昭和30年は私の生まれた翌年である。
監督黒澤明、主演三船敏郎。
もちろんモノクロの映像と音声は割れ、聞き取りにくい。
若い三船敏郎を想像していたので
一体どこに、何の役で、主役なのか最初はわからなかった。
話が進むにつれて、老人中島を演じていたことを理解する。
三船は35歳の若さで70歳を演じているとは
思えなかったからです。
少し背中を丸め歩く姿はまるで老人そのものである。
裁判所の調停委員役原田は志村喬とすぐにわかった。
私が、この映画に登場する俳優さんがいったい誰なのか
理解出来ないのは当たり前である。
若い俳優さんと私の知っている俳優さんは
なかなか一致しない。
繰り返し、繰り返される、水爆と原爆への恐怖を表現する
スローな演出。戦後10年の日本事情。
丸い小さな座卓、すだれ、カンタン服など
私の幼いころの時代背景である。
ビキニ環礁での第五福竜丸のことなど知るすべもなかった
幼少期の私に小学校の先生が
「雪には放射能が付いているから、雪をたべてはいけません」と
言ったことが思い出されます。
アメリカ、ソ連そして福島へと続いてきた原発事故を
昭和30年に黒澤監督は
想定しこの作品を作り上げたのかと思うと
身ぶるいさえ感じる。
「死ぬのはやむを得ん、だが殺されるのは嫌だ」と嘆きながら
最後は廃人となり「地球が燃えている」と
叫ぶ。精神病院の先生は自分の方が異常で老人の方が
正常なのではと原田に嘆くシーンは福島の事故責任がだれにあるのか
だれも責任をとらないことと同じであるような気がしてならなかった。
この短い2日間の夏休みに実行したことは
3本の映画を観たこと。
他は何もやらなかった、明日からの大変な仕事に
戸惑っても、この3本を想いだしたら
何のことはないと思えるのではないだろうか
私はこうして、気楽に生きているのだから・・・・・・。
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