと願うババでした。

日日是好日

2025年1月28日火曜日

おてがみとお守り

 昨日は夫と「雪の花」を観てきました。ありのままを受け入れたら、心温まる映画でした。映画についてはまたの機会お話しすることにします。

帰宅して気晴らしに豆撰の仕事を少しやり、仕事といってもシール張りです。でも誰かがしなければならない仕事でもあります。

夫は新聞紙を束ねたり、空き缶やら段ボールをゴミの日に出せるように整えています。すると「お母さん、Tさんから小包が届いているぞ」と私の手に渡してくれました。ちょっと硬くて丁度本の大きさでした。何の本だろうか?と小包を開けると小さな袋に伏見稲荷大社のお守りが入っていました。そしてもう一つの硬いものは八ツ橋でした。そうそう彼は京都に行っていたんだ。その時のおみやげなんだ。まあわざわざありがとうございます。と思って小包を片付けようとしたら中に和紙に書かれているおてがみがありました。上手とはお世辞にも言えないけど一字一字が丁寧に書かれていました。

私が第一線を離れ元気がないことを感じ取っていたのでしょう。伏見稲荷の頂上で買ってきたお守りですからご利益があると思います。と書かれてありました。そして「礼子さんが元気になられることを祈っています」とありました。

おみやげもありがたいですが、何よりも私を気遣ってくれたおてがみの一文字一文字に涙が溢れ止まりませんでした。

日日是好日






2025年1月26日日曜日

言えない秘密

 じっくりとした映画でした。ファンタジーよりも味の濃い映画を好んで見ている私にとっては、自分でも驚くほど似合わない映画かと思いながら魅入ってしまいました。サブタイトルをつけるとしたら「ピアノのうた」かしら。21年前に死んでしまった彼女が今に帰ってきて彼と出会う。生まれてくる人は誰かの生まれ変わりだという人がいる。生まれ変わりなんて絶対に信じない私である。それなのに、時々私は誰の生まれ変わりかしらと思うことがある。

絶対ないことがありうると思わせる映画だった。ピアノを弾く映像に「上手いな」と自分のピアノレッスンと比較する。宇宙の果てほどの距離があるのにとひとり笑う。弾くことはできないけど聴くことはできる。物語(映像)とともに鑑賞できたら、音楽音痴の心にもグッとくる。そんな映画でした。108歩を歩く少女は一歩一歩時間を生きる。一歩ずつでいいから私も心の中を108歩歩いてみようか。

不思議に思ったのは涙ばかり流す泣きばーさんが涙なしで観たことだ。

日日是好日


2025年1月24日金曜日

あなたの優しさに

 久しぶりに豆撰に行きました。会議のメンバーが集まる時間より少し早く行きました。デスクには私の代わりに姪っ子が座っています。若者と老人の交代はどこの世界でも当たり前のことです。経営状況を聞きまずは一安心。

それからスッタフのYさんが私に寄ってきてくれました。優しく私を見つめる瞳にありがとうを1000回いえもっともっと言いたいくらいに嬉しかったのはなぜでしょうか。道標を失って、糸の切れた風船は萎んで水溜りに落ちて、道行く人は萎んだ風船をふみ、車は容赦なく風船をちぎり割いていく。

そんな時にあなたが寄り添ってきてくれた。真夏のオリオンで教えてもらった。終わりはこれからのはじまりの第一歩。70歳は私の第二の人生のはじまりかもしれない。それに気づかせてくれたのはYさんです。


日日是好日


2025年1月22日水曜日

真夏のオリオン

 終戦日は負けたのではなく、これから生きることだった。映画「真夏のオリオン」は敵も味方も道標を失わず進むことが大切と教えている。だが昨日のアメリカ大統領トランプ就任、どうか道標を間違わないでほしい。

いろいろ複雑な思いを感じながら観た。潜水艦や魚雷の知識が全くなかったが潜水艦は戦いの船は切なく悲しい沈没船のように思えてならない。それでも、玉木宏の温かい瞳と北川景子の初々しい瞳にホッと胸を撫で下ろさせてくれた。

あれから80年が過ぎようとしているのに、世界は戦争を続けて途絶えることがない。人間は浅はかで学習能力に欠けている生き物であり一番恐ろしい生き物だと思う。

この物語がフィックションか史実なのかは分からないが、生きることを選択させるテーマに心が熱くなった。

経済という金儲け主義が独裁者を生み出し、戦争を引き起こす。そうでない人もたくさんいるのに、どうしてそうなっていくのだろうか。わからない。

日日是好日

2025年1月17日金曜日

土を喰らう十二ヶ月

 沢田研二主演の静かな映画「土を喰らう十二ヶ月」を観る。いい映画だった。

長野の古民家風農家は懐かしい台所だ。井戸水が流れ、釜戸で炊いたおこげ。たまらない匂いがする。匂いと共にむかし、むかしに返ったようだ。私の少女時代を写していた。

冬からはじまる雪の世界は昔の我が家そのものだ。雪の中から掘り出す大根。糠漬け。あの頃は美味しいとは思わなかった。それしかなかったから食べていたが今では心が落ち着く食べ物になっている。

沢田研二にはジュリーの面影がなかったが、俳優としての深みが感じられた。ナレーションも静かにたんたんとしている。心にスーッと入ってくる語りだ。脇役の日野小平さん、映画にも出ていたのか、とご冥福を映画を観ながら祈った。奈良岡朋子さん、壇ふみさんらの演技はなんて自然体なのだろうか。今日を生きるための大切なお守りのようだ。明日生きているかどうかなんて誰にもわからないだろうが、生きていた証は誰かの心に残る。

里芋焼き、たけのこ、せりなどが食卓に並ぶと、余生を畑仕事に趣きを置く夫そのものだ。畑仕事は一日一日が大事でなかなか旅行にも行けないので、もう畑はやめたらどうかと、時々夫に口説く自分が間違っていると思えてくる。

義理母のお葬式シーンも懐かしい。朱塗りの腕に胡麻豆腐。私には時間があるのだから今度作ってみようと思った。

そうね、我が家は跡継ぎがいないから散骨もいいかもしれないと思った。

どのシーンも静かである。ランプの灯りが似合ういい映画だった。沢田研二のエンディング曲もいい。甘くて透き通る声は健在というかいやそれ以上に物語を完成させていたようだ。

日日是好日